第15話 宴の後


 その日、リオンは孤児院に泊めてもらうことになった。

 昨日と同じように宿屋に泊ろうとしたのだが、お礼にごちそうさせて欲しいと姉妹からの強い要望で強引に連れ込まれたのである。


 院長はロンザ老が生成した薬を飲んだらすぐに症状が改善し、顔色も良くなった。

 メイナとアルティも泣いて喜んでおり、他の子供達も泣きながら笑っていた。

 豪華な料理……あくまでもこの貧しい村にしてはだが、メイナが作ったとっておきの料理が振る舞われた。


 さらに院長の快報を聞いた村人が何人も訪れて、鹿やイノシシの肉、釣ったばかりの魚、貴重な酒を持ってきて、お祭り騒ぎのような宴になったのである。


「やれやれ……ちょっと疲れたな」


 深夜まで続いた大騒ぎも終わり、リオンは孤児院の外で夜風に当たり熱くなってしまった身体を冷やす。


 勇者として無双の強さを持ったリオンであったが、酒にはあまり強くなかった。

 村人からたらふく飲まされたせいで足元がふらついてしまう。

 おまけに、村人から色々と質問攻めにあって詮索されたことで、必要以上に汗をかいてしまった。

 本当の素性を明かすわけにもいかず、誤魔化すのに苦労させられたものである。


「フー……涼しい」


 山間にあるこの村は夏場でも気温が低く、夜の冷えた風が火照った身体を冷ましてくれる。

 心地良い夜風に身体をさらしながら、リオンは満天の星が浮かんだ夜空をぼんやりと見上げた。

 時代は変わり、住んでいる人々の顔ぶれも大部分が変化したが……この星空だけが変わらない。勇者として旅をしていた頃にも、よく空を見上げて故郷を思い出していたものである。


 ぼんやりと黄昏たそがれているリオンであったが……その背中にふと声がかけられた。


「何を思っているのですかな、旅の方」


「ん?」


 振り返ると、そこにはカーディガンを羽織った年配の女性が立っていた。孤児院の院長……リーベルという名前のお婆さんである。


「起きていて大丈夫なのですか? 病み上がりですし、まだ寝ていた方が良いのでは?」


「御心配なく、薬のおかげか気分がとても良いものです。それにしても……またしても、貴方に助けられてしまったようですね。娘達がご迷惑をおかけいたしました」


「構わないさ。それよりも……娘さん達を危険な場所に連れていったことを謝らせてもらいたい」


 リオンが頭を下げると、リーベルが苦笑しながら手を左右に振る。


「いいえ、貴方が連れていかずとも、あの子達だったら自分で行ってしまったでしょう。二人とも無鉄砲な子達ですから……置いて逝くのが心配で仕方がなかったので、本当に助かりました」


「そうだな……本当に無鉄砲な子達だよ。同じようなことを仕出かさないか心配になる」


「それは大丈夫かと。たっぷり叱っておきましたし、今回のことで随分と懲りたようですから。もう危険な場所に足を踏み入れることはないでしょう」


「そうだと良いんだけどね……そろそろ、中に戻った方が良い。身体を冷やしてしまう」


 リオンは肩をすくめて、リーベルを孤児院の中に戻そうとする。

 しかし、リーベルはゆっくりと首を振りながら、リオンに向かって一つの提案をした。


「リオンさん……貴方はこの村で暮らすつもりはありませんか?」


「……急な話だな。どういう意味で聞いたのかな?」


「私はもう年です。今回は助かりましたが、もう何年も生きはしないでしょう。いずれあの子達を置いて死ぬことになる。リオンさんのような人が傍にいてくれたら安心するのですが……」


「……残念ながら、それはできないな。俺にはやることがある」


 女神から与えられた使命を果たすため、百人の子供を残さなくてはいけない。

 そうでなくとも、リオンに与えられた仮初の命は一年で尽きることになる。彼女達のそばにはいられなかった。


「そうですか……でしたら、仕方がありませんね」


 リーベルはそれほど残念そうに見えない微笑みを浮かべて、リオンに背中を向けた。

 そのまま孤児院の中に戻っていくが……建物の中に消える寸前、ポツリと小さく言葉を投げかけてくる。


「最後に……あの子達の願いを叶えてくれたら嬉しく思います。女神に遣わされた偉大なる勇者様に至上の感謝を」


「…………!」


 問いただすよりも先にガチャリと扉が閉まり、リーベルの姿が見えなくなる。

 その言葉はどういう意味だったのだろう……リオンは首を傾げながらも、自分も孤児院の中に戻ることにしたのであった。

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