~第31節 因縁の再会~

 一本道の明かりのない真っ暗な洞窟を、7人の足音か不規則にコツコツと響く。自然な洞窟かと思いきや、やけに表面が綺麗に掘られており、人工感がいなめない。時折天井からぶら下がったつららのような、とがった岩から落ちる水滴が、地面にポタリと落ち、その音が洞窟内に響きわたる。


 洞窟内は風通しが悪いためか、若干まとわりつくような湿っぽさがある。ここへ来る前、事前にドライアードのライアにどのようなところかと聞いたところ、ミノタウロスが現れたあたりから、この洞窟と岩の扉が出現していたらしい。なので、中には入ったことはないが、方角的には山を越えた向こう側には、人の住む街があることは確かなようだった。


「ひやぁっ!?」


「ど、どうしたっ?」


 すぐ後ろからの唐突な悲鳴に、思わずアギトは振り向き辺りを警戒する。隊列的には先頭にアギト、中衛にナツミ・セレナ・ライム・アキラ、後衛にカエデ・カケル、そしてしんがりをマリナが務めて歩みを進めている。その悲鳴は急に服と背中との間に落ちてきた水滴に、思わず驚いたナツミの声であった。そして顔を少し赤らめて謝罪する。


「ご、ごめんなさい…急に冷たい水滴が背中に落ちてきて…」


「なんだ…驚かすなよ。敵襲かと思ったぜ」


 はぁ…と緊張の糸をほどき、肩の力を抜いたアギトは、今まで通り前に向き直り前進する。そこで、後衛のカケルが前衛を歩くアギトに、大声でたずねる。


「アギトさん、ちょっと聞いていいですか?」


「あぁ?こんな時になんだ?」


 後ろを振り返らずに、淡々と歩みを進めながら、アギトはカケルに同じく大声で返す。


「アギトさんの壊れた斧って、模造品レプリカじゃないですか。ってことは、そのコピー元があるってことなんですか?」


「まぁな。今ここでみんな持っているのは、基本的には全てレプリカだ。ただ一つ違うのは、そのアイドルの姉ちゃんが持っているのは別物だし、本物だと思っているんだが…どうだい?」


 最後尾にいるマリナに向けて聞こえるように、首を横に向けアギトは声をかける。


「えぇ…わたしのこの刀は、代々先祖から受け継がれてきたものです。なのでもちろん模造品ではないですね」


 おもむろに自分の腰の刀の収まった、鞘の個性的な模様をさすり、マリナは過去に想いをはせる。


「だとすれば、それは『古代の装置エンシェント・デバイス』だ」


 その聞いたことのない単語に、カケルは頭にハテナマークをいくつもつける。


「『古代の装置エンシェント・デバイス』?なんですか、それ?」


「この手のアイテムは、主に古代における儀式や祭事に、引き金トリガーとして使われるものが多いのさ。そしてそれらはただの飾りじゃなく、決して壊れることはなく、その力は模造品レプリカの3倍以上はある、といわれている。それゆえに、そんな名前が付いているのさ」


「なっ…壊れないで、しかも3倍以上の強さだなんて…そんなもの、ホントにあるんですか?」


 黙々と進んでいた足を止め、アギトはカケルの方へ半身向き直る。


「あぁ、俺の斧はあのミノタウロスの強力なバカ力のせいもあるが、ある程度で壊れるのはわかっていた。本物はおいそれと使うわけにはいかないだろ?だからそのデータを取り、コピーを造ることができた。だが模造品レプリカの強度は本物には劣り、力も大したことはないのさ」


