大ちゅき
パパ事件から、父は一日も欠かさず部屋に訪れるようになった。
というより、一日に何度も訪れる。ディリアや他の侍女は、最初こそ緊張で狼狽えていたが、頻繁に訪れる父にまたかと最近は諦めの表情を見せるようになった。
私のパパ呼びは安定で、一度父っていったら嫌そうな顔をされた。
なので父──パパが満足するまでそう呼んであげようと思う。
パパは私の成長を残さず見たいようで、一人で歩いた時も走った時も幼児食を食べ始めた時も必ず見守った。
パパが来るようになって2ヶ月経つ頃には、沢山言葉を話せるようになった。
パパの右腕である宰相のシャドバーズはシャドウと呼ぶようになり、パパと同じように私の部屋に入り浸るようになったマドリオンのことはマドにーにと呼ぶようになった。
私の努力の成果が家族と少しの人数だが実を結び、私を可愛がってくれる状況に嬉しさを隠せない。
前世でこんなに幸せを感じたことはあっただろうか。
もっともっと頑張って、もっとたくさんの人に愛されたい。
「パパ、だっこ」
本日4度目の訪問のパパに向かって両手を広げる。当たり前のように私を持ち上げたパパの首にしがみついた。
パパもだけど、私も抱っこの癖ができたみたいだ。
ディリアや他の侍女が、抱っこされ過ぎて足腰が弱くなるのを心配し運動の時間が増えてしまった。
私のためだと分かるから一生懸命頑張るけど。
「あのね、あのねー?」
「ああ」
「えへへ、ないちょ!」
「なんだ?」
「んー、ん!」
頭を首に擦り付けくふふと笑う。パパは内緒という言葉が気になるのか身体を離した。
それにいやいやと首を振り、パパの首に腕をまきつける。見た目に反して柔らかい髪の毛がふわふわと頬に当たりくすぐったい。
いやいやしたお陰で引き離されることはないが、内緒という私の言葉が気になっている様子。ダメダメ、簡単に教えたらつまらない。
「えへへー」
「……何だ?」
クフクフ笑っている私の頬に自分の頬を引っ付けたパパは、少し不満そうな声を出した。私は内緒話をするようにパパの耳元に唇を寄せる。
私の息が耳に入りくすぐったいのか、パパの肩がピクンと揺れた。
「あのね、あのねー?」
「ああ」
「………大ちゅき」
「…………」
大好きのすをちゅに変えたのはわざとだ。決して嚙んだからではない。ピリッとする舌はきっと気のせい。
ぐりぐりとパパの肩に顔を押し付ける。好きって言葉を口に出すのはちょっと照れ臭い。
ぐりぐりするのをやめてちらっとパパの様子を伺うと、瞬きもせず固まっていた。
あれ? 思っていた反応と違うぞ。てっきり可愛いと撫で繰り回されると思っていたのに。
少しショックを受けて、口を尖らせながらパパの肩に顎を乗せると、パパの後ろにいたシャドウと目が合った。
仕方ない、ターゲット変更だ。
「シャドウもねー、リシアちゅき!」
「はうっ! なんて可愛らしい!」
シャドウはまるで打たれたように胸に手を当て、苦悶の表情を浮かべた。ついでとばかりに部屋にいるみんなにも好きを振りまく。
パパと違い、すぐにメロメロの表情を浮かべてくれる。もう一度パパを見る。まだ固まっていた。
「パパー? リシアきりゃい?」
「……違う」
好きとは言ってくれなかったが、パパは力強く私を抱きしめた。暖かくて心地よくて、心がポカポカしてくる。私はもう一度大好きと言葉にした。
パパはそうかと頷いただけだったが、ポカポカな心に免じて許してやろうと思う。
それから30分、私を一度も離さず抱きしめていたパパは別れ際、唐突に言った。
「数か月、城を空ける」
「ん?」
私は凍り付いた笑顔で首を傾げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます