第6話 孤児院

「あ、リオンさん!」


「君は……アルティだったな」


 墓地から出てきたところで、昨日、助けた女性の一人に出くわした。

 リオンの幼馴染であるアリアの子孫……と思われる少女、アルティである。


「あそこの宿屋、朝食は出ないでしょう? ウチで一緒にどうかなって思って誘いにきたの」


「そっか……それじゃあ、御馳走になろうかな」


 両親の墓参りをしたせいだろうか。子供の頃、よくアリアとメープルと一緒に食事を摂ったことを思い出してしまった。

 リオンはどうにか動揺が表に出ないように抑え、平然を装って答える。


「ちょうど腹が減っていたんだ。助かるよ」


「本当!? 良かった、それじゃあウチまで案内するね!?」


 アルティは嬉しそうに笑って、リオンの手を引いて村の中を歩いていく。


「おや、アルティちゃん。そちらの若旦那はどなただい?」


「男と手をつないで歩いたりして、アンタも隅におけないねえ」


 村の老人達がアルティのことを揶揄からかってきた。

 娯楽の少ない寒村にとって、若者の恋愛事情は立派なエンターテイメントなのだろう。


「もうっ! そんなんじゃないって! こっちの人は私を助けてくれた旅人さん。失礼なことを言わないでよねっ!」


「おお、おお。そうかいそうかい。パンを焼いたから持っておいき」


「わっ! ありがとう!」


 アルティがホクホク顔で布に包まれたパンを受けとる。


「おお、アルティ。魚たくさん釣れたから一匹やるよ」


「アルティちゃん、こっちの野菜を持っておいき」


「お、アルティじゃねえか。葡萄酒ができたから、持ってきなよ!」


「みんな、ありがとう! すっごく助かる!」


 村ですれ違う人々がアルティに次々と食べ物を渡してくる。

 アルティは人懐っこい笑顔で応じて、渡された食べ物を快くもらっていく。


「君は人気者なんだね。みんなが君に食べ物を渡してくる」


「えへへへ、別に私がすごいわけじゃないよ。人気者なのは私のお婆様だよ」


「へえ、どんな人なんだい?」


「お婆様はね、元々、王都で冒険者をしていたの。引退して戻ってきたんだけど……村の周りに出た魔物を狩ったりして、みんなから尊敬されてるんだ」


 アルティがニコニコと満面の笑みで言う。

 その顔を見るだけで、アルティがどれだけ祖母のことを愛しているのか伝わってくるようだ。


「着いたよ、ここが私達の家!」


「ここって……」


 リオンは目を瞬かせた。

 そこはリオンも良く知っている場所である。リオンが住んでいた頃から建物が立て直されているが、まぎれもない教会だった。


「そう、私とメイナお姉ちゃんは子供の頃に親を亡くして、シスターであるお婆様に育てられたんだ」


「…………」


 孤児だったようである。

 明るく活発な性格から、てっきり幸せな家庭に育ったものだとばかり思っていたのだが。


「……大変だったんだな。辛かったろう?」


「でも、別に寂しくなんてないよ。私にはメイナお姉ちゃんもお婆様もいるし、弟妹だっているから」


「そうか、だったら同情するのも烏滸おこがましいね。さっきの言葉は忘れてくれ」


「うん、いいよ! それじゃあ、中に来てくれるかな? お姉ちゃんが料理を作って待ってるから!」


 リオンはアルティに腕を引かれ、教会の中に連れていかれた。

 教会には神に祈りを捧げる礼拝堂の裏に、聖職者が寝泊まりするためのスペースがある。

 食堂らしき部屋に入ると、大きめのテーブルに数人の子供が座っていた。


「あ、アルティ姉ちゃんが帰ってきたよ」


「お姉ちゃんが男を連れてる! 彼氏さんだ!」


「もう! だから違うってば!」


 子供達の声にアルティがプリプリと言い返す。

 ここにいる子供達も孤児だろうか。いずれも十歳前後の年齢に見える。


(この村にこんなに孤児が……?)


 リオンは怪訝に眉根を寄せる。

 疫病や飢饉、魔物の襲撃など辺境の寒村にも人が死ぬ理由はいくつもある。

 どんな村にも親のいない子供はいるものだが……それでも、さほど人口が多くもないであろう村にこんなに孤児がいるのはおかしくないだろうか?


(それも同年代の子供ばかり。ひょっとして、村の大人が大勢いなくなるような事態が起こったのか?)


「何年か前に戦争があってね。村の大人がたくさん死んじゃったんだ」


 リオンの疑問に、アルティが答える。


「隣の国との戦争でね。もう和睦しているみたいなんだけど……仲直りをするなら、どうして最初から戦争なんてしたのかな?」


「戦争……この時代では、人間同士が戦っているのか……」


 リオンが勇者として生きていた時代には、人間同士の戦争はほとんどなかった。

 邪神という人類共通の敵がいたことにより、人と人とが争うような余裕がなかったのである。


(邪神を倒せば世界が平和になると思っていたけど……そうでもなかったみたいだね)


 どうして、人間同士で争うというのだろう。

 どうして、平和な世界にあえて戦火を振りまくことができるのだろう。

 ただ平和を築くために戦い続けてきたリオンには、とても理解しがたいものである。


「あ、リオン様。いらしてくださったんですね」


 考え込んでいると、キッチンからメイナが現れた。

 修道服の上にエプロンを身につけたメイナは両手で鍋を持っており、食欲を誘う香りが漂ってくる。


「ちょうどスープができたところです。一緒に食事にしましょう」


「ああ、いただくよ。ありがとう」


 リオンは空いている椅子をすすめられて座った。

 メイナがスープを皿に注いでリオンの前においてくれる。さらに籠に入ったパンを差し出された。


「どうぞ、お召し上がりになってください」


「ああ……いただきます」


 リオンは両手を合わせて感謝の祈りを捧げる。

 食事の前に世界の創造主である女神、糧となってくれた命に感謝の祈りを捧げるのは、この世界では一般的な習慣だった。

 メイナとアルティ、子供達も同じように祈りを捧げてから料理に手を付ける。


「わあ! このパン、美味しい!」


「焼きたてだからね。道具屋のお婆さんにもらったんだ」


「あぐあぐっ、むしゃむしゃっ」


「ほらほら、こぼれてますよ。慌てず良く噛んで食べなさい」


 騒々しくも温かみのある食事は一時間ほど続いた。

 正直、パンとスープだけの食事は豪勢とは言えない貧しいものである。

 それでも、つい先日まで戦場にいたリオンにとって、温かい食事にありつけるだけでもありがたいことだった。


「美味いな……本当に」


 リオンは何年かぶりに味わう家庭料理に舌鼓を打って、穏やかに相貌を緩ませたのである。

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