第2話 属国の意地

 王位継承の神器は、めでたくアクアフリーズ国に戻ってきた。本来であれば、王位継承の神器は王位であるチャールズが所要していてもいいのだろうが、敢えて返すというのはアクアフリーズ国との関係を優位にしようという思惑があったからだが、その目論見はパルチザンによって計画をめちゃくちゃにされてしまった。

 アクアフリーズ国に王位継承の神器を持ち込んだパルチザン連中は、自分たちが彼らのほしいものを届けたことで、アクアフリーズ国から来賓待遇を受けるものだと期待していた。少なくとも国家を代表してきているのだから、めったなことをされることはないとタカを括っていたのだ。

 彼らを応対したのは、外務役員の課長クラスの人で、彼らを外務省の会議室に招いて、

「今回はよく届けてくださいました。ありがとうございます」

 と礼を言われて、

「いえいえ、アクアフリーズ国の皆様がお困りだと思いましたので、我々は危険を冒してでも王位継承の神器をお届けしなければいけないと思っていました」

「そうですか? それは恐れ入ります」

 と言って、応接室に用意されたコーヒーを口に運んだ。

 パルチザンの連中は三人が代表で面会に来たのだが、三人はもちろんパルチザンの代表でこの三人がいなければ、実質パルチザンは回らない。対応した外務課長もそのことは分かっていた。アクアフリーズ国は比較的諜報活動は活発ではないが、ジョイコット国の情報くらいなら入手するのは簡単だった。

「コーヒーをどうぞ」

 と彼らにもコーヒーを勧めた外務課長は自分ももう一口口にして見せた。

 三人は安心してコーヒーを口にする。

「ところでジョイコット国というのは、我々の意識としてはチャーリア国の属国に思えるんですがいかがですか?」

「ええ、そうですね。チャーリア国に支配されていると言ってもいいと思います。何しろ我が国の政治家というのは、まったく自信のない人たちばかりなので、宗主国の言うことはなんでも従っているという感じですね」

 と一人がいうと、

「そうですか。独立したいという意識はないんでしょうかね?」

「ないようですね。今のまま独立しても、単独で国家を運営していく自信が、今の政府にあるとは思えません。だから我々のような侵略国に対しての抗国パルチザンが出てくる結果になったんでしょうね」

 と、まるで他人事のように話した。

 それを聞いて外務次官は、

――こいつらなりの国を憂うる気持ちなんだろうが、しょせんは他人事。これではいつまで経っても独立なんて夢のまた夢だろうな――

 と感じた。

 さらに、政府に独立の意思がなければ、クーデターで政府を倒したとしても、まわりの国が独立を容認するとは思えない。かといって、彼らを植民地として扱うのも意味がないような気がしていた。

 そういう意味では、他の国としては曲がりなりにもジョイコット国の宗主国をやっているチャーリア国を承認するしかないというのが本音なのだろうが、アクアフリーズ国としては、これまでのチャーリア国との因縁を考えると、再度の戦争をチャーリア国に挑む機会を狙っていると言ってもよかった。

 以前の戦争は、アレキサンダー国に騙される形で戦争を起こしてしまい、結果何ら成果を得られることもなく休戦を迎えてしまった。その時は大義としていた王位継承神器の奪還を果たせぬままだったことが心残りだったが、次回の戦争を考えていたアクアフリーズ国にとって、パルチザンが行った王位継承の神器の変換は、

「大きなお世話」

 だったのである。

 アクアフリーズ国にとっては実に複雑な気分だったことだろう。

「余計なことしやがって」

 と、政府高官は口に出すこともなく、皆が苦虫を噛み潰していたに違いない。

 この上、パルチザン連中がアクアフリーズ国の政府高官の気持ちを知ってか知らずか、あからさまに自慢げな態度を示して乗り込んできたのだから、屈辱的な気分を味あわされたに違いない。

 そういう意味では外務省の建物に入れてもらえただけでもありがたい。本来ならすぐにでも国外退去を命ずるべきなのだろうが、

「それは少し待ってください」

 という外務大臣の言葉から、話が変わってきた。

「どういうことだ?」

 と、大統領が外務大臣に答えを求めた。

「このまま追い返してしまっては、ジョイコット国と関係がこじれてしまいます。元々対立しているチャーリア国の属国なので、関係がこじれるも何もないんでしょうが、せっかく関係を築くことができる機会をみすみす逃す必要があるというのでしょうか?」

 と外務大臣がいうと、

「何を言っている。元々関係がないんだから、それでいいじゃないか」

「いえいえ、やつらは利用できるということです」

「利用?」

 その言葉に反応したのは、陸軍大臣だった。

 アクアフリーズ国の陸軍大臣は、元々この国の軍のトップだったシュルツを崇拝していた。シュルツが国外に去っても、彼のやり方を陶酔していて、他の人から、

「大丈夫なのか?」

 と心配されたが、

「大丈夫さ。シュルツ長官はいなくなっても、その意思を受け継いでいけば、まだまだアクアフリーズ国は他国に負けることはない」

 と豪語していた。

 その言葉は間違っていなかった。

 彼が陸軍参謀総長に就任してからは、シュルツのやり方をさらに徹底させた軍の改革を行い。あsらに強固な陣営を作り上げた。その功績から陸軍大臣に任命されたのだが、

「このままいけば、彼は次期大統領の最有力候補だ」

 と言われるまでになっていた。

 だが、アクアフリーズ国は軍国主義ではない。自分から好んで戦争を仕掛けることのない国として世界に認められるのが軍の目的だった。そういう意味で軍が政府の中で強くなることを嫌う集団もあったが、軍出身の大統領を否定する風潮もなかった。

 あるとすれば一部の派閥による発想なのだろうが、実際には必要以上のことはなかった。

 アクアフリーズ国が王国ではなくなってから、つまりクーデターが成功してからのことであるが、最初は民衆からクーデターは反乱軍として認められることはなかった。

「どうしてチャールズ国王を追い出したりしたんだ」

 あるいは、

「シュルツ長官が私たちを守ってくれていたのに、これから私たちはどうなるの?」

 という声が国民の間から噴出した。

 クーデター軍は、そんな反応を予想もしていなかった。ほとんど抵抗らしい抵抗も受けずに成功したクーデターだったが、それは彼らの手腕のせいではなく、クーデターを察知していた国王や長官側が、先回りして国外に逃れたからだった。それを見たクーデター軍としては、

「我々の力に恐れをなして逃げ出した」

 と思い込んでしまった。

 だから自分たちの力を過信しただけではなく、国民に対しても自分たちが救国の軍であることを無言でアピールしているようなものだと感じていた。

 国民に対してのプロパガンダも、さほどしつこくないと思っていたが、実際には国民の間で、

「高圧的だ」

 と感じさせるに至ったのだ。

 そのうちにクーデター政府と国民の間で、埋まることのない溝ができあがってしまい、それが決定的になったのが、アレキサンダー国に騙される形でのチャーリア国への先制攻撃だった。

 さすがにその準備段階で、自分たちが国民からよく思われていないこと。それからいまだにチャールズやシュルツの人気が高いことが挙げられた。しかも決定的だったのが、王位継承の神器をチャールズが持って行ったことだった。国民の中には、

「まんまと王位継承の神器を奪われて、そんなクーデター政府の実力を信じることなんかできない」

 というものや、

「やっぱりチャールズ様は国王としての品格を持っておられた方だ。その補佐をしていたシュルツ長官がいたから、我が国は国家として体裁を保てていたんだ。二人ともいなくなってしまって、この国はどうなるというんだ。我々は旧態復帰を望みます」

 という団体も多数存在していた。

 国家に対する信任も実に低いものだった。メディアによる国家の信任調査も、五パーセントほどが容認するというだけで、残りは反対だった。彼らはあくまでもクーデターで成立した政権。選挙で選ばれたわけではないのだ。

 それでも憲法を作って、立憲君主を目指すという方針に賛同する人も増えてきた。最初は五パーセントだった支持率も、何とか十五パーセントまで回復してきたが、まだまだ政府の政党としての安定支持率までには程遠かった。

 チャーリア国を先制攻撃したが、結局は戦争が拡大することもなく休戦を迎えたのは、アクアフリーズ国にとって幸いだった。

 実はアレキサンダー国にとってもよかったことであり、あのまま戦争が継続していれば国家存続の危機に陥っていたことに、彼らは気付いていなかった。

 チャーリア国に対しての意識しかなく、まわりを見ることができていなかったアレキサンダー国は、彼らが戦争に興じている間に、反勢力が国外で、

「反アレキサンダー体制」

 を密かに形勢していた。

 彼らが潜んでいた国と結んで、

「チャーリア国との戦争で疲弊したアレキサンダー国に攻め込むいいチャンス」

 を模索していて、今にもアレキサンダー国の横っ腹に攻め込む準備が完成しようとしていたのだ。

 だが、それもチャーリア国の挟撃作戦の前に、引き際を考えていたアレキサンダー国が退散したことで、事なきを得た。そのせいでアクアフリーズ国を見捨てる形になってしまったのは残念なことだったが、そのおかげで自国に対しての侵略が防げたのはよかったのだろう。

