魔法学校編 降り頻る雪の中で星乙女は笑う
No.11 森小屋の双子は学校に行きたいそうです
______平等なる教育と勤勉なる正義こそ子供に最も必要なものだ
〔星にある七つの大陸のうち、海に浮かぶ最も大きな大陸をイリデセント大陸と呼んだ。
色鮮やかに多様な文化の国が集まった大陸にあるアステール王国こそが、少年の生まれ育った国だった。〕
封蝋といえば1番に朱色が思い浮かぶのは“わたし”のせいだろう。この国で最もメジャーな夜空のような藍色の封蝋で閉じられた手紙に、テトラは“なんとなく”懐かしさを覚えた。テトラの隣で封筒をライトに透かすシックスは、それを渡したフィーアに不思議そうな視線を投げかける。
「お兄さん、これ、なにー?」
「これは、ある学校の入学希望案内だ。」
「にゅうがくきぼうあんない。」
「あぁ。…こほん。えぇと、何から説明したものか…」
あの日の朝とはまた違った、説明のはじまり部分を手探りにしながらフィーアは地図を取り出した。俯瞰の視点で描かれたひとつの国の地図だ。
「イリデセント大陸の中心から南東にかけて広がる、俺たちの住まうアステール王国。王国には12の都市があって、そこからさらに大小を問わない街や村に分けられる。その都市のひとつ、学術自由都市リーブラには王立…あー、王国の支援する大きな学校があるんだが、その手紙はその学校に通いたい人は出してくださいっていう案内…だ。」
そこでフィーアはちらりとテトラを見た。度々と彼は自分の説明の言葉がきちんと文章になっているかをテトラに確認したがる悪癖があった。もうすっかりその視線に慣れてしまったテトラは小さくひとつだけ頷くと、途端に撫でられた時のサンクみたいな顔を隠したがってわざとらしい咳き込みをした。
「こほん。残念ながらこの希望案内を提出したところで絶対に学校に通えるわけではない、通常の学校と違って入学試験があって、それに合格した者だけが通うことができる。ただ…アストライアは、優れた教師やそれに相応しい勉学環境が整っていて…それに挑戦するだけの価値がある学校だ、と俺は思っている。」
「ふぅん…?」
どことなく無関心寄りの相槌を打つシックスだが、これは仕方のないことだろう。森小屋だけの世界で完結しているシックスにとって、そもそも”学校”というシステム自体ぴんとこない。あるいは
更にはこの辺り、大人と子供の感覚の違いが如実に現れてもいた。勉学やらの取り組みについての意欲や魅力は大人と子供とでかなり捉え方が異なるうえ、フィーアの思考は柔軟な方だとは思うが代わりに喋り方が妙に堅苦しいせいもあるだろう。
”学術自由都市リーブラ”
イリデセント大陸に属するアステール王国12大都市のひとつ
その呼び名通り中心に王立魔法学校アストライアを抱いた教育機関や研究都市を集積した計画都市であり、アステール王国の文明発展の一角を担う都市でもある
また、アストライアに通う学生たちに対する支援として探索者組合天秤支部や素材買取/販売における学生割などが組み込まれている
さて。“わたし”の知識の波をさざめかせながらテトラはしばらくと言葉を選ぶために考えを巡らせる。フィーアの色彩関係を無視した原色で文章を囲った資料みたいな説明だけでは、いささか選ぶ機会とするのも残念だ。
「んとね、シックス、絶対に学校に通わなきゃだめなわけじゃないてのを一番最初に言っておくね。それはそれで頭の隅っこに置いておいて、今からいうのは私のただの持論で偏見なんだけどね。まず、学校はたくさん本が読める図書室がある。」
「!」
「お兄さんが教えてくれるみたいな特訓をしてくれる先生がたくさんいて、色んな種類の武器の使い方とかもおしえてくれる。」
「!」
「合成鍋でつくる薬のレシピとかを教えてくれる先生もいる。」
「!」
「美味しいご飯がたくさん種類でてくる学食っていうのがある。」
「!!!!」
「っていうのが王国の中で一番充実してるのがお兄さんの言ってた魔法学校アストライア。」
