~第26節 治癒の限界~
「ブオォォォォォォ!キサマラ!」
切り株があちらこちらに点在する森の出口を抜けた先に、目的の岩山はあった。岩山で囲まれた岩の門を守る門番の役割を持つ、ミノタウロスは自慢の斧を傍らに置いている。というのも、視界を閃光で奪われ、鼻息荒く両手を顔と眼の辺りを押さえてもだえているためである。アキラたち7人はそのミノタウロスを取り巻き、準備の時間を上手く稼げて、敵の出方をうかがっていた。
「オラァッ、喰らえっ!」
ミノタウロスが行動できないのを確認したうえで、今がチャンスと見たアギトは、重い身体をジャンプさせ、相手の胸に両刃斧で斬りかかかる。空中で一回転してその回転の勢いを利用して渾身の一撃を叩き込む。
―――ジュジュジュ…ジャキッ
「グアァァァァ!」
強力なアギトの一撃はミノタウロスの胸の硬い皮膚を、深くはないが表面を強化付与の炎で焼いた上で、切り傷をつけた。しかし、致命傷にはまだほど遠い。斬られた傷をかばうように、ミノタウロスは左手で胸を押さえる。そこへ間髪入れずに、後方からジャンプしたナツミがミノタウロスの延髄あたりを、炎に包まれた鋭い手甲で狙う。そして首筋到達まであと少し、というところで左側から強い風圧がナツミを襲う。
―――ブワッ!
「!?」
本当であればその風圧の直撃を受けていたはずだが、その手前でナツミは空中で静止した。その背中には深紅の翼が生え、バサッバサッと羽ばたいている。当たる直前でその翼を展開し、その難を逃れたのだった。
「あ、危なっ」
過ぎ去った突然の風圧の正体は、胸を押さえていたはずのハンマーのような左手だった。ナツミの攻撃の気配を察知して、それをさせまいと腕を振るったようだ。武器を持っていない腕の攻撃だけでも、当たればひとたまりもない威力があるのは誰が見ても明らかである。やや後方をうかがうかのように、ミノタウロスは顔を向けるが、完全に視力が回復しているようにはみえない。
「ナツミっ!平気?」
「なんとかねっ…」
カエデが心配するが、ナツミは額の冷や汗を拭う。第1撃を加えたアギトは着地後、ステップで後方へ下がる。それを確認してからマリナは前に出ようとする。
「入れ替わりで私が行きます」
「あぁ、あいつはかなり堅いから、気をつけろよ」
「わかりました」
そしてアギトと入れ替わったマリナは、刀を真横に構えてミノタウロスの左側から、時計回りに素早く太刀を振るう。
「新陽流・
―――ジャキッ…ジャキッ…ジャキッ…
数回の斬撃を繰り出して元の位置に戻ったマリナは、少し渋い表情を見せる。アギト程の力が無いとはいえ、脚や背中には同様に深からず浅からずの斬り傷を、負わせている筈だが、手ごたえが薄い。
「一筋縄ではいかないようです。この程度では」
「やはりな…付与武器の強化魔術をした上でこれか」
深い息を吐きながら、アギトは今までにない難敵を前に考えを巡らす。まもなく閃光の効果が、切れそうな時ではあるが。
「それじゃぁ、僕が次の手を放ちます!」
準備していたアーチェリーの弓を引き、カケルはミノタウロスの眼を狙い定める。照準を絞ったうえで、矢を矢継ぎ早に2本放つ。ミノタウロスの両目それぞれに突き刺さる…前に、それは唐突に防がれた。
「グフゥ…ソンナモノデ、コノオレヲヤレルトデモ、オモッテイルノカ?」
右手を右目の上に被せ、左手を急ぎ広げてカケルの強化された矢の弾道を、ミノタウロスは読んでいた。その左手にはまだ矢が刺さっているが、こちらもまた浅い。そして野太く低い声を響かせ、嘲けわらう。
「もぅっ、なんでいつも僕の攻撃は、防がれるのさっ!」
思わずじたんだを踏みたくなるカケルだが、それはなんとか思いとどまった。
「目つぶしが読まれたか…カケルくん、そういうこともある。次の攻撃に備えてくれ」
「わかりました…」
アキラはカケルの肩を軽くポンと叩き、ミノタウロスの様子をうかがう。ある程度視界が戻って来たところで、ミノタウロスは頭を軽く振り、背後の超大型の両刃斧を片手で持ち上げる。文字通り山をも割りそうな大きさである。
「コンドハ…コノオレノ、バン…ダ」
太刀の技を繰り出したマリナが一旦引く時、八相の構えで薙刀を構えるカエデが前に出る。
「カエデさん…」
「わたしだって、回復だけじゃないってことを忘れないでくださいっ」
小走りに前に進みながら下段に構えなおし、カエデはミノタウロスの目前まで来ると、構えたまま自分を中心に2回転する。
「翠月流・『つむじ薙ぎ』!」
カエデが薙刀の技を繰り出すと、ミノタウロスを中心に土煙が高く舞い上がり、砂ぼこりが再び視界を奪う。
「コザカシイ、コンナモノ!」
うっとうしそうに左手で顔を少し覆った後、右手の両刃斧を横薙ぎにミノタウロスは振るう。その刃はカエデの横から襲い来る。それを薙刀で受けようとしているが、はたからみても頼りないのは明らかだ。
「カエデちゃん!」
とっさにカエデを庇おうとカケルが背中から取り出した、
「が…はっ!」
派手に叩きつけられたカケルは、血反吐をはき一瞬呼吸が出来なくなる。いかな兎人族と変化し、光の防御魔術の付与を受けているとはいえ、この重い一撃は致命傷にもなりかねない。
―――ガラララァァァ…ン
カケルの手から離れた
「カケルくん!」
「…無理しちゃ…だめだよ…」
その声は、か細く消え入るように息を吐き出して、ようやく聞き取れる具合である。涙目になり、横たわるカケルを膝枕にしてカエデは声をかける。
「すぐに治療するから、待ってて!」
カエデの造り出したつむじ風を、左手で勝ち割るようにして振るいかき消し、ミノタウロスはズシリと重い身体を前に進める。
「ブフォォォ…ニンゲンハ、モロイナ。コンナモノカ」
鼻息荒く一息吹いた後、ミノタウロスは両刃斧を両手で持ち、上段に構えて治療中の2人を狙う。
「ここは俺にまかせろ、早くカケルを治療してやれ」
ズサササっとアギトはミノタウロスの行く手を阻むように横から走り寄り、こちらも両手で両刃斧を構えて迎え撃つ。それを見るにつけ、ミノタウロスは目を細める。
「ドワーフ、フゼイニ、ナニガデキル…」
「すみません、先輩、お願いします。力の根源たるマナよ!光の精霊ルミナスよ、彼の者の傷を癒したまえ!
カエデの治癒魔術にて、カケルを中心にして光り輝く魔法陣が展開し、光の柱が浮き立つ。するとカケルの身体があたたかな光の粒子に包まれる。
「ホゥ、チユマジュツカ…ソンナジカンヲ、アタエルトオモッテイルノカ?」
ミノタウロスの前に立ちはだかるアギトは、土の補助魔術を試みる。
「俺もまだ強化の余地はあるんだぜ。力の根源たるマナよ!地の精霊ノームよ、我が力の糧となりたまえ!
アギトの足元に琥珀色の魔法陣が展開し、自身もその光のベールに包まれる。拳を開いたり握ったりすることで、アギトは筋力が上昇したことを確認する。そして、ミノタウロスの地響きが近づこうとしていた時、カエデの顔は治癒魔術をカケルに施しているにも関わらず、徐々に青ざめはじめる。
「先輩っ!カケルが…」
首だけを後ろに向け、アギトはその異常に気が付く。
「どうしたっ?」
「どうして…?吐血が…止まらない…の」
カエデの治癒魔術は確実に発動して、カケルに効果は出ているはずだが、周囲にはなぜかカケルの吐血が点々と続いていた。
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