 アレキサンダー国に攻め込もうとしていた国は、以前からゲリラ戦の得意な国で、

「気が付けば国家が蹂躙されていた」

 という事態になりかねないという油断ならない国だった。

 目に見えないところでいろいろな思惑が交錯するのも戦争ならではのことだった。交錯する出来事や思惑が複雑に絡み合うことで、国家体制が変革したり、世界が一極にまとまったりと、予想もつかない状況になるのも必至だった。

 しかし、ここで一人の政治学者の話がクローズアップされた。

 その男は、今から百年前の政治学者で、主に軍事関係から政治を見る専門家であった。

「戦争によっていろいろな体制が確立されたり、複雑に絡み合う世界が形成されたりしますが、結果的には収まるところにしか収まることができない。歴史は繰り返すという言葉に代表されるように、結局は五十年から百年周期で、世界の体制は戻ってくるのだ」

 という説を唱えていた。

「軍事体制回帰説」

 と呼ばれるもので、現在の軍人は基本的に皆知っていることだった。

 軍事士官学校では必ず教えることであり、体制の違う世界でも、アンチテーゼの意味を持って教えていたのだ。

 アレキサンダー国を攻めようとした国に潜伏して、その国を戦争の渦中に引き込もうとした連中だが、彼らはその国にそのままとどまるつもりだった。

 しかし、世間はそんなに甘いものではない。

 アレキサンダー国に攻め込むことのできなかった国は、それまでに国家体制をアレキサンダー国侵攻に備えて準備を進めていた。当然膨大なお金が掛かり、挙国一致で進められた大事業だったにも関わらず、結局は実現しなかった。政府としては面目を保つことができず、自分たちの立場も危うくなっていた。

「やつらの口車に乗ってしまったからだ」

 として、彼らを国家反逆罪に等しいものとして、戦争が回避されてすぐに、彼らは緊急逮捕された。

 もちろん、彼らとしては寝耳に水で、なぜ自分たちが拘束されなければいけないのか分かっていなかった。

 だが、冷静に考えれば当たり前のことだ。特に自分たちが自国民でもない。容赦などありえるわけはないのだ。しかも彼らの行動は極秘の行動だった。アレキサンダー国への侵攻の事実を隠さなければいけないのだから、彼らの拘束はそれだけで理由にもなるというものだ。

 しかも、国家を挙げての体制を危うくしたのである。国家反逆罪は免れない。

 彼らには、弁護もなく裁判も非公開。秘密裏に処刑を余儀なくされた。身柄拘束から彼らの処刑までに三か月ほどと異例のスピードだったが、これも当然のことである。

 こんなことが水面下で行われていたと知らなかったアレキサンダー国は、しばらくおとなしくしていることだろう。その間にくすぶった状態で政情が不安定だったのはアクアフリーズ国である。今回の主役は彼らだった。

 ジョイコット国はチャーリア国からの独立を目指していた。それは国家ぐるみでの発想で、シュルツにも最初はその動向が分かっていなかった。

 ジョイコット国に潜入していたアクアフリーズ国のスパイは、ジョイコット国からチャーリア国の情報を得ようと考えていたようだった。だが、ジョイコット国というのは彼らが考えるよりもより未開な国であり、正直国家としての体制までは整っていなかったと言ってもいい。

 つまりはこのまま独立しても、またどこかに攻められるかどこかの属国になるか、あるいは滅亡するしかないように思えたからである。

 それでも国家の悲願として独立が望まれている。ただそれは国民が望んでいることではなかった。国民は自分たちを支配しているのがどこの国であっても関係ないと思っている。ジョイコット国であろうが、侵攻してきたチャーリア国であっても関係がない。つまりは彼らには愛国心というものがまったくないのだ。

 その分、言われれば奴隷のごとく働く、それが当たり前だと思っているというある意味気の毒な民族だ。

 だが、

「ひょっとすると彼らこそ幸せなのかも知れない」

 と感じる者もいる。

 それがジョイコット国の政府内部にいることで、彼は国民に対して同情的だった。

 しかし、彼以外の政府のい人間は、自国民を完全に軽視している。まったくの未開の時は、自分たちも同じように奴隷のごとく身分だったにも関わらず、自分たちが支配する立場に立つと、それまでのことを完全に忘れているのだ。ただ一つ覚えていることというのは、

――自分たちが何も考えていなかった――

 ということだ。

 政府に身を投じるようになって、国民を支配する立場になると、今度は自分だけのこと以外にも国民のことも考えなければいけなくなる。それなのに、国民はせっかく考えてもらっている政府の人間に対して何も感じていない。それはまるで豆腐の角で頭を打ち付けるようなものだった。

 中には、クーデターを考えている政府の人間もいた。だが、彼は何に対してのクーデターなのか分かっていない。

「体制を変えなければいけない」

 と漠然と考えているようなのだが、明確なビジョンはおろか、何に対してのクーデターを起こせばいいのかすら分かっていない。彼らの政治感覚というのは、その程度なのだ。

 政府を何とも思わない国民というのは、先進国においてもあることだ。だが、それはいろいろなことを知ったうえで、政府に対して憤りを感じ、その結果、無関心になってしまうということである。彼らにとっては一度一周してから、もう一度元の場所に戻ってきたかのような感覚ではないだろうか。

 ジョイコット国のような国民も、かつては自分たちの先祖がたどった流れであり、またしても巡ってくる感覚なのかも知れない。そのことを感じている人は学者の中にはいるかも知れないが、一般市民や政府の人間には理解できないことだろう。

 それでも、クーデターを考えている人がいるというのは、スパイ連中から見れば、一目瞭然の相手だった。彼らがこれからどのような考えを持つかは別にして、今のうちに仲間に引き入れておくことは間違っていないと彼らは考えた。

 ジョイコット国のような国は、チャーリア国の属国とはいえ、建前は独立国である。他の国との条約は普通に結んでいた。最初の頃はさすがにチャーリア国が干渉してきたが、そのうちに何も言わなくなった。ジョイコット国のような小国のために、列強の国々と関係が悪化することを恐れたのだ。下手をすれば母国との貿易や条約に対しても悪影響を及ぼすと考えたからで、ジョイコット国が他国と不平等条約を結ばされることになってしまっても、見て見ぬふりをしていた。

 かつて歴史の中で、かつての大戦前のこと、植民地時代が訪れた初期の頃、鞘腫国と属国という関係は存在していた。それは植民地とは違い、いきなり攻め込んで属国にした経緯があった。

 植民地時代というのは、武力に訴えるのは最後の手段だった。

 大航海時代にそれまで知られていなかった世界の未開の地に足を踏み入れた時、武力で支配することも簡単にできたのだろうが、それよりも、まず宗教団体をその国に潜入させて、彼らを心理的に誘惑することで、国内を乱した。それにより国によっては内乱が起こったりして、その隙につけこんで占領してしまえば、占領軍の被害は格段に少なくて済む。しかも、占領軍を解放軍として迎える機運が働けば、それ以降の占領対策も簡単だというものだ。

 要するに、占領するまでよりも占領してからの方が、よほど難しいということである。これは戦争と同じで、戦争も、

「始めるよりも終わらせる方がはるかに難しい」

 と言われているが、その通りだと占領軍は考えたことだろう。

 植民地はそうやって全世界に広がっていった。植民地の一番の目的は貿易である。自国の資源には限りがある。国土の小さな国であれば当然のことで、同じ大陸で凌ぎを削るとしても、それは陣地争いに興じるだけの果てしない戦争は消耗戦でしかなくなってしまう。領土を得たとしても、過度の消耗があっては、せっかくの勝利も期待していたほどではないだろう。

 ジョイコット国がチャーリア国の属国になったのは、ジョイコット国がこのままいけば、誰にも関心を持たれることもなく、滅亡するのが必至だったからだ。

 大戦が終わり、ほとんどの国は疲弊してしまい、自国の復興だけで大変だった。そんな時、植民地では独立の機運が活発になり、宗主国との戦争になる。またしても戦争から逃れられない国家は、次第に嫌気が指してくる。そうなると、戦争を欲しない国民がクーデターを起こす国も出てきて、またしても体制維持のために、世界は混乱してしまう。

 そんな時に台頭してきたいくつかの体制。そのどれかに属さなければ、先進国としては生き残れないという風潮が芽生え、それが続いて今のような世の中になったのだ。

 植民地という言葉も、宗主国、即刻などという言葉も、それぞれ古いと目されている。だが、歴史は巡ってくるものである。

 ある学者の提唱する学説に、

「もう二十年もしないうちに植民地時代が復活する」

 という意見があった。

 最初に提唱された時は、ほとんどの学者がその論文をバカげた話だとして相手にしなかったが、そのうちに一人の政治家が、この意見をWPCで訴えたことで、一躍注目を受けることになった。

 それが実はニコライだったのだ。

 彼は科学者だったが、歴史学の方にも造詣が深く、歴史学や国際法の研究もしていた。その時は兵器開発のゲスト、言い方を変えれば参考人としてWPCに招かれたのだが、その時に彼は満を持して、歴史学の話を始めた。

 最初から根回しはできていたようだ。

 その後ろにいたのがシュルツであるということを知っている人は少ないだろう。

 もっとも、この植民地回帰説は、シュルツの考えが元になっていた。シュルツが一人漠然と考えていることだったのだが、誰かに話をしなければ気が収まらなくなったシュルツは、歴史学者の権威としてのニコライの下を訪ねた。

「私の考えは少し奇抜だろうか?」

 とシュルツがいうろ、

「そんなことはありませんよ。私もその意見には賛成です。植民地という言葉には語弊があるかも知れませんが、グローバルな経済が世界を覆っている今、そのうちに限界が来るはずです。その時にどうなるかを考えると、新しい資源を求めて開発研究を進めるか、あるいは、自国の限界のある資源を他に求めるかのどちらかではないかと思うんです。そうなると、これはまさに植民地時代の訪れに近いものがありますよね。しかも今度は完全に資源目的の植民地化なんですよ。そうなると、植民地となった国には人権もなければ、拒否権もなくなるかも知れない。完全に主従関係がしっかりした体制ができあがって、それぞれの体制が他の体制を意識することなく勝手に発展していくことになるんじゃないでしょうか? そうなると、私はもう戦争という形にはならないと思うんです。同じ地球上であっても、他の体制のことは何も関心を持たない。一見平和に思えますが、一つの体制が崩壊に近づくと、どこも助けてはくれません。そうなると、結局どんどん体制はなくなっていくんですよ」

「面白い話ですね」

 とシュルツがいうと、ニコライは続けた。

「しかも、滅んで行った体制の土地をどこの国も侵略しようとは思わない。今までであれば侵攻して支配するんでしょうが、自分たちの支配だけで精いっぱい。つまりは滅んだ国は廃墟のまま放置されるんです。すると、世界は廃墟が増えてきます。そのまま資源があった国土から接している国に対して、その疲弊が伝染してくる。その原因をすぐに分かる人は多分いないと思うんです。分かった時にはもう遅い。そう、地球というのは一人の人間のようなものなんです。一つの部分が腐敗して病気に侵されてしまったら、病魔は他の部分に感嘆に転移してしまう。しかもそのスピードは恐ろしいほど早いのではないかと思うんです。人間の頭で理解しようとしていると間に合わないくらいのですね。すると、せっかく植民地として支配しているところが侵されてきて、それが他の国による陰謀ではないかと疑心暗鬼に陥る。そうなると、戦争をするのがおろかなことだと思うようになっているので、戦争をすることもできない。植民地からは手を引くようになり、また放置する土地が増えてくる。そうやって次第に地球上で人間が住める場所がなくなっていくと私は思います」

「それはまるで『世界最終論』のようではないか?」

 とシュルツがいうと、

「極論をいうとそういうことです。ですが私は論文にそこまでは書いていませんが、政治家の人でも興味を持つような書き方をしたつもりです。そのうちにこの話題がいろいろな体制の中で炎上するんじゃないかと思っています」

 ニコライの顔は最初から笑ってはいなかったが、シュルツが見ても怖いと思うその表情は、ニコライも分かっているのかも知れない。

「じゃあ、我々はどうすればいいんだ?」

 とシュルツがいうと、

「私にも具体的には分かりません。でも少なくとも自分の体制になる国をたくさん抱えていることは今は大切かも知れません。今は植民地ではなく、宗主国と属国としてですね」

「どういうことなんだ?」

「植民地としてしまうと、かつての発想から、人間の心理を鋭く抉る体制に思われるんですよ。でも実際には資源目的ですよね。だったら、宗主国と属国という関係が一番いいんですよ」

「でも、そうすると彼らがクーデターを起こさないか?」

「起こすかも知れませんね。でも、それを未然に防ぐことができれば、彼らをこちらの陣営に引き込むことができます。しかも、今の話をしてやれば、彼らはこちらに属してくれるはずです」

「というと?」

「彼らは歴史も知らなければ、国家と国民の関係に対しても無頓着です。つまり何も考えていないと言ってもいいでしょう。そうなると、彼らには本能でしか動けないということです。そんな連中を説得するのは、難しい話を敢えてするのがいい洗脳になると思うんですよ」

「洗脳でいいのか?」

「ええ、洗脳が一番いいんです。彼らを下手にコントロールしようとすると反発する。一本の筋だけを立ててやれば、彼らは本能に沿って行動します」

「そんなにうまく行くかな?」

「だから、彼らが本能で動けるようにするには宗主国としての立場が一番いいんです」

 というのがニコライの考えだった。

 チャーリア国がジョイコット国を属国にしたのは、そのあたりに原因があった。しかも神器を隠したり、軍隊を駐留させるという意味で、彼らを利用する必要があったので、ジョイコット国にとってチャーリア国を宗主国とするのは、最初から決まっていたようなものだった。

 ただ、属国とはしたが、内政干渉にはあまり深入りしなかった。不平等条約が結ばれることも分かっていた。

「不平等条約が結ばれたらどうするんだ?」

 とシュルツがいうと、

「それは構わないんじゃないですか? 他の国には我々が宗主国であるということは公然の秘密のようになっていますからね。それでも我が国が具平等条約を認めたということが列強に分かると、他の国が我が国を見る目が変わってきます」

「どう変わるというんだ?」

「きっと疑念を持つでしょうね。今までの宗主国だと、不平等条約が結ばれるとしても、一言くらいは意義を申し立てるものですからね。そうしないと、他の国から舐められたと思ってしまう。しかし、我が国はそれをしなかった。シュルツ長官のいるこの国が、他の国のやらないことをやれば、これは何かあるとして警戒したり、疑心暗鬼になるんじゃないでしょうか?」

「そうかも知れないけど、そこに何の意味があるというんだ?」

「意味とすればないと思うんですよ。でも、時間稼ぎができる」

「時間稼ぎ?」

「ええ、その間に相手国がきっと裏で何かをしようとしているだろうから、それを見極めることができるわけです。つまりは先を越されないようにしないといけないということですよ」

 ニコライの言い分はいちいち的を得ていた。

――さすが歴史学の権威だけのことはある――

 ニコライに相談して正解だったとシュルツは感じた。

 このことがこれからのジョイコット国とチャーリア国の間で、アクアフリーズ国を巻き込んだ中で大きく関わってくることであろう。

 ジョイコット国は、いつまでもチャーリア国の属国でいたいとは思っていなかった。いずれは独立したいという意思があり、そのためにどうすればいいかを考える省庁が存在していた。

 ただそれは公式な省庁ではない。おおっぴらにしてしまっては、宗主国のチャーリア国の手前、示しがつかないと思っていた。ジョイコット国は密かにアクアフリーズ国に接近していた。

 ジョイコット国はチャーリア国の科学力を警戒してはいたが、尊敬もしていた。自分たちにも同じように科学力を開発できる科学者がいればいいと考えていた。実際にジョイコット国にも他国に留学している学者もいて、その成果を持って帰って、研究に勤しんでいた。

 ジョイコット国では初になる科学研究所には、アレキサンダー国に留学していた科学者が帰国していた。彼が研究所の所長と、他の留学生の帰国後の面倒を見ることになるのだが、いろいろな体制の国から帰ってくる人たちなので、なかなか纏めるのは難しかった。

 アレキサンダー国というのは、立憲君主の国とはいえ、軍事政権の独裁国家であるため、なかなか自由が利かない国であった。しかし、科学技術の発展に関しては先端を行っていたと言ってもいいかも知れない。軍事兵器の開発に関しては、最優先で研究が続けられていたので、彼らに自由を与えないわけにも行かなかった。

 科学技術に関して、彼らの門戸が開かれているのは国際的にも認められていた。そのおかげか、他国からの留学は比較的受け入れていて、政治家と科学者との間での社会認識には隔たりがあった。

 だが、利害が一致しているということで、お互いに余計な口出しをすることもなく、結構うまくやれていた。そのおかげで国家予算も軍事の次に科学技術に使われていた。そのせいもあってか国民生活が圧迫されてはいたが、国民意識としては国防と平和を考えれば仕方のないことだと思っていた。

 アレキサンダー国では、国の理念として、

「我が国は侵攻を許すようなことがないよう、防衛には力を入れ、世界平和の実現のために、軍事力の行使はいとわない」

 という宣言で、国民には理解を求めていた。

 半分は間違ってはいない。そのおかげか、この理念は国民に受け入れられた。国家予算の使い道については、国民は圧迫を受けているが、それも仕方のないことだと割り切っていたのだ。

 アレキサンダー国はクーデターで成立した軍事政権である。元々は国王が支配する国家だったが、国民は別に国王から迫害を受けているという印象はなかった。情報操作がされていた影響もあり、

「どこの国もこんなものなんだ」

 と思い込んでいたからである。

 ただ、それでも他の王国に比べれば、さほど国王からの迫害はなかっただろう。アクアフリーズ王国と変わらないくらいの国家だったが、違うところは、アレキサンダー国の前身であるグレートバリア帝国が、地理的に絶えず隣国からの侵攻に備えなければいけなかったということだ。

 国は徴兵制を敷いていた。国王の号令の下、兵は集められ、国境線の警備についていた。時々小競り合いのような紛争が起こっていたが、大きな戦闘にはなっていない。理由としては、侵攻してくる国もグレートバリア帝国だけに目全身全霊を向けて戦闘を開始してしまうと、反対側の防備が手薄になってしまい、いつ攻め込まれるか分からないという状況だったのだ。そういう意味では領土的野心を持っている国がひしめいていることで、いい意味での均衡が保たれていて、大きな戦闘にならなかったということなのかも知れない。

 だが、それはあくまでも国家間の間で忖度が行われているからということで、どこかの均衡が崩れると、泥沼のバトルロイヤルが始まっていたかも知れない。

 さすがにどの国もそんな状態に陥るようなバカげたことをしようとは思わないだろう。そのための均衡は、薄氷を踏む思いだったに違いない。

 かつての大戦がそうだった。どこの国も一触即発の状態でありながら、自分から戦争の火ぶたを切るわけにはいかないことは意識していた。最後戦争に勝利したとしても、その後の協定で、戦争を始めてしまったということを理由にして不利な条約を結ばされないとも限らないからだ。

 だが、戦争はいつどこでどのようにして起こるか分からない。起こってしまってからの予想もできるはずもなかった。そのために各国が考えたのは、他国との同盟だった。

 軍事同盟を結ぶことで、相手よりも少しでも有利に戦争ができるという発想である。相手が一国なら挟撃もできるだろう。戦争前はこぞって同盟を結べる国を模索したものだった。

 同じ政策の国家同志、あるいは地理的にどうしても必要な同盟、あるいは利害関係の一致している国同志、それぞれの陣営が次第に出来上がって行って、大陸はいくつかの同盟国に分かれて行った。

 国家間の連携のおかげで、国境を強化したとしても、どちらからも戦闘を開始することはなかった。同盟が戦闘の抑止力になっていたのだ。

「これなら、何とかなるかも知れないな」

 という楽天的な国家もあったが、ほとんどの国は一触即発の状態にビクビクしていたというのが本音であろう。

 戦闘が始まれば、負けるわけにはいかない。当然軍事兵器の開発も急ピッチに行われ、倫理的に問題のある兵器も秘密裏に開発されていた。

 国民はそんな状態をどこまで分かっていたのだろう。同盟がいくつも世界で結ばれているということは知らされていない。特に軍事国家では箝口令が敷かれ、報道の自由はあってないようなものだった。

 国家には検閲庁が創設され、新聞や雑誌、放送に関しては、必ず検閲庁の許可がいる時代がやってきていた。それは戦闘が始まる前からだった。ほとんどの国では国家総動員令が敷かれ、戦時体制が当たり前になっていた。国民はそこまでくれば感情としては、国家に一任する気持ちになってしまうのだろう。逆らったとしても、損をするのは自分だけだからである。

 誰も戦時体制に異議を唱えるものもいない。情報調査によって国民は世界の情勢に対して感覚がマヒしてきて、愛国心に芽生えることになる。

「平和のためなら、不自由な生活を強いられても仕方がない」

 と言われるようになった。

 それでも中には戦争反対の立場の人もいて、何とか世間に訴えようとしているが、それが検閲庁に引っかかると、国家治安のためということで、秘密警察が逮捕に向かい、あとは拷問によるとても口に出せない状況で、拘束されてしまうのがオチだった。

 実際に戦闘が酷くなってくると、国民生活は最低となり、食料もまともに得られなくなってくる。そのうちに上空を敵の爆撃機が飛び交うようになり、爆弾が雨あられと降ってくる。

 同盟を結んでいる国の中には、国民を欺くような国もあれば、同盟国を欺くとんでもない国も現れる。

 同盟国以外の国、つまりは戦闘相手である国と水面下で極秘に交渉している国も出てきたりする。おおっぴらにはできないが、軍事協定を結ぶことで、相手体制の国が持っている兵器の情報が漏えいしたり、または、小規模な小競り合いではあるが、戦略的に重要な地域での紛争が、いつの間にか均衡が崩れてしまっていることもある。

 戦争が続いてくると、戦争に国家も慣れてくる。そのうちに、

「各地域で繰り広げられている小競り合いを、どちらかが優勢になる必要はない」

 として、均衡を保つことを命令としているところもあった。

 相手国も同じように均衡を保とうとするので、消耗戦ではありながら、思ったよりも武器弾薬が消耗するということもない。

 当然、兵士の被害も最小限に抑えられ、均衡を保つことで戦争が終わるとは思えないが、そのうちに休戦協定が結ばれることを、最先端の兵士は望んでいた。

 そんな情勢をぶち破ったのは、国家間の協定を欺く輩だった。

 彼らには国家の利益や世界の平和など関係なかった。自分たちが利益を得られればいいのだ。そんな連中には軍事力はなかったが、財力はあった。財力によって、兵士や下士官などはすぐに買収される。彼らは戦争が長引くことで国家や世界に対して不信感を募らせてしまい、精神的にも不満が飽和状態に達していたのだ。

 国家にとって彼らの存在は知るところではなかった。

「最前線の兵士は士気も高く、意気揚々としております」

 という報告を受けた軍部は、その言葉をそのまま信じていたのだ。

 少し前までは、兵士は国家の理念に賛成で、徴兵制にも不満を漏らすことはなかったので、信用するのも当然のことだった。

 そのため、国家は兵士も最前線の部隊も信用していた。もっともこの信用がなければ、戦争の継続はないだろう。そういう意味では戦争を継続させる遠因を作ったのは、兵士個人個人の意識だったと言っても過言ではない。

 ただ、戦争が長引いてくると、それまで同盟国との間の温度にほとんど差がなかったものが、次第に温度差が目立つようになってくる。少し離れて見れば一目瞭然に違いないのだが、当事者であれば誰もそのことに気付くことはないだろう。

 国家というのは、

「国民があってこその国家だ」

 と今は言われているが、当時はそうでもなかった。

 特に帝国や王国が多かったこともあって、国家の主権は国王や皇帝にあり、国民はそれに従うのが当たり前だった。

 国家から土地を与えられ、平和を保障される代わりに国民は国家のために自らを捧げるという封建的な考え方は、今は昔となってしまったのだろう。

 そんな国家に対して国民の感覚は変わることはなかった。それだけ国家元首である皇帝や国王の権威は絶大だったからだ。何かを言おうものなら処断されるという恐怖もあっただろうが、これが当たり前だと思う風潮が大きったのだと、現在の歴史学者の共通した考えだ。

 そういう意味で、国民を解放するという名目で行われているクーデターも、解放される当の国民は無関心だったりする。国民とすれば、解放されようがされまいがどちらでもよかった。そこに自分たちの現在の生活が脅かされることさえなければである。

 クーデターというのは、国民にとっては余計なことだったのかも知れない。どんな体制になるか分からない状態で、せっかく曲がりなりにも平和な状態を混乱に陥れるクーデターは国民にとって、

「ありがた迷惑」

 だったのだ。

 時代は大戦を経由して、独立国家が形成される世の中になってきたが、この時も国民にとって国家の独立はどうでもいいことだった。つまりは国家が独立するというと、民族の独立と同意語でもあった。

「民族の独立という言い訳をすることで、自分たちの国を作りたいという一部の勢力がこの時代に台頭しただけのことだ」

 という歴史学者もいる。

 ただ、この時代の国民感情は複雑なものだったに違いない。国としては疲弊してしまい、国民も何も考えられないほどに未来に希望が持てない時代を迎えたのだ。それでも国民が何も考えていなかったとは言えないだろう。

 国民の協力がなければ国家だけでは国も復興は賄えない。当然、独立などというのは夢のまた夢。できるはずのないことだろう。

 ジョイコット国は、まだそこまでも言っていない未開地の国だった。

 彼らには自由が当たり前だという時代があり、それが宗主国であるチャーリア国によって支配されることになる。

 それでも国民にはどうでもいいことであった。ただ、世界には先進国と発展途上国と呼ばれるもの、そして自分たちのような後進国があるという構造を知った。

 今までは後進国であったが、チャーリア国の介入によって、発展途上国と呼ばれるくらいにまで発展した。後進国と発展途上国との間には大きな差があった。

「発展途上国となれば、WPCの管轄となり、統治権がしっかりと明確にされなければいけない。この場合は宗主国であるチャーリア国に統治権があり、統治権を侵犯する第三国が現れれば、宗主国はWPCに提訴して、その侵犯に対応することができる」

 という規定がある。

 つまり、ジョイコット国はWPCから国としての承認を受けているという前提で、国家としての体裁が彼らだけでは成り立たないことから、統治が必要と判断され、その統治権を持っているのがチャーリア国ということになる。いわゆるWPCが委任統治というわけである。

 したがって、そこにはWPCが規定した、

「統治権に関わる法律」

 が存在している。

 これは一般の国際法とは違い、チャーリア国とジョイコット国との間で結ばれた条約に値する。

 世界には委任統治の国はいくつか存在しているが、その統治に対する考え方も同じことで、それぞれの主従関係のある国同士で結ばれた条約を元に統治が行われている。

 ただ、問題は宗主国、あるいは属国が戦争に巻き込まれた時のことである。この際の法律は、条約が通用しない。臨時、緊急という意味合いが強くなる関係で、戦時国際法が最優先されるのである。

 戦時国際法というのは、当然どの国にも同じ条約になっている。元々は先進国に対して考えられた国際法なので、未開の国に当て嵌めるのは、最初から無理であった。そのため、大戦前は、戦時国際法よりも条約が生きていたのだが、条約というのは、あくまでも当事者国によって都合よく作られたものなので、結局は宗主国有利に使われてしまうのが必至だった。