 そして2人のやり取りを聞いていたアキラは、それを補うように間に入る。


「そして補足をすると、その古代の装置エンシェント・デバイスには過去の使用者である『英霊アセンデッド・マスター』が宿っていることもおおいんだ」


「また新しい言葉が…『英霊アセンデッド・マスター』?」


 アキラは後ろのカケルの方へ向き直り、改めて説明をくわえる。


「そう、それは過去にこの世に生きた、波動の高い偉人や聖者で、精霊のようなものだよ」


 それを前方で聞いていた幽霊関係に弱いナツミは、震えた声で恐る恐るアキラに聞く。


「そ、それってもしかして…幽霊や怨霊が憑いてたりする…んですか?」


「まぁ、呪われたアイテムなら、波動の低い低級霊が憑いてものも、あるにはあるんだけれども。大抵のものは味方になってくれる安全なものだよ」


 ホッと胸をなでおろし、ナツミは胸に手をあて、目を閉じた。ナツミのそんな様子を見て、カエデが胸を張って答える。


「そんな悪霊なんかは任せて。このわたしが全部、除霊・浄霊しちゃうよ!」


 カエデの根拠のない自信をみて、アキラは苦笑いをしながら後頭部をポリポリと掻く。


「あぁ、カエデくん、低い波動のものでも力が強い除霊や浄霊は、残念ながらそんな簡単に人間には、なかなか出来ないんだよ」


「そ、そうですか…出しゃばって、すみません…」


 申し訳なくなり、カエデはスススと奥に引っ込む。それを聞いていたマリナは、また刀の鞘を左手で撫でる。


「わたしのこの受け継がれてきた相棒にも、宿っているのでしょうか…」


 その鞘に組み込まれた意匠の一部であるアクアマリン色の宝石が、それに答えるかのように、一瞬だけ光ったように見えた。


「それにしてもこの洞窟、横道もなければ、魔物の気配も全然しないですね…」


 ふと今までの行程を振り返り、セレナはつぶやく。光属性の魔術の光に照らされた、岩の壁や天井は湿っており、その光を鈍く反射させている。


「そうね…それはそれで気味が悪いかも…」


 セレナのつぶやきに、ナツミは自分の両肩を両手で包むように少し縮こまった。


 ★ ★ ★


 それから20分ほど歩いただろうか。急に道は広くなり、天井もかなり広いドーム状の大部屋へとつながった。周囲の壁にはところどころ一定間隔に、松明の明かりが灯され、適度な明るさを確保されていた。それから考えるに、明らかに人の気配を感じる。そして一番奥には2つの人影が見える。それが見えたパーティ一行は、全員即座に身構える。


「よう、久しいご一行様だな!話し声が聞こえてくると思ったが、やはりお前らだったか。よくこの世界で生き延びてたな。門番にミノタウロスがいたはずだが…ドワーフにエルフや獣人?」


 2人の人影の一人が口を開く。銀色のショートカットの髪に猟奇的な赤い瞳、漆黒のマントの出で立ちの男『恒河沙ごうがしゃカズヤ』だった。カズヤは片方の眉を上げ、半ば驚きそして、半ば予想通りというような表情をみせていた。


「あぁ、お前らが誇りにしてた迷惑千万なあの牛頭は、俺らが見事に倒してやったぜ」


 へへんと言わんばかりに親指を鼻に当て、アギトは不敵な笑みを浮かべる。それを聞くや否や、隣にいた岩のようなグレーの肌に、全身鎧のフルプレートメイルを身に着けた『阿僧祇あそうぎガント』が、硬い岩に刻まれた溝のように、眉間にしわを刻み、身を乗り出していきり立つ。


「おのれっ!我のかわいい下僕のミノタウロスを殺ったのか!」


 ガントは岩の擦れるような、ゴゴゴとくぐもった低い声で、アギトを問い詰める。


「ドライアード達の森を意味もなく破壊し、挙句の果てに初めて会った俺らを、殺すと言ってきたんだぜ?そりゃぁ、やるしかねぇだろ」


 大げさに両手を広げて、アギトはその理由を説明した。その説明にまさに岩のような拳をグググと握りしめ、ガントは歯ぎしりをする。その際に砕けた岩の破片が砂のようになり、パラパラと落ちる。そのミノタウロスのことに関して、大して気にもしていないようなカズヤは、ガントより少し前に進み出る。


「やはりそうか。ドライアード達の依頼も兼ねていたのか?ところで、お前は声からして兄弟子で間違いないのか?他のやつらも姿がかなり違うが?」


「おぅそうよ。理由はわからねぇが、俺はこの通り見た目がドワーフになっちまってな。他のやつらもこっちの世界に来てから姿が急に変化しちまったぜ」


 そしてゆっくりと背中に背負っていた中型盾ミディアムシールドを前に構え、アギトは戦闘になったときの準備をする。


「なるほど、この異世界に見合った姿となったわけか」


 フムとアゴに手を当て、カズヤはアギトの答えに納得した。そこで、ガントはマリナの持つ刀が、特殊で貴重なものとみて、問いかける。


「もしや、その刀はまさか古代の装置エンシェント・デバイスか?!まさかそれを手にしているものがいるとは…そうだ、それをこちらに渡すなら、ミノタウロスのことは目をつぶり、全員の命までは取らないでおこう。どうだ?悪い条件ではないはずだが?」


 ガントの急な提案に、カズヤは口を挟む。


「おい、ガント!勝手にことを…」


「まぁ待て、古代の装置エンシェント・デバイス模造品レプリカでもデータでもなく、現物が手に入る機会は滅多にないぞ」


「ふむ…まぁそうだな。いいだろう、その提案なら」


 その勝手に話を進めようとするダークスフィアの2人に、マリナは釘を刺す。


「わたしの大事な愛刀を、あなた達におめおめと渡すと、お思いか?」


 そしてマリナは鞘を片手でつかみ、空いてる片手でいつでもその刀を抜けるように、体勢を構える。それを聞きアキラ達パーティ全員は解釈一致で同時にコクリとうなずいた。

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