~第14節 歌姫~

 学園祭のライブ会場は予想もしなかったサプライズゲストの登場に、これ以上もな

いというほど最高潮の盛り上がりを見せていた。これにはナツミや他のファンの学生

以外にも知られた超有名アイドルで、まさか自分の学園祭に現れるなどまさに晴天の

霹靂へきれきであり、セレナ・カエデ・カケルも驚きを隠せなかった。


「マリナちゃぁ~ん♪」


 普段の様子からはおよそ想像できない様子で、ナツミは思ってもみないサプライズ

に涙を流している。そして大きく見開かれた目はキラキラと星のように輝かせ、神に

祈るかように両手を合わせていた。


「え~ほんとびっくりだよねぇ~」


「ナツミ最高じゃんっ!」


「まさかうちの学祭に出てくれるなんて、奇跡だよねっ」


 不思議と3人の顔も明るく輝く。ステージ上に立つきらびやかなアイドル衣装を身

にまとった、薄い青髪をポニーテールにした彼女は人々を惹きつける。それだけ魅了

する力があるように見える。それは容姿がかわいいとか美しいということ以外にもそ

ういう雰囲気やオーラを醸し出しているのだろう。


「さぁ、今日も盛り上がって行くよっ!」


 右手につかんだマイクに最大限の掛け声をかけ、七瀬ななせマリナはこの会場にいる大勢

の観衆を奮起させ呼び覚ます。それに答えるかたちで会場内に集まる学生の大歓声が

こだまする。そして大音響のロック調の旋律とともにマリナの歌声がそれに重なる。

それはテンポの良い曲にもかかわらず、不思議と癒しも受ける印象だ。


「シークレットゲストというのは、彼女だったんだね」


 盛り上がりを見せる会場ステージに夢中な時、ふいに4人の後ろから男性の声がか

けられた。


「アキラさん、来てたんですね」


 そこには青髪にメガネをかけ、白衣を着た男性がステージ上の歌手を眺めていた。


「あぁ、1年に1度の学園祭イベントくらいは僕も楽しみたいからね。研究は今はひ

と段落してるからいい気分転換になるよ。それに彼女にもちょっと興味があるんだ」


 研究に没頭しそうなどこか硬いイメージがあるアキラに、セレナはすこし驚いた。


「ひょっとして、マリナちゃんのファンだったりします?」


 自分と同じような匂いを感じたカエデは、2つのスピーカーからの大音量の中アキ

ラに問う。


「熱烈な、というわけではないけれども、一応ファンではあるかな」


 それを聞きカエデはふふんとしたり顔になる。


「彼女の歌声には、なにか特別な癒しの力があるように思えるんだよね」


 そこで無意識にアゴに手を当てて、少し考え込むようにアキラはゆっくりとうなず

く。それから様々な曲を10曲ほど歌い上げて、マリナが一度ステージ袖に引っ込み

アンコールを待つ状態となった。学生の大観衆は委員会側から渡されたサイリウムを

振り上げ、今か今かと歌姫のアンコールを繰り返し待っている。


「それでは、準備が整ったようですので、アンコールのご登場願いましょうっ!」


 進行役の実行委員長は右手をサッと差し出し、ステージ袖に控える歌姫の登場をう

ながす。サーチライトが実行委員長から再び登場したマリナに当たり、手を大げさに

振る。それに対して大観衆が一斉に答えようと声をそろえようとした時、それは突然

に起こった。セレナ達4人とアキラ、ステージ上のマリナ以外全員がその場に倒れこ

んだ。


「っな!なにが起こった?」


 状況を理解できず周囲を確認するアキラ。今先ほど夕陽が射していた夕方としては

辺りが暗すぎる。それもそのはず、黒い霧が周辺を覆い隠し見えていたはずの景色が

一切見えない。そしてワラワラとその中から様々な魔物が姿を現す。


「またヤツらか。しかし、人払いがされずに気絶とは新しいパターンだな。それにこ

こは結界が学内を囲むように張られたいたはずだが…みんな、いけるか?」


 服の内ポケットに片手を入れ呪符の準備をしながら、アキラは急ではあるが他の4

人に戦闘準備の確認をする。と、ふと上を見上げると別の黒みを帯びたドーム状の結

界が張られていることに気がついた。


「待て、別の結界が張り替えられている!どういうことだ…」


「僕はいつでも大丈夫です。アギト先輩にみっちりしごかれましたからね」


 残りの3人に目配せし、カケルは盾や弓が無いことにちょっと手持ち無沙汰を感じ

る。ナツミは先ほどまでの号泣がウソのように、すっかり気分を切り替えて空手の型

を構えている。


「あたしも、いけますよ」


「わたしは…ちょっと不安ですが、なんとか」


 槍があればと思うカエデは、仕方なく準じて使える合気道の構えをする。


「杖は無いですが、サイリウムで代わりにできそうな気がします」


 先日使った短杖ライト・スタッフと長さが近いことから、サイリウムが使えそうだと踏んだセレ

ナだが、当然ながら増幅効果は期待できない。5人がそうこう考えを巡らせているう

ちに魔物が取り囲む円がジリジリと狭められている。


 ---グオォォォォォ!


 そして大量に出現した魔物が一斉に襲いかかられる寸前、伴奏なしの歌の旋律がど

こからか聞こえてきた。


 ---ラララァ ラララァラ ラァララァ…


 それはステージ上にひとりたたずみ、目を閉じたまま両手を広げてマリナがアカペ

ラで自分の歌を披露していた。その周囲には光のオーブと思しきものが、まばゆいば

かりに漂っている。それを聞いた全ての魔物は自分の武器をその場に落とし、頭をか

かえてもだえ苦しむ。そしてAメロを歌い終わるころには、足元からシューッと音を

立てて大気に消滅していった。


「こ…これは、ソルフェジオ・ファンクション…か?それで敵を一掃するのを見るの

は僕も初めてだ。彼女がそれを使えることは知ってはいたが、まさか歌声で…ここま

で全音域で使えるとは…」


 驚きを隠せないアキラは、茫然と歌い終わったマリナを見つめていた。同様にセレ

ナ・ナツミ・カエデ・カケルの4人もなにか神々しいものを見るかのように、ポカン

と口を開いたままマリナに釘付けになっていた。そのアキラ達の様子を見たマリナは

ビッとある方向を指さして、唐突に口を開く。


「まだ終わってないわ!あの方向で強い暗黒の波動を感じます、急いで!」


 マリナが指さす方向には、アキラが所属する研究施設が存在する。それにもアキラ

は驚かされるばかりだ。


「あの方角には、研究施設がある。キミは波動が解かるのか?」


「そうよ、波動感知が使えます。私もあとから向かいますから、先にお願いします」


 そう言って風のようにさっそうとマリナはステージ袖に姿を消して行った。


「あとから向かうって…彼女は僕たちと一緒に戦う気なのか?」


「マリナちゃんも戦えるなんて、聞いてないよ…」


 再びマリナの凄さを体感したナツミは、再度滝のように涙を流す。


「歌で戦うのでしょうか?」


「それはわからない。だが今は急がなければいけない。ナツミ君、カエデ君、カケル

君はなにか武器になるものが無いか探してきてくれないか?僕とセレナ君は先に研究

棟へ向かう」


 歌声の凄さは実感したが、戦えるのかという疑問をカエデはアキラへ投げかける。

それに対してアキラは二手に手分けして当たることを提案した。セレナもすぐに納得

して首を縦に振る。


「わかりました、気をつけてくださいね。私達もあとから向かいます!」


 カエデはナツミ・カケルの先頭に立ち、走って校舎の方へ向かった。それを見届け

てから、アキラはセレナにアイコンタクトして研究棟へ急ぎ向かうことを確認した。

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