流石というべきか、テトラはシックスの喜びをくすぐるポイントをよく押さえていた。ちなみに。喋り口調や選ぶ言葉のチョイスが幼い頃から変わらないのは、わざとなどではなく彼女にとって無意識な癖だ。これはテトラとシックスはどことなく幼い関係性で結ばれているので仕方ない。
大人の話を聞く子供そのもののぼんやりとした顔をしていたシックスのはちみつ色が途端にきらきらと輝いていく。それと同じくしてフィーアから惜しみなく向けられる感謝の視線は見てないことにした。
王国はとうとう
これだけ言えばなんとなくの疑念が浮かび上がりかねないが、その思惑はきっと悪いことだけではない。寧ろ今までが国王の善意に守られ続けすぎていた。両親がシックスに施した封印は未だ揺らぐことがないが、所詮意味は不発弾と一緒だ。今はこそ存在が大きく知られていないだけで密やかに厄災復活を目論む”あの人”の組織も陰で蠢いている。いくら優秀な騎士とはいえフィーアだけではもともと荷が重かった。
シックス本人が厄災の事実を知ったこと、大人になりつつあること。それらを加味して、ついでに自衛の力を持たせたい善意ひとかけ、多分なる“大人”の思惑をまぜこぜに。
「でもね、そーいう…たくさん便利ですごいことが付加価値であるから、試験に合格した人しか入学できないの。」
過干渉な“大人”の思惑だけならば。例え物語をしっていようとテトラが協力することはなかった。テトラは双子の弟を国にとっての武器で道具で兵器にするつもりはないし、いっそ、勇者にだってさせたくない。_____まぁ、自由に生きることに伴う責任は、残念ながら、シックスに与えられた運命にとって“勇者”の選択肢が1番わかりやすいのも事実だけれど_____閑話休題。それはそれとして。
テトラはちゃんとわかってシックスの思考を誘導した。これで、彼女は舌先だけは蛇のそれと同じ形をしてるので。
魔法学校という存在に対して、“わたし”のミーハー的感情がないかといえば否定できない。ただ感情論を抜きにして、王立魔法学校アストライアという学校施設から得られるものは多く、利用できるものも、多い。
それから。
それから。
もちろん大前提として、既に目の前にいるはちみつ色の少年は厄災の封じ子で、テトラの双子の弟であるシックス・インヘリットではあるけらど
故にシックスは、妖精契約の儀式に対してそうだったように。死んでないから生きているような、ひとりぼっちの孤独を抱えていない。やっぱり不相応な諦観だけは当然の傷になっているけれど、きっと森小屋の中だけの世界でだって幸せだとばかりに思い込んでいる。
(別に、行きたくないなら行かなくていいし、どーせあの街の連中は森の中には入ってこないし、入らせないし、最後にそれを願うなら、それでもいいんだけど。でも。)
きっと。知っていいはずだ。知るべきだ。
本当のところ“わたし”が好印象を抱くキャラクターたちとの出会いを求めているかと言われると違って、でも、そうだ。
シックスは知るべきだ。知って、知って、知った上で選ぶ権利を与えられるべきだ。食わず嫌いなんかよりももったいのないただの道なりの人生なんてつまらないじゃあないか。
(もっと、もっと。世界にはたくさん辛いことがあって、でも、おんなじくらいたくさん楽しいことだってあるんだって、思ってくれたらきっと。それはもう希望の勇者なんかじゃなくて、ただの幸福な男の子でしょう?)
いっそ壊れてしまえ。たったひとりの少年に世界の命運なんかを託した物語ごと全部。
ずっと心の中で一緒の場所に降り積もっていく停滞の退屈と当然の絶望が、小さな幸福をいっそう大事に依存させて、ほんの少しのきっかけで恐ろしさだけを残す。
たくさん。
たくさん。幸せになって仕舞えばいい。
忘れられなくていいから、幸福の味を思い出せるくらい幸せになって楽しさに満ちた日々であればいい。
「俺、ねぇちゃんと学校行きたい!」
「それじゃあ、お兄さんにお願いしよう。あとは…試験までに特訓しなくちゃね。」
(森小屋の双子は“たくさん楽しいことを見つけるために”学校に行きたいそうです)
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