 そう考えれば、今の戦時国際法を使用するということは、どこの国にも明確で分かりやすいものとなる。それまでは属国に対しての宗主国の力が絶対だったが、ここでその関係を崩せるかも知れないと考える戦時研究家も出てきた。

 それを軍部が察知し、属国となっている被統治国に対して、わざと戦闘を仕掛けることもあるようだ。

 ただ、それも小競り合い程度のものであり、宗主国が出てこようとすると、すぐに引いてしまうことで、宗主国に対して手を出させないようにしているのだ。

 ジョイコット国の首脳には、どこかの国が我々を戦闘に導こうとしているのではないかと疑っていた。狙いをチャーリア国だと考えると、浮かんでくるのはアクアフリーズ国がアレキサンダー国であった。

 直接的な関係として第一に考えられるのは、アクアフリーズ国である。アレキサンダー国はそこまでチャーリア国に対して直接的な関係を持っていない。確かにこの間は神器の関係があって戦闘となったが、その大義名分もなくなってしまった今は、チャーリア国に対して影響を持っている必要はないだろうと考えられた。

 元々のチャーリア国とアクアフリーズ国の戦闘は、ジョイコット国が企んだことでもあったが、そのことを知っているのは誰もいないはずだった。しかも、もうすでに戦闘は終了している。いまさらその時のことを持ち出してジョイコット国を戦闘に巻き込むというのもおかしなことだった。

 ジョイコット国はアクアフリーズ国に嫌疑を感じていた。本当であれば宗主国であるチャーリア国と敵対関係にあるアクアフリーズ国を応援すべき立場なのかも知れないが、ジョイコット国にとってはまだ自分たちを属国として見ているチャーリア国の存在は必要だったのだ。

 かといって、アクアフリーズ国の存在も不可欠であった。いくらチャーリア国が必要だと言っても、無理なことを押し付けられるような立場には容認できない。今はまだそんなことはないが、宗主国というのはどんなことを言い出すか分からないのが宗主国だと思っている。そう思うと、チャーリア国は決して普段できる国ではなく、絶えず警戒の必要があったのだ。

 チャーリア国とジョイコット国、そしてアクアフリーズ国のトライアングルは、等間隔の距離を保つことが必須だった、そのことを一番に感じているのがジョイコット国で、彼らは安全保障の意味においてもチャーリア国を無視することはできず、アクアフリーズ国には、チャーリア国の目付としての役目を感じているのだった。

 だが、そのアクアフリーズ国が戦闘を引き起こそうとしているという嫌疑を抱いてしまったことで、いつの間にか国家全体が被害妄想に入り込んでしまっていることに気付かなかった。そのことに一番最初に気付いたのはシュルツだった。

 シュルツはさすがにまわりを絶えず観察しているので、気付くのも早かった。だが、最初は漠然とした感覚でしかなかった。ジョイコット国がチャーリア国とアクアフリーズ国との間で安全保障のトライアングルを感じていることは分かっていた。実際にシュルツもその関係を意識していた。そしてこの三国の間の安全保障こそが、まわりの国への安全保障にも繋がるものだと信じていたのだ。

 ジョイコット国は、どうしても貧困に喘ぐ国であり、国土や産業、資源にも乏しい国であった。それだけに安全保障を自国だけで打ち立てることができないことを誰よりも知っていた。いくらまわりを見て情勢を判断しても、彼らの目は自分たちのまわり以上の広い世界を見ることはできない。それが彼らの一番の弱みでもあった。

 そんなジョイコット国に近づいてきたのがアレキサンダー国だった。

 元々アレキサンダー国はアクアフリーズ国を我が手中に収めることで、この地域の覇権を握ろうと思っていた。

 しかし、アクアフリーズ国を刺激するということは、チャーリア国を刺激することになる。だからジョイコット国に目先を変えてきたのだが、

「ジョイコット国はチャーリア国の属国ではないですか、それこそチャーリア国を刺激することになりませんか?」

 という別の首脳の意見を聞いて、アレキサンダー国の元首は、

「そんなことはない。今は表に出ているわけではないが、ジョイコット国にとってチャーリア国は必ずしも必要な国ではないんだ。彼らにとって安全保障さえ守られれば、宗主国はチャーリア国である必要はない。我々でもいいと思っている」

「本当にそうでしょうか? 世界の情勢を見れば、我々とジョイコット国とでは政治体制も歴史も交わることのないものを感じるんじゃないですか?」

「普通ならそうかも知れない。でもジョイコット国の首脳はそこまで考えているわけではないんだ。そもそも彼らの視界はそんなに広いものではない。自国とそのまわりくらいにしか目は向いていない。つまりは自国とチャーリア国、そしてアクアフリーズ国の三国が平和であればいいと思っているのが必至なんじゃないかな?」

「そんなものですか?」

「何と言っても未開の国だったんだからね」

「よく分かりました」

「ところでアクアフリーズ国のことなんだけど」

 と、元首が話を変えた。

「アクアフリーズ国がどうかしましたか?」

「彼らは戦争をしたがっているんじゃないかって思うんだ。アクアフリーズ国は今内政は平和に見えるが、その平和のせいであの国の大統領はずっと不安な毎日を過ごしていると思うんだ。なぜなら彼らは元々軍事政権が起こしたクーデター政権なんだ。その国の国家元首は政治体制の維持に、平和な状況を決して喜ばないのではないかと思うんだ」

「それは我が国も同じことが言えるんじゃないですか?」

「確かにそうなんだが、我々は国民に恐怖政治を押し付ける形で、国家体制を築いてきた。今は落ち着いてきているので、少し緩和しているが、国民にとって絶対王政の君主であっても立憲君主によっての君主であっても、君主には変わりないという気持ちを抱かせることで、その権威を保ってきた。だが、アクアフリーズ国はクーデターに成功してから、国民の支持を得るために国民に寄り添う形を取ってきた。そのため、それまでにはなかった国民の自由民権の考えが芽生えることになった。これは国民に自由を与えてしまったことでの自分たちが感じる後悔なんだ。これは厄介なことで、自分たちが悪いという意識がある以上、国民に対して疑心暗鬼が深まるだけの状態を作ってしまった。それがどこまで自分たちを苦しめるかということに、最近やっと気付いたんじゃないか?」

「それで、戦争をすることで自分たちの権威を保全しようと考えているということですね?」

「そうだと思うんだ。だから、我々が神器を取り戻すという名目でチャーリア国に攻め込む作戦を立てた時、アクアフリーズ国を利用しようと考えたのさ。私は闇雲にアクアフリーズ国に目を付けたわけではないんだよ」

 と、元首は語った。

 アレキサンダー国というのは、世界的にもあまりいいイメージを持たれている国ではない。WPCからも危険国家として、レベルは一番低いのだが、警戒されているのも事実だし、WPCの監視役が危険国家に対して、派遣されているが、アレキサンダー国にももちろん派遣されている。彼らは絶えずWPCにアレキサンダー国の情報を送っているが、その動向に怪しい気配を感じることがないというものだった。

 チャーリア国への侵攻をアクアフリーズ国に打診していた時も、WPCに対しての報告は、

「異常なし」

 というものだった。

 神器を気にしているのはアクアフリーズ国なので、アレキサンダー国がチャーリア国を攻めるという発想が最初からなかったのだろう。

 ちょうどその頃、アクアフリーズ国でも閣議が行われていた。

 彼らの閣議の議題は、

「チャーリア国への侵攻案」

 であった。

 アクアフリーズ国にとっての悲願は、チャーリア国を再併合という形で、元々の国家の信用を回復しようというものだった。

 アクアフリーズ国というのは今まで自分たちが築き上げてきたものもあるはずなのに、国民の目は以前からのシュルツやチャールズによる国家が基本にあると思い込んでいる。どんなに自分たちが国家のためを考えても、結局はシュルツやチャールズが生存している以上、二人はアクアフリーズ国では伝説となっているのだ。

 中には、

「絶対王政の頃の方がよかった」

 と言っている人もいる。

 今では言論の自由もかなり制限をしているせいで、そんな言動はなくなってきたが、中途半端な言論の自由があった時代には、そこかしこで囁かれていることであった。

「もう、自由など国民に与えることはない」

 というのが政府の考えであった。

 しかし、軍部による独裁を貫くことは、新たなクーデターを生むことになる。かといって王国の復活も一度クーデターを引き起こしただけに容認できない。

 アクアフリーズ国がチャーリア国への侵攻の目的としては、

「併合は行うが、シュルツとチャールズは生かしておくわけにはいかない」

 というものだった。

 国民に対しての侵攻理由の表向きは、

「チャーリア国の再併合」

 だった。

 だが、そのために、

「前の絶対王制に戻ったりはしないだろうか?」

 という人の意見に対して、

「それは大丈夫です。あくまでも我々は立憲君主の国なんです。憲法に従うことが必要なんです」

 と説明した。

 だが、今の世界の国際法としてのWPC憲章には、

「立憲君主の国では、帝政の存在は認められる」

 と書かれている箇所があった。

 ただ、これはあくまでも

「立憲君主の憲法は主権者を明確にしている必要がある」

 と書かれているのに対して、アクアフリーズ国の憲法は主権に関しては曖昧な表記だった。

「主権者は、国民に承認された国家元首」

 ということになっている。

 国民に承認されてさえいれば、それが皇帝であってもいいというものだった。

 ただ、立憲君主の場合は、世襲は認められない。つまりは王家のような一族での継承を許してはいないということだ。だからアクアフリーズ国の憲法の主権の項目では、

「ただし、主権者の世襲を認めない」

 とあるだけで、皇帝を否定してはいなかった。

 逆に言えば、国民に承認された国家元首に主権がついてきて、その男が皇帝として即位するのであれば、そこには主権者としての問題はないということであった。

 では、立憲君主の国が、勝手に帝政を敷けるのかどうかであるが、憲法でその規定はない。つまり、国家元首が帝政を宣言し、他国がそれを承認すれば、帝政として国家を継承できるというものだ。

 そのために、アクアフリーズ国の国家元首は、他国に根回しを続けていた。

 アクアフリーズ国が神器にこだわったのも、本当は帝政になった時の継承神器として国民に示し、まず最初に自分が皇帝に即位するために必須であるということを示したかったからである。

 アクアフリーズ国にとっての神器の必要性を、その時のアレキサンダー国が知っていたのかどうか、よく分からないというのが世界的な発想だった。

 だが、実際にはアレキサンダー国ではアクアフリーズ国の弱みは分かっているつもりだった。

 そうでなければ、チャーリア国への先制攻撃をアクアフリーズ国に命ずることなどできるはずもない。

「チャーリア国は専守防衛の国なので、我々が先制攻撃を仕掛けると、我々の大義が失われてしまわないですか?」

 とアレキサンダー国に訴えたが、

「それは大丈夫です。神器さえアクアフリーズ国に帰ってくれば、その心配はなくなります。あなたがたは先制攻撃を悪いことのように考えているようですが、それが戦争です。攻めなければ攻められる。それだけのことなんですよ」

 と、いうアレキサンダー国の言い分に、

「確かにその通りです」

 というしかなかった。

「大丈夫ですよ。神器の秘密は私たちも知っていますので、安心していいですよ」

 というと、

「神器の秘密ですか?」

 と、何も知らないかのようにアクアフリーズ国が答えた。

「えっ? 知らないんですか?」

 とアレキサンダー国はビックリして見せたが、実際にはアクアフリーズ国も神器の秘密を知らないことを、彼らは知っていた。

「あなた方を信じていいんですか?」

 次第に不安になってくるアクアフリーズ国に対してアレキサンダー国は、

「それはあなた方次第です」

 と冷たく言い放った。

 しかし、すでに引くことができないところまで来ていたアクアフリーズ国は、彼らに従うしかなかった。それも彼らの計算のうちである。

「アクアフリーズ国が先制攻撃をすることは、決して世界から批判を浴びることはありません」

 と言われ、半信半疑での攻撃となったが、その言葉に嘘はなく、アクアフリーズ国がアレキサンダー国を疑う隙がなくなってしまったことをその時にハッキリしたのだった。

 アクアフリーズ国の先制攻撃はそれなりに効果があった。チャーリア国は攻撃を受けることを前提としていなかったこともあり、完全に虚を突かれてしまった。

 しかもこの時期は農村では収穫の時期ということもあって、戦争は仕掛けにくい時期だと思ったからだ。特にアクアフリーズ国は農村からの徴兵が多く、この時期にどこかに戦争を仕掛けるなど考えにくかったこともあって、完全に油断していた。

 もちろん、アクアフリーズ国以外の国からの攻撃も考えないわけではなかったが、一番可能性のあるアレキサンダー国にその動きがまったくなかったことから、防備体制はランクの中でも一番低いものだった。

 先制攻撃は、ミサイルによるものと、空爆が主だった。ミサイルに関してもそれほどたくさん装備していると思えないはずのアクアフリーズ国が、

「どうしてあんなに持っているのか?」

 と思わせるほどだったが、そこにアレキサンダー国が絡んでいることは明らかだった。

 アクアフリーズ国を公然と支援しているわけではないアレキサンダー国だったが、チャーリア国に対しての利害は、アクアフリーズ国もアレキサンダー国も一致していた。アレキサンダー国の目的は領土的野心であり、アクアフリーズ国としては、かつての母国として国家単位でのプライドだった。

 アレキサンダー国は軍事クーデターの後、勢力を拡大し、まわりの国に次々に侵攻し、その領土を広げていった。そしてついにチャーリア国が隣国となるところまで領土拡大を成功させていた。

 ただ、アレキサンダー国としても、これ以上の領土拡大は、民族の増大に繋がり、領土や資源を獲得できたとしても、国民の数が伴っていなければその体制維持も難しくなってくる。

「ここまで拡大させてきた領土ですが、そろそろ飽和状態になってきましたね」

 とアレキサンダー国の軍部ではそういう結論に達していた。

 そのため軍部の参謀部長は、元首に対して一貫して、

「領土不拡大路線」

 を提唱してきた。

 しかし元首としては、

「チャーリア国の占領だけは達成したいと思っているんだ。あの国を手に入れることでアクアフリーズ国にいろいろな揺さぶりを掛けることができる。アクアフリーズ国としてはチャーリア国の滅亡を欲していて、領土的野心はない。そこで彼らと協力してチャーリア国の体制を潰すことができれば、我々は領土を手に入れても、国民の一部はアクアフリーズ国に移住してもらい、領土を拡大できれば、我々の目的は達成されたのと同じになるのではないか」

 と言っていた。

「利害が一致しているので、少し揺さぶりを掛ければアクアフリーズ国がもう一度先制攻撃を掛けてくれるかも知れませんね」

 以前の先制攻撃は戦略的な効果というよりも、時間稼ぎの様相が強かった。

 アクアフリーズ国には大義名分があったからで、彼らも目的がハッキリしていることで先制攻撃に何ら疑問もなかっただろう。

 しかし、今回は先制攻撃に対しての大義名分はない。だが、説得できない相手ではないと考えたアレキサンダー国は、まんまとアクアフリーズ国の先制攻撃を成功させた。

 先制攻撃を仕掛けるための武器弾薬はかなりの数をアレキサンダー国からの供与だった。アレキサンダー国の軍事力は、すでに世界的にも最先端であり、その強大さも軍事大国として十分に体裁を保っていた。

 また軍事教練も盛んで、戦術戦略に関しても十分に長けていたのだ。

 アレキサンダー国はアクアフリーズ国に対して武器弾薬の供与以外にも軍事顧問団を組織し、軍隊の訓練を担っていた。そのおかげでここ数年の間にかなり洗練された軍隊を作り上げることに成功し、その軍事力はすでにチャーリア国を凌駕していた。

 しかも、先制攻撃が成功したこともあって、専守防衛にこだわるチャーリア国は絶えず劣勢に立たされていた。

「これは我が国建国以来の危機になります」

 と、軍司令がシュルツに対して訴えたことだった。

 シュルツも劣勢であることは分かっていて、このままではまずいことも分かっていた。

「分かっている。だが、我が国としては軍事力に限界がある。しかもアクアフリーズ国を少し舐めていたところもあって、しばらく後手後手が続いている。今政府としてもいろいろ考えているところなので、もう少し待ってほしい」

 と軍司令を窘めた。

 軍司令も、

「シュルツ長官がそこまで言われるのであれば」

 と、引き下がるしかなかった。

 さすがのシュルツも今回ばかりは、少し考えがまとまらなかった。

 チャーリア国には以前から移民が目立つようになっていた。それはチャーリア国にとって、領土に対しての国民の数が少ないという問題を解決してくれることとしてありがたいことであった。

 しかし、問題がないわけではない。どうしても他民族になりがちで、烏合の衆となってしまうことは、チャーリア国だけに限ったことではなかった。それは領土拡張に明け暮れているアレキサンダー国にとっても同じことであり、彼らにとって占領地域の民族であるというのと違い、チャーリア国は向こうから舞い込んできたという違いがあることから、チャーリア国の方が同じ烏合の衆であっても深刻ではない問題だった。

 だが、実際に戦争が勃発してしまうと、移民の民族は焦っていた。しかもアクアフリーズ国が先制攻撃を仕掛けてきて、攻撃の矢面に立たされている地域は移民が多くいる地帯であった。このことがチャーリア国にとって後々幸いすることであるが、まさかの展開にアクアフリーズ国もアレキサンダー国も想像することなどできるはずもなかった。

 そういう意味では、チャーリア国は運がいい国だとも言える。

「運も実力のうち」

 と言われるが、まさしくその通りである。

 戦闘が始まって二週間もすれば、移民が暮らしている地域は、ほとんどアクアフリーズ国に占領された。しかも、アクアフリーズ国の先制攻撃には容赦がなかった。

「そもそも先制攻撃というのは、相手を容赦していては先制した意味がない。完膚なきまでに相手を滅ぼすくらいの勢いがなければ、いずれ相手が息を吹き返してきます」

 というのが、アレキサンダー国の教えだった。

 これは、国際的な戦争体型での標準的な考え方であった。

「先制攻撃によって、相手の軍部を徹底的に叩く、あるいは、占領地域を完全に自分たちが掌握できるようにすることが必要だ。そのためには昔であれば、虐殺もありえたのだが、今の時代にはそぐわない。だから、人が攻撃目標ではなく、建物を破壊することに力を注ぐことです」

