第37話 マッチポンプ。
俺の、負け?
くそ、勝つつもりだったのになぁ。
ちゃんと教わった通りにできたのになぁ。
教わってないけど、少しだけウォーケンの動きを真似、できたんだけどなぁ。
俺は片膝をついた状態で、動けない。
俺は、納得していた。
自分が望んだ事で失敗したのだ。後悔はない。でも——。
「泣いても駄目だよ。約束通り、嬲り殺させてもらう。ここに居る皆んなの前でね」
泣いてる?
そっか。だって、悔しいもんなぁ。勝ちたかったなぁ。勝って、ウォーケンに自慢、したかったなぁ。
「ウォルフくん、惜しかったねぇ」
惜しかった? 何が? というか、誰だ?
「——人間の頭はねぇ、揺らされると駄目なんだ。でも、不運ではない。なるようになった結果だ。しっかりと、受け止めなさい」
ウォーケンだった。
「キサマは……!」
兎男が歯を剥き出しにする。長い前歯以外はギザギザしていた。
「ん? 初めましてのハズなんだが、何処かで会ったかねぇ?」
「……いいや、お宅とは初めてだ」
アルさんの言った「獣人達が目星をつけた此方の者に返り討ちにされた」という例え話はきっと、事実なのだろう。ウォーケンの特徴はこの兎男に知られているというワケだ。
お互いにとぼけてはいるが。
「俺はこの子の保護者だよ。この子を見逃してくれないか」
「駄目だ。これはそこの坊やが言い出した事だよ」
兎男が口の右端を吊り上げる。
その通りだ。
「アルさん、そうなのかい?」
「ええ、彼自身が自分で憂さ晴らしの相手になると言ってました」
「……そうかい。仕方がないねぇ」
そうだ。仕方ない。
「——子供の責任は、保護者の責任だ」
!?
これは、魔素? ウォーケンの魔素か?
ウォーケンは、威嚇していた。
この空間全体を。
魔力の意味を理解していなかった時の俺を恐れさせた、あの魔素だ。
でも今は、恐怖を感じない。
「……! お宅、カコの実でも食べてるのかい?」
「どうだろうねぇ? 少なくとも魔道具なしで、魔法は使える。見せてやろうか?」
ビリビリとウォーケンの魔力を感じる。
でも安心できる。
魔力は誰にでも感じ取れる。意味がわかってもわからなくても、そいつの強さとして、伝わる。
「ウォーケンさん、こんな大勢の前で魔法なんて使っては……!」
初めてアルさんの焦った声を聞いた。
魔法で誰かを攻撃するのは重罪だ。誤魔化しができるシチュエーションでなければ。
「関係ないねぇ。この子はギルドやこの街には関係なくても、俺には関係ある。だから、ルールなんてモノは、今の俺に、関係がない……!」
と、その時——。
ダォオオォンッッ!!
バカでかい音が室内に響いた。
「ば——!」
「スキダラケダ。マヌケ」
馬面が持つ拳銃から、つん、とした匂いがする。
ウォーケンのバラバラとした長い髪が揺れ、頭が傾いていた。
が、それがすぐに戻り、馬面に向く。
「……なにか、したかねぇ?」
ウォーケンの額の左端から、血が流れている。だが、それだけだ。
黒い肌に赤い傷がついているものの、その奥までには達していない様である。
「ナッ……!」
更に魔素が濃くなる。
しかし、俺は平気だ——そうか。
俺は、この中で唯一、殺気を向けられてないんだ。
空間を覆うこの魔素は俺を守る為のモノ。
だから、暖かく感じる。
少しずつ、体を動かす為の力が、戻って来た。俺は立ち上がる。
「ウォーケンさん、駄目だ——」
しかし、ウォーケンが歩み寄り、平手が俺の頬に飛んで来た。
俺は再び吹き飛び、そして、再び倒れた。
「……お宅、その子を助けたいのか、
兎男の声が、困惑している。
ウォーケンの聴き慣れた革靴の音が近づいて来た。
「俺は待っていろと言ったんだ。キミがしゃしゃらなくても、事態は解決できた。余計な事をしろとは言ってない」
本気で、怒っている。
ウォーケンに本気で怒られたのは初めてだが、それがわかるほどのあたたかさである。
思い出の中の親父より、お袋より、兄貴よりも暖かく静かな怒りだ。
俺は叩かれた頬をさすりながら上半身を起こした。
「……俺は、機転を利かせたつもりだったんだ」
「機転?」
「だって、この人達がここで暴れたら、この人達や、この人達の身内は、根絶やしになる。知らない誰かの大きな力で」
むしろ、それがウォーケンの狙いだろう。権利に守られた邪魔者を根絶やしにする、それこそがウォーケンの描いた
しかし、それでは駄目なのだ。
