第13話 王女シュエット


 セントラル王国。

 王都センチュリオン。


 そこはかつて、対・邪神の最大拠点。

 世界各国から邪神を倒すべく戦力が集中した、城塞都市だった

 あれから百年が経過しても、まだその名残は残っている。

 高くてぶ厚い城壁はあの頃と変わらず、悠然としてリオンのことを見下ろしていた。


「……懐かしいな」


「ああ。百年前にも来たことがあったんだっけ?」


 王都の城門をくぐる馬車の中。

 リオンの独り言を聞きつけて、アルフィラが尋ねた。


「君が本当に勇者だとしたら、聞かせてもらいたいね。この都は昔はどんなところだったのかな?」


「変わらないのは外見だけ。中身は随分と変わっているね」


 城門をくぐり、都の中に入った。

 リオンは車窓から外を覗いて、ため息交じりにつぶやく。


 馬車の外には大勢の人々が行き交っている。

 男、女、子供、若者、老人。

 年齢、性別、人種だって様々だった。


 かつて、この町にいるのは兵士と騎士、冒険者、傭兵。それと怪我人を手当てする神官と、武器防具の手入れをする鍛冶師ばかり。

 女性や子供が笑いながら道を歩いているなど、ありえない光景だったのだ。


 邪神が倒され、世界は平和になった。

 目の前の光景が自分達の命と引き換えに築き上げられたものだとすれば、不思議と悪くない気持ちになってくる。


「変わったよ。すごくね。町並みも城も変わっていて、城門以外に見覚えのある場所はないけれど……そんなに嫌でもないかな?」


「そう……それは良かった。じきに教会につく。そこにシュエット王女殿下がいるはずだ」


「そうか……」


「教会の建物は百年以上前のものだから、君にも見覚えがあると思うよ」


 などと話しているうちに、馬車が停まった。

 リオンが馬車の外に下りると……なるほど、言われたとおりに見覚えのある建物がそこにはあった。


「なるほど……確かに、見覚えのあるね」


 その建物を見上げて、リオンは溜息を吐いた。

 百年前よりも外壁が磨かれて、ステンドグラスも新しいものに変えられている。

 それ以外は、リオンの記憶のままだった。


「サン・エランタル大聖堂……また、ここを訪れることになるなんてね」


 偉大なる予言者エランタルの名前を冠した教会を見上げて、リオンは穏やかな笑みを浮かべたのである。



     〇     〇     〇



 アルフィラとリオンが教会に入ると、その女性は入口の前で二人を待っていた。


「よくぞお越しくださいました。アルフィラ・スノーウィンド様」


「お久しぶりです……シュエット王女殿下」


「王女はやめてくださいな。今の私は、女神に仕えている一人のシスターでしかありませんから」


 出迎えたのは、金色の美しい髪を腰まで伸ばした美貌の女性だった。

 年齢はリオンよりもやや下に見える。

 黒いシスター服を着ており、髪に白い羽飾りをつけていた。

 整った相貌に穏やかな笑みを浮かべており、瞳の色も金色である。

 透けるような白い肌は、生まれてから一度も日の光を浴びていないのではないかと思ってしまうほどだった。


「おや……そちらの方は?」


 透明感のあるシスター……シュエット・セントラルが首を傾げて、アルフィラの後ろに続いているリオンを見やる。


「私の友人だ。Bランク冒険者のリオン・ローレル氏だ」


「…………それはそれは!」


 シュエットがわずかに驚いた様子で目を見張る。


「まさか、アルフィラ様から男性を紹介されるとは思いませんでしたわ! ようやく、運命の殿方に巡り合ったのですね……!」


「いや……貴女が愛読している恋愛小説のようなことは断じてないよ。恋人でもないし、手をつないだことも……」


 アルフィラが途中で言葉を止めた。

 リオンとは恋人ではない。

 しかし……ギルドでリオンから手を握られ、「子供を産んでくれ」とお願いされたことを思い出したのだろう。


「あったな……手を握られたことは」


「それはようございました! 愛とはこの世でもっとも崇高なる感情です。素晴らしいですわ!」


 シュエットが感極まった様子で、両手を胸の前で組んだ。

 恋愛に興味津々とは、この王女様はなかなか乙女な性格をしているらしい。

 とはいえ……今日は恋話をしに来たわけではない。

 アルフィラが咳払いをして、話を本筋へと戻す。


「コホン……それでは、そろそろ王太子殿下の話をさせていただきたいのだが……」


「ああっ……失礼いたしました! 私としたことが、ついついアルフィラ様の恋愛事情に夢中になってしまいましたわ……!」


 シュエットが慌てた様子で、奥にあった扉を示す。


「詳しい話は別室でいたしましょう。さあ、こちらへどうぞ」


 シュエットに案内されて、二人は聖堂の奥にある一室へと通された。


 レンガに囲まれたその部屋はテーブルとイスだけが置かれてあり、飾り気もない簡素な場所である。


「この部屋は魔法による防音がされており、ここで話したことは決して外に漏れることはないでしょう。どうぞ、そちらにお掛けになってください」


 二人が座ると、対面のイスにシュエットが座る。

 先ほどとは打って変わって真剣な表情になり、まるで神の託宣を伝えるような表情で言い放つ。


「単刀直入に申しますが……アルフィラ様の妹、サフィナ様を呪っているのは兄です。王太子であるレオバード・セントラルこそが、現在、わかっているだけで十五人の被害を出している『呪印事件』の犯人です」


 前置きもなく言い放った言葉に、アルフィラが息を呑む。

 部屋の気温が下がり、寒くなったような錯覚をリオンは感じたのであった。






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