「でも、建物を壊すということは、そこに住んでいる人も一緒に葬るということではないですか?」

「そこはピンポイントにするのさ」

 と言って、先制攻撃のやり方を十分にアレキサンダー国は指南していた。

 しかし、言葉でいうのと実際の攻撃とでは、かなりの差が生じる。

 しかもアクアフリーズ国の先制攻撃は、想像以上に成功したのだった。

 攻撃目標はそのほとんどを壊滅でき、実際にチャーリア国の戦意を消耗させるという戦法は成功していた。

 シュルツに、

「アクアフリーズ国がここまでやるとは、甘く見ていた」

 と反省させたくらいである。

 本当であれば、このまま講和に持ち込むのが、戦争としては一番いいことなのかも知れないが、そのためには先制攻撃があまりにも成功しすぎたのだ。

 アレキサンダー国も、本当は危険性が孕んでいることを理解はしていたが、領土的野心という目的を考えれば、アクアフリーズ国の戦果はありがたいものであった。

「こんなにうまく行くなんて、アクアフリーズ国も容赦なかったということですね」

 とアレキサンダー国の軍司令が言うと、

「ああ、これなら我々が出ていくこともなくなるだろうな」

 と、元首が言った。

 彼らにとって、一番の成功は、自分たちが表に出ないことが大前提だったので、それが達成できそうなことだけでも、アクアフリーズ国の先制攻撃は成功したと言えるだろう。

 アクアフリーズ国としても、アレキサンダー国から文句が出ないことをいいことに、完全に戦争の主導権を自分たちが握ったと思っていた。

 実際に、制空権も制海権もアクアフリーズ国が握っていた、先制攻撃を二週間と区切った計画は、計画を大幅に上回る成果を挙げたことで、アクアフリーズ国は、

「この戦争は我々だけで勝てるんじゃないか?」

 と考えるようになった。

 その思いが幸か不幸か、アレキサンダー国に対して不信感を抱かせることになった。

 アクアフリーズ国のアクアフリーズ国への軽視がそこにはあった。

「我々は、アレキサンダー国に追いついたんじゃないか?」

 とまで思うようになっていた。

 ここ十数年の間に快進撃を続けるアレキサンダー国。領土拡大のために少し無理なことを続けてきたことで、WPCから経済制裁を受けたりもしたが、それを補って余りあるほどの領土拡大を推し進めてきた。

 そんなアレキサンダー国は、国際社会から見れば、

「悪者」

 として写ったことだろう。

 しかし、悪者であっても、彼らの戦果は他の国からすれば羨ましいと思われていた。アクアフリーズ国もその一つであったが、あまりにも軍事力に差があることから、

「高嶺の花」

 のように見えていた。

 そんなアレキサンダー国が自分たちのような小国を相手にするはずなどないと思い込んでいたアクアフリーズ国に急に相手の方から近づいてきた。目的はチャーリア国にあるのは分かっていたが、それでも

「高嶺の花」

 と奉っていた相手に近づいてこられることは名誉のように思えた。

 それだけに、彼らの要望はそのほとんどを文句も言わずに受け入れた。以前の先制攻撃も嫌々ではなかったのだ。

 そんな彼らからの軍事援助を受けたことは本当に光栄だった。しかも、その成果は明らかに芽生えていた。後は実践だけだったのだ。

 その実践も今度の先制攻撃で予想以上の効果を挙げた。

「こんなにうまくいくなんて」

 と軍部に思わせ、

「好事魔多し」

 ということわざをほとんどの首脳が頭に描いていたにも関わらず、すぐに打ち消すことになったのだ。

 先制攻撃の効果は抜群で、チャーリア国に移住してきた他民族の連中は、チャーリア国に対して愛国心などこれっぽっちも持っていないこともあって、生命の危険に晒されたことで、すぐに隣国に亡命する羽目になってしまった。

 少数であれば、アレキサンダー国も受け入れて、彼らの力を利用しようと考えるのであろうが、一気に隣国へなだれ込んできたことから、それまでの占領地帯の飽和状態という問題をさらに加速させることになったのは、アレキサンダー国としては計算外の出来事だった。

 移民というのは難民となって雪崩れ込んでくる。彼らには秩序もなければ、モラルもない。

 アレキサンダー国の国境付近には、難民が溢れていた。アレキサンダー国のチャーリア国と隣接している部分は、元々のアレキサンダー国ではなく、占領地域であった。アレキサンダー国としては、他民族の中にさらに難民が紛れ込んできて、小競り合いが頻繁に起こっている。

 元々、彼らも占領された時は、領土を攻撃されて、廃墟となったところからの復興で、やっと街としての体裁を取り戻し、これから繁栄を望もうとしていたところであったので、その不満は間違いなくアレキサンダー国政府に向かう。

 彼らが占領の憂き目を追うまでは、チャーリア国とは良好な関係だったので、国境があっても、あまり意識するものではなかった。

 そのせいもあってか、チャーリア国との国境はほとんど素通りできるようになっていて、難民の流入は抑えることができなかった。

「我々も占領された立場なので、彼らに対して手を差し伸べるなどできるはずもない」

 と考えていた。

 アクアフリーズ国の攻撃は、難民が出てからも執拗に続いた。

「俺たちが何をしたんだ」

 と、アレキサンダー国内の占領地域の民衆は思っていることだろう。

 最初はアレキサンダー国としても、さほど彼らのことを気にしているわけではなかった。難民が雪崩れ込んできているという状況も、

「戦争なんだから、仕方のないことだ。それよりもあの地域で労働力が増えるのは却ってありがたいことではないか」

 とまで言われていた。

 しかし、それがただの

「お花畑的な発想」

 であることに気付くまで、さほど時間のかかるものではなかった。

「このままアクアフリーズ国の攻勢が続くと、我々に火の粉が飛び散ってこないとも限りません」

 と、政府の方から国家首脳へと具申されたのもそれからすぐのことだった。

 アレキサンダー国としても、このまま放っておくわけにはいかなくなったのだ。

 あれはいつのことだっただろうか? 先の大戦よりも前の戦争だったような気がする。

 隣国が他の国に攻められて、かなりの難民を出した国があったが、その国は難民の流入により滅んだということは有名であった。そのことがあってから、大戦前には難民を受け入れることを拒否できるという大戦中の特例とも言える国際法が制定されたことがあった。だが、その効力は大戦中だけであって、大戦が終了したことで特例の効力はなくなり、実際に隣国が攻め込まれて難民が発生した時、難民の受け入れを拒否しようとした国が国際法上罰せられたということがあった。もちろん、WPCや加盟国による金銭的援助や、加盟国によるできるだけの難民の受け入れが成立したことで難民拒否をした国は、即座に難民の受け入れに傾き、罰は執行されることはなかった。そのおかげで難民の問題は大きな問題にならずに済んだが、難民拒否ができないという体制が確立されてしまったことで、加盟国の間で戦争における難民の恐怖をいまさらながら思い知らされることになった。

 そんなことがあって、特にアレキサンダー国は難民に対してナーバスになっていた。

 彼らは元々クーデター政権。絶えずどこかの団体に政権をひっくり返されるのではないかと怯えが根底にあった。そんな不安から、政治に対して余計な心配をしないように心掛けていた。特に内政に関しては敏感で、そのため多少強引な外交であっても、国内世論に逆らうことができない体制でもあったのだ。

 実はアレキサンダー国が執拗にチャーリア国を意識していたのは、一時期自分たちの政権の支持率が落ちて、そのために軍事予算の供出が難しくなったことがあった。臨検君主の国であるため、政党が変わることは政府の転覆を意味していて、国民はそこまでは求めてはいなかったが、事あるごとに政府批判が目立つようになったのは事実だった。

 そんな時、アクアフリーズ国が神器を必要とし、チャーリア国に圧力を掛けようとしているという情報を嗅ぎ付け、アクアフリーズ国をたきつけることで、戦闘を起こし、国民の関心を外に向けるという政策上の作戦だった。

 その作戦は半分は成功した。国民の関心が外に向いたことで、支持率は少し上がってきたのだが、まだまだ安全圏とまではいかなかった。そのうちに神器の問題が解決し、両国の戦闘が終了すれば、アレキサンダー国の関与は大義名分を持たないものとなってしまった。

 国民には自国がアクアフリーズ国とチャーリア国の紛争に関わっているなど知りもしなかった。軍部や政府には箝口令が敷かれていて、報道管制も敷かれていた。

 アレキサンダー国の憲法では、確かに表現の自由は認めているが、国家元首がそれと認めた、

「臨戦態勢」

 が敷かれた場合には、国家元首の力で箝口令や報道管制を敷くことが可能だった。

 それに逆らった報道機関は、大統領令に逆らった機関として罰せられても仕方のない状態になるのだ。

 この国の司法は変わっていて、一般の刑事裁判、民事裁判とは別に、大統領令違反裁判所というのが別に存在していて、被告は一般の人ではなく、何かの機関だったり法人だったりする。国家反逆罪に匹敵する判決を受けてしまうと、代表者の処分はもちろんのこと、団体としての一切の活動の停止、あるいは団体の解散が義務づけられてしまう。

