第43話 中途半端にサボるのは果たして「楽」なのか。

「シッ……! シィッ……!」


 ここはブリッジの影にある、船尾側の甲板だ。

 今日からいよいよ薬作りの作業が始まる。

 出航してからの三日間は自分の時間が取れたので十分な鍛錬をする事ができたが、昨日荷運びをしてわかった。時間を作れるのは朝と夜しかない。

 朝の洗濯前と夜の便所掃除後に俺は日課をこなすと決めた。どちらも手早くやれば時間を確保する事ができる。


 俺はあの街でウォーケンに内緒でも何度かしていた。オイタトッセとやり合った程の怪我はしなかったが、それでも擦り傷や拳の腫れでバレていたとは思うけど。

 それでも、ウォーケンは知らんぷりしてくれた。

 それを思い出しながら、この船でも日課を続けるのだ。

 日課をしながら色々な事を考える。

 何故お袋はあのオッさんに取り入ったのか。

 何故あのオッさんはお袋を受け入れたのか。

 お袋とオッさんを突っぱねたのは正解だったのか。

 あの二人は今、どうしてるのか。

 ウォーケンは何故、俺を受け入れたのだろう。

 ギリさんは何故、ウォーケンを慕っているのだろう。

 俺は何故、ウォーケンに対する怒りや憎しみを感じないのだろう。

 何故ウォーケンに、素直に、憧れる事ができるのだろう。

 たまに自分がわからなくなる。

 そして、薬作りにも抵抗がない。

 むしろ新たに始まる仕事を楽しみに感じてすらいる。


 日課と洗濯を終わらせた後、他の連中と合流した。皆で階段を降りていくと昨日魔石とデカい魔道具を運び込んだ部屋に着く。

 その部屋は広い。

 蓋が付いたデカい暖炉の様な魔道具が奥に五つ並び、壁を走る無数の管に繋がれている。近くには数本、大きなヘラもある。

 壁からこちら側へ伸びた管の先端の下にはそれぞれ、大きな鍋みたいな魔道具が十個、置いてあった。

 それぞれの鍋の横にはや振りザルの様な器具がバケツに入っている。

 更に右手の壁下の窪みには排水口があり、鍋達の更に手前には分厚い布が何枚も重ねられた大きなテーブルがあった。

 暖炉みたいな魔道具と繋がっていない管もあり、その幾つかからホースも伸びている。

 そういった物達が置かれていても、まだこの空間にはゆとりがある。

 いったいどんな作業をするのだろうか。


「今日からここがお前達の作業場だ——」


 ナータンが手短に作業の工程を話した。


 先ず暖炉みたいな魔道具に、発酵したカコの実と塩を入れる。

 混ざり合い温められた液体が管を通り鍋の魔道具に注がれる。

 鍋に溜まった液体の上澄みや細かなゴミを取り除き、残った液体をテーブルの布に染み込ませる。

 それを別室に運んで干し、小さな風車みたいな魔道具を使い、魔力を浴びせて結晶化させる。

 結晶化した薬をこそぎ落とし皮の袋に詰める。


 以上が薬造りの工程だ。

 思ったよりもシンプルな工程だが、三日、四日かけて、それを行う。精製した液体を結晶化させるのには時間がかかるのだ。

 ちなみに材料となるカコの実と塩のある倉庫や、布を干す部屋は、今居る部屋の両隣りにある。

 