「——この人達は俺達と同じだろ? 見た目は獣だけど、同じ、人間だ。だから俺は、この人達にも俺達を人間だと思って欲しかった。この街に居る全ての人間を、同じだと理解して欲しかったんだ」
俺達に争いが起こるのは、俺達が人間同士だからだろう。
しかし、それさえ理解できれば、無駄な争いは減る——自分でも理屈はわからないが、何故かそうなると感じた。
何故か闘えば、争えば、それが伝わると思った。
最適かはわからないし、正解かもわからない。でも俺は自分のその考えに、一番納得できる。
それをウォーケンに見せて、認めて貰いたかった。
「……ふう、やれやれ。そういうつもりで話したワケじゃあないんだけどねぇ」
ウォーケンは俺に背を向け、兎男に向き直った。
「——ウサギさん、
「は?」
あの話だ。ウォーケンがハーレムからの帰りに話してくれた、あの話。
「普通の獣と、魔物。両者は全然別の生き物だが、似通った見た目や生態のモノが多い。それは別々の場所で、似た様な生き方を選んだから、そういう進化を遂げたんだ」
「ちょっと待て。お宅は何を話している?」
ウォーケンは無視して続けた。
「俺は、獣人や亜人もそうだと考えている。いや、人間と獣人が似ているって事じゃなく、キミ達獣人が獣に似ているって事についてだねぇ」
「……?」
「大昔、獣も居ない隔離された環境で生きる事を強要された人間が居たと考える。そんな環境で喰らい合った人間が、獣や魔物と同じ
ここからだ。俺が好きな部分は。
「——するとどうだろう? その獣人達の中から更に、人間に近い地位につくものが現れる。それがキミ達のご先祖。つまり、俺達は元々同じモノだったし結局、同じモノとしてこの世に存在している。分け隔てて区別する必要なんて、本当はないのさ」
「……そんな話を聞いて私はどんな顔をすれば良い?」
「どんな顔をするかは、最後まで聞いた後に決めれば良いさ」
めちゃくちゃだ。そして、それが良い。
「——人間の違いは思想だよ。それが我々個人個人を唯一無二へとしている。俺と同じ人間は居ないし、キミ達個人個人にも同じ人間は居ない。ホラ、そういう点でも、俺達は同じだ」
「違う、って点でも、同じって言いたいのかい?」
「その通りだねぇ。だから俺達、仲間にならないかい?」
「は?」
俺以外の全員が目を丸くしている。
俺の機転の意味、ウォーケンには伝わったみたいだ。
「他者に勝つ。その最良の方法は、『仲良くなる事』だ。ギルドに入ればキミ達を襲おうなんて事をする奴は居なくなる」
自分が襲っていたくせに、そういう所もウォーケンだ。
「——俺達も、優秀な人材達と協力ができる。WIN-WINじゃないのかい?」
「どの口がそんな事を言っている! キサマは我々のどうほ——」
否定しようとする兎男を遮った。
「キミ達を馬鹿にする奴が居たなら俺達も、同胞の為に怒ろう。キミ達が不幸な目に遭ったなら、同胞の為に悲しもう。キミ達にも、同じ様にして欲しい。今までと、何か違うかな?」
「よくもぬけぬけと……!」
兎男の顔が苛立ちとも焦りとも違う、しかし、それに似た表情を作った。
これは、マッチポンプと云う奴だ。それの応用。自分がしでかした事をあたかも自分が収拾した様に見せる、詐欺師の手法である。馬車でウォーケン自身が話していた事だ。
もちろん兎男は騙されていない。
だが、ウォーケンに、それを押し付けられようとしている。
「答えは今出さなくても良い。前向きな返答を期待している」
「私達に、大人しく帰れって事かい?」
「今即決してくれるなら閉店時間まで居てくれても良い。ただし、キミ達獣人にとって重要な選択だと思うがねぇ。間違えない為にも、皆んなで話し合ってはいかがかな?」
「……!」
痺れを切らして表立って乗り込んできたのは獣人達だ。ギルドは何もしていない事になっている。そしてナンバーツーであるウォーケンも、頭を撃たれた。
獣人達がこの街で生き残る為の選択肢は、明らかだ。
そして、正しい選択をすれば大きなメリットもある。
敵であったハズのギルドが、これからは彼らの後ろ盾になるのだ。
互いに全てを水に流して協力する。
それは難しい事だろう。とんだ綺麗事だ。
しかし、悪党というヤツは悪辣なモノも綺麗なモノも、見境なく使いこなす。
まるで息をするように。
だから厄介だし、そして——。
俺の意を汲み、そんな面倒臭い選択をしてくれたウォーケンを俺は、カッコイイと思っていた。
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