 ただ、この体制はアレキサンダー国だけではなく、アクアフリーズ国でも採用されていた。そもそもアクアフリーズ国もアレキサンダー国と同じように軍事クーデター政権による政府だからである。アクアフリーズ国はアレキサンダー国のクーデター成功をモデルとして、自国の変革を進めていったのだ。

 チャーリア国のシュルツはそのことに憂慮していた。最初こそアレキサンダー国への警戒を一番に考えていたが、途中からアクアフリーズ国の方に警戒を強めていくことになった。

 母国であるという特別の思いもあるのは事実だが、それ以上に軍事政権の今の元首は、元々自分の部下であり、強硬派で知られた人物だったことも、シュルツには心配だったのだ。

「アクアフリーズ国とアレキサンダー国とが緊密な関係に入ったようです」

 という情報は、アレキサンダー国に派遣している秘密諜報員からもたらされていた。

 この情報は結構早い段階でもたらさrていて、まだアクアフリーズ国の体制が確立する前のことだった。

「今はまだアクアフリーズ国の体制が流動的なので、どちらに転ぶか分からないけど、もしこの両国が手を結ぶことになると、アクアフリーズ国を侮ることはできなくなるな」

 とシュルツは言った。

 実際にアクアフリーズ国の体制が固まってくると、体制は明らかにアレキサンダー国を意識してのものに変わっていた。

「アクアフリーズ国は我が祖国ではありますが、我々は亡命政権、今は何もできません」

 と軍司令が言った。

「確かにその通りなんだが、私の心配しているのは、アクアフリーズ国に傀儡政権が出来上がりはしないかという危惧があるんだ」

 とシュルツは言った。

「傀儡政権というとアレキサンダー国のですか?」

「ああ、そうだ」

 傀儡政権というのは、表向きは独立した政権なのだが、実際には言葉のとおり、

「あやつり人形」

 という意味であり、他の国や勢力がその政権には介在していて、その勢力の影響の下に成立している政権である。

 かつての大戦中には、いくつかの傀儡政権が存在していた。

 大戦の原因となったものとして、まわりの国との同盟や協定があったのは前述のとおりだが、まわりの国を占領しても、占領下で今までの政権をそのまま生かすというのは、いつ手を咬まれるか分かったものではない。

 占領国家の政府も、このままでは自分たちの生命が危機に晒されるわけなので、当然他国への亡命を企てたりするだろう。

 国内は混乱していて、無政府状態で占領などできるはずもない。早急な政府の樹立が必要になる。そのためには自分たちに有利な政権を打ち立てる必要があり、占領国国内に存在している団体を買収したりして自分たちの体制に従順な政府を樹立する。それがいわゆる、

「傀儡政権」

 なのである。

 傀儡政権を通じて占領国家を統治するという間接統治のやり方は、その時の王道を行っていた。

 だが、占領国家の中でもいまだに抵抗勢力として存在している団体もあり、小競り合いが続いているところもある。

 大戦に参加している大国はまわりの国を占領し、領土を増やしていく。そのためたくさんの地域を広範囲に占領する関係で、一つの国に対しての注意力はどうしても緩慢になってしまう。

 そのため、占領された国の中には、抵抗勢力としてのパルチザンが存在し、ゲリラ戦を展開したりしている。それを見た元々の同盟国は彼らに裏で支援を行い、傀儡政権の支配を排除し、占領を解くように工作することも往々にしてあった。

 そのためパルチザンの中から新体制の政権が成立し、彼らに界隈政権を牽制させ、時には攻撃を加えて、あわやくば政権奪取を目論もうとする国家もあった。

 政権は一つではなく、複数存在している場合もある。

 なぜなら、彼らを支援する国家は一つではない。複数の国家が存在すれば、彼らの思惑から、当然複数の政権が存在するのだ。傀儡政権が表向きのその国の代表になってはいるが、まわりの国の干渉によって成立した政権を真の政権として支援する国は条約を結んだりしている。

 国際法的にも国際社会的にもその条約は無効ではあるが、そのうちに世界の情勢が変わったり、その国の政権が交代したりすると、その条約が表に出てきて、その国に対しての発言力が増してくる。そうなると、新たな宗主国として頭角を現し、占領軍を駆逐することも可能だったりする。

 今は占領軍と傀儡政権による間接統治に混乱している国であるが、そのうちに落ち着いてくると見越しているのだ。

 だが、ほとんどの場合、その目論見は外れてしまう。

 一つの国家に複数の政権が存在するということ自体がおかしいのだ。

 政府は一つであり、与野党として存在することで、政府が切磋琢磨することで政治が行われるというのが真の姿であるはずである。やはり世界大戦という異常な情勢の中では、尋常な精神の下の政治は難しいのかも知れない。

「武力こそが正義だ」

 と言っていた独裁者がいた。

 彼は絶えず暗殺とクーデターの恐怖に怯えていた。表向きは恐怖政治を行っていたが、その実、食事や睡眠時など、無防備な時間ほど恐怖を感じていたことはない。心の休まる時などないのだ。

 そんな状態で、精神に異常をきたした独裁者もいた。自国の市街地に火を放ってみたり、いきなり同盟国の大使館に、国外退去を言い渡したり、狂気の沙汰ではないことは側近が一番感じていた。

 死を覚悟で抗議した人もいたが、精神異常の独裁者に通用するはずもない。

 犬死してしまったのを見たまわりは、もう逆らうことなどできなくなった。

 もっと言えば、イエスマンしか生き残れなくなったのだ。

 疑心暗鬼から側近までも粛清してしまうことで、敵味方の見境がなくなり、ただ自分を孤独に追い込んでしまう。それが占領に占領を重ねて、領土を大陸全体にまで広げた独裁者の末路だった。

 軍事クーデターが起こるのは時間の問題だった。

 国家元首は自殺し、家族や関係者は惨殺された。革命は成功したのだが、そのせいで絶大なカリスマを失ったその国は、一気にまわりの国から攻め込まれ、あっという間に滅んでしまった。

 完全に軍事バランスが崩れてしまった。

 絶大な力であっという間に大陸を席巻した強大国が滅んだのだ。それまでの対抗勢力ともいうべき列強は、せっかく高めた士気のやり場に困ってしまった。

 占領された国は解放されたが、今度は列強が占領軍として進駐してくる。

「今までと変わらないじゃないか?」

 と不満も漏れたが、今度は世界に公表されることはない。

 何しろ正当な占領だと世界は思い込んでいたからである。

 だが、実際には暴行、強姦、略奪、虐殺が横行し、完全な無法地帯となってしまった。世界に公表されないだけに、余計にたちが悪い。世界大戦は占領国家の独裁者の自殺という形で幕を閉じたが、その落とした幕は、誰にも引くことができなくなってしまっていたのだ。

 それが公表されたのは、世界講和条約が結ばれてから五年も経ってからだった。

「何てことを」

 と、ほとんどの国家元首は嘆いた。

 しかし、実際には、

「そんなことではないかと思っていた」

 というのが本音かも知れない。

 時に軍事政権の国には分かっていたことだろう。兵の士気がやり場のない憤りに変わった時、占領地域においてどういうことが起こるかというのは周知のことのはずであった。

「軍隊というのは、明日死ぬかも知れないという恐怖と絶えず向き合っているわけだから、当然精神的に病んだ状態になったとしても仕方がない」

 という考えである。

 そんな時、占領地域の国内に残っていた複数の政権は、うまく利用された。

 政権が複数あったおかげで、占領地域における秘密は、他に漏れることはなかった。公然と悪行が横行し、それを占領国家の国民は、誰にも訴えることができず、犠牲者は増えるばかりだった。

「国家なんて、あってないようなものだ」

 それぞれの政権にはもはや力はなく、占領軍にとって利用されるだけの、それこそ、

「傀儡政権」

 であった。

 これは大戦中の傀儡政権のように政治色に影響されるものではなく、あくまでも自分を保全するためだけのもので、傀儡政権というほどのものでもなかったのかも知れない。

 WPCの発足は、そんな世界情勢において、それぞれの国家だけでは解決できないようなことを国際法に照らして解決するために創設された機関であった。

 元々は戦勝国による勝手な政治への戒めのつもりだったのだが、そのうちに国だけが相手ではなく、その国の軍部や政府に対しても干渉するようになったのは、この異常な世界への影響を最小限に抑えるためでもあった。

 だが、一つの機関くらいで世界が簡単に収まるわけもなく、混乱はかなりの間続いた。

 そのうちに植民地が独立運動を示すようになり、独立戦争に駆り出される兵士が増えたことで、次第に混乱は収束していった。

「これでよかったんだろうか?」

 WPCの高官は、憂慮していたが、自分たちにできることは限られているのも最初から分かっていることだった。

 そのため、大戦が終わってから、たくさんの憲章が作られたが、憲章によってはすべての加盟国が調印することがない状態でもあった。

「WPCと言っても、一枚岩ではないんだ」

 ということが、全世界の人々に理解されるきっかけにもなったのだが、

「それでも今はWPC頼りでしかないんだ」

 というのが、大方の考え方だった。

 WPC発足後、しばらくして悪行は自然消滅し、世の中は独立戦争という新たな時代を迎えることになった。

 そんな中で王国や帝国などの絶対君主の国が疑問視されるようになってきたのも、さらなる時代の変革を予感させていたのかも知れない。

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