第22話 闇ギルド。

 一段下りる度にきしむ湿った階段の先に待つのは、同じく湿った木の扉だ。奥から聴こえていた音達は扉が開けられた事でハッキリする。壁や天井にまで染み付いている煙の匂いを不快に感じた。


「ようこそ、闇ギルドへ」


 闇ギルド。


「——なんてね。こんな大仰な呼び名は此処に来たことがない連中が使う。実際は少々特殊なだけで、他のギルドと大して変わらないんだけどねぇ」

「そもそも、ギルドって何?」


 俺はギルドを識っている。兄貴からよく色んな話を聞いたものだ。だが敢えて、知らないフリをする。

 中途半端に知ったかぶるより、キチンと話を聞いておいた方が良い。これは親父に学んだ事だ。


「焦るんじゃない、今教えるから。ギルドってのは個人事業主の集まり、とでも云うのかな? そういう場所だよ」


 個人事業主? 冒険者だけじゃないのか。


「——見てごらん? テーブルに居る奴らは大抵、仕事の話をしている」


 ギリが居た上の店と同じ様にこの部屋にもカウンターがあるが、多くの者達は均等に配置された丸テーブルに着いていた。

 ベストを素肌に羽織った筋肉質な男や、ダボダボなシャツを着たガリガリの男。ウォーケンと同じくがっしりとした人相の悪い男も居るし、女みたいな顔をした男も居る。

 そして、女は居ない。カウンターの奥に居るのも、ちょび髭のオッさんだ。


「どんな仕事の話?」

「人それぞれだねぇ。此処に来る連中は皆んな、自分のシノギを持っている」

「シノギ?」

「ああ、金の稼ぎ方、大まかに云うと仕事だけど、俺達みたいな人間は何故かシノギって言うんだ。その理由はその内わかるさ」

「ふーん? でも、なんで自分で稼げるのに集まるんだ?」

「良い質問するねぇ? 勿論自分の稼ぎをただ自慢する奴も居る。でも、金を稼ぐのには情報が不可欠だ」

「情報交換の為?」

「そう。そして、それだけじゃない。一人で稼げる額はたかが知れているからねぇ。だから儲かる話を他の奴にも持ち掛けるんだ」


 なるほど。畑仕事でもそうだった。一人よりも二人の方が楽だし早い。それに役割りを分担すれば、同時進行で複数の仕事をこなせる。更に——。


「この前教えてくれた『ブンセキブン』みたいな意味もあるのか」

「……教えてもらった事をすぐに活かしたい気持ちもわかるが、その使い方は微妙だねぇ。シンプルな物事をわざわざ複雑に考えるのは、頭の悪い奴のする事さ」

「う、うるさいな」


 何か仕事をする時、常に全力でそれをこなすなんて、あり得ない。

 俺だって畑仕事をしていた時は適度にサボったりしたものだ。全力で仕事をすれば確かに早く終わるし、こなせる量も桁違いである。

 しかし毎日同じ様に働く事はできない。疲れるからだ。だからといってサボってばかりだといつまで経ってもノルマはこなせない。

 つまり、個人のパフォーマンスには「波」がある。その平均値を積み重ねたモノが「成果」なのだ。

 それに人には得手不得手がある。俺は力仕事や数を管理するのは得意だが、親父の様に上手く交渉するなんて事はできなかった。


「——自分一人よりも大きな利益を出せそうな人間に声を掛けて理想の利益——極限値って云うんだっけ? それを実現する為に集まっているって事だろ?」


 俺は発言を改めない。


「うーん、その通りって事にしとくかな? ま、シノギってのも、普通のお仕事と変わらないんだねぇ。此処に居る連中の多くは公にできない仕事をしている。だから積極的に協力者を募るのさ」

「この街は国にも認められているのに?」

「裏ではそうだ。でも、表では存在しないのがこの街なんだよ。それに、シノギってのは俺達の生命線さ。仕事仲間は自分の目で見て判断する。そこは冒険者と一緒だねぇ? 命を懸ける危険な仕事には信用できる奴しか呼ばないって意味で」

「なるほど」

「ただ、は皆んな外に漏らさない様にしてるし、互いの腹の内も見せない。キミも此処の連中と話す機会があったら、その辺りに気をつけるんだねぇ」


 当然といえば当然。

 生命線、なんて言ってるんだ、確かに急所を曝け出すのは良くないか。


「皆んな真剣、なんだな」

「そういう言い方も良くないけどねぇ」


 ?


「——親達は下衆だ。汚らしい仕事で飯を食ってる連中を褒めるべきではないよ。それを正当化しようとすると、いつか痛い目を見る事になる。覚えておくんだねぇ」


 ウォーケンが冷たい目をした。

 出会った当初、俺を威嚇した時みたいに。


「あんたが悪党なのはハナから知ってるよ」

「そう、それで良いんだ」


 細長い目つきは変わらないが、それが少しだけ、和らいだ様に見えた。


「それで? 俺んちを襲ったのも、此処で持ち寄ったシノギって事か?」

「くくく、それはちょっと違うねぇ。コッチに来てごらん?」


 ウォーケンは、カウンター横の壁の方へ歩き出した。俺もテーブルの連中にぶつからない様について行く。

 壁には沢山の張り紙があった。


「このギルド自体にもシノギが来るんだ。他のギルドに依頼できないお仕事がねぇ」


 張り紙達には仕事の内容や募集する人員の数、報酬などが、それぞれに書かれている。


「なんで?」

「金儲けを探すのは本当に大変だ。見つからない事もある。それでも俺達は生きていかなきゃならない。だから会費を払って皆んな、此処に集まるんだよ。ヒト、シノギ、資金のどれかが足りない時の為の保険だねぇ」

「ふーん」


 なるほど。

 そのシノギってやつを探すのが下手な人間にも「人手」という価値がある。そういう奴らをキープする様な意味もあるだろう。


「——つまり、あんた達が俺の家を襲ったのは、誰かが盗みを依頼したってこと?」

「そうだねぇ。だが依頼者は俺達にもわからない。そういう決まりだ。だからキミの本当のカタキはわからないねぇ」

「本当の敵? それはあんたで良い。この張り紙を見てあんた達自身で選んだんだろ?」

「くくくく、その通りだ。忘れるんじゃあないぜ?」


 ウォーケンは俺が敵意を向けると、笑う。

 何がおかしいのか。

 その時——。


「坊や、もしかしてあの農村の子供かい? あのシノギはウォーケンさんが選んだんじゃないよ」

「おいおい? 余計な事を言うんじゃない」

 

 いきなり口を挟んできたカウンターのちょび髭に、ウォーケンは苦笑いしたのだった。


 

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