「それぞれのやり方は随時教えていく! 死ぬ気で働け!」


 俺の最初の担当は実と塩を入れる作業だ。

 言われた通りの分量をザザッと入れる。

 死ぬ気、だなんて、かなり大袈裟なセリフだ。こんな作業、誰にでもできる。


 ——と、隣りで怒鳴り声が聞こえた。

 怒鳴るのはウチの部屋長アシル、怒鳴られたのは、初日に俺の隣に居た、くたびれた新人である。


「お前! 最初からそんなに実を入れてどうすんだ!? 塩が入り切らねえじゃねえか——!!」


 言われた通りのミスだろう。

 しばらくして、幾つかある鍋の一つからも怒鳴る声が聞こえる。怒鳴られているのは、もう一人の新人。


「てめえ! 人の話聞いてたのか!? 覚える覚えねえ以前の問題だろうが——!!」


 あちらはまだ段取りの最中の様だが、こちらよりも難しそうだ。

 俺も油断せず、言われた事は一発で覚えよう。

 と、また怒鳴り声が聞こえた。

 また新人——ではなく、ブリスだ。


「またお前か!? そんなもんばっかソコに運んでどうすんだよ!? ああ!?」


 隣りから塩の入った袋を沢山持って来たは良いが、運び過ぎて変な場所に置いている。しかも、運んできたのは塩だけ。カコの実を入れる木箱を置くスペースがなくなっている。


「ウォルフ!」


 コームが実の入った箱をドサッと置いた。


「はい!」


 俺は魔道具のスイッチを止めて蓋を開け、ヘラで汚れをこそぎ取る。こそぎ取った残りかすを空になった木箱に入れ、再び材料を注ぎ入れた。たまに魔道具に魔力を込めてレバーを回す。

 しばらく経つと、またくたびれた新人が怒鳴られている。


「コームさん」

「ん? 何かわからない事ある?」

「いえ、このペースだと、昨日運んだカコの実、結構早くなくなりませんか?」


 実だけではなく、塩もだ。塩は初めから船に積んであったが、それも明日にはなくなるだろう。


「なくなるよ? だからもっと、のんびりやっても良いと思うんだけどねー」


 コームが離れて行く。

 キツかったのは荷物の積み込みだけだ。それからはメチャクチャ楽に感じる。

 これがぬるま湯?

 

 またブリスが怒られている。

 今度は残りかすを入れた木箱が溜まっているようだ。


「あーあ、何でこんな簡単な作業もできないかねー?」


 またコームが材料を持って来た。


「でもブリスさんもコームさんも、俺みたいに一つの作業だけじゃなくて、色んな事をしてますよね? 材料を運ぶのだって本当は俺達新人がするモノだと思ってました」

「ん? 俺らは既にやる事を知ってるから、空いた役割りを自分で見つけるんだよ。でもブリス、あいつは駄目だなぁ。いつまで経っても要領が悪い。順番通りにこなしていけば、こんなに楽な仕事はないのに」

「へえ?」


 なるほど。覚えておこう。


「それよりウォルフ、お前は初めてにしては手際が良いよ。お陰で俺もあんまりサボれねーけど」


 サボれない?

 結構サボってるみたいに見えるけど。あのブリスと比べれば。 

 


「コームさんは今、全力?」

「いんや、全力なんて馬鹿のする事さ。時間を見つけて適度にサボって、ラクーにやろうぜ?」

 

 普通にやっても楽だが、言いたい事もわかる。


「そうですね。極限値を追及しても、材料には限りがありますもんね」

「極限値?」


 俺は材料を入れた後、自分の持ち場を離れた。ブリスを手伝う為である。

 手早く効率よく作業を進めたところで、すぐに材料がなくなるだけだし片付けが追いつかなくなる。

 それに鍋の作業にも時間は掛かるし、布に染み込ませて運ぶ作業にも時間は掛かる。

 俺だけが早く仕事をしても意味がない。

 余裕のある時に、余裕が無さそうな場所に行こう。

 俺の持ち場は今より多少ゆっくりになっても問題はないハズだ。


「ブリスさん手伝います! 俺は何をすれば良いですか?」

「え? ああ手伝ってくれるのか。じゃあこの木箱を……」


 戸惑うブリスは自分が今運ぼうとしている残りかすが入った木箱を指差す。


「わかった! 運びますね!」


 俺は木箱を三つ重ねて隣りの部屋に移動し、またこの部屋に戻る——そろそろレバーを回す頃合いだ。


 持ち場で作業をこなす。

 あ、バケツが溢れそうだ!

 鍋の所まで行き、その横のバケツを排水口まで持っていく。

 空になった塩の袋が散乱してる!

 片付ける。

 布が減ってる!

 持って来る。

 そろそろ材料を換える時間!


 順番、バランス、順番、バランス!


 そうやって部屋の中を、そして外を、行ったり来たりしているウチに、なんとなく材料や廃材を配置すべき場所とか、作業の流れだとかがわかってきた。

 うん、すげー楽だ!


「う、ウォルフ?」


 コームがバケツを持ちながら話しかけてくる。


「ありがとうコームさん」

「あ?」

「時間を見つけると、確かに楽ですね!」

「……そういう意味で言ったワケじゃねーんだけど」


 夜になった頃には、材料が三分の一ほどまでに減っていた。


 ——どうせ時間が余るのなら、むしろさっさと作業を終わらせて、何もしなくて良い暇な日を作ろう。


 作業の極限と、サボりの極限は、両立できる。

 

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