~第8節 闇への誘い~

 黒い爆風の余韻が残る中、気付けば多数の魔物モンスターは全て姿を消していた。また、辺

りにはその残骸となった赤黒く光る暗黒結石ダークストーンがあちらこちらに散在しているのが見受

けられる。しかし、その周辺は昼間だというのに薄暗く、依然としてその周囲を取り

囲む黒い霧が存在していた。


 店舗の前では吹き飛ばされた恒河沙ごうがしゃカズヤに対峙するようにしてアギト・ナツミ・

カエデ・カケルの4人は身構えている。そんな中セレナの取った行動に対しては皆何

が起こったのか理解できていない。そしてそのセレナ本人からは暗黒の波動オーラが水面の

波紋のようにゆっくりと滲み出ていた。


「やめてっ!」


 カズヤの闇へのいざないに抵抗するがごとく、セレナは自分自身の身体を両手で抱き

しめてうずくまった。その身体は小刻みに震えている。


「嬢ちゃん!これはっ、いったい・・・」


 アギトは持っていた大斧ラージアックスをその場に置き、闇に包まれそうな少女を心配して手

を伸ばす。が、何か見えない障壁があるかのようにバチッと音を立てて弾かれてしまった。


「先輩っ、セレっちは・・・どうなっちゃったんですか?」


「俺にも判らねぇ・・・ただ、暗黒の波動オーラが増大していることは確かだ」


 ナツミの切られた傷を神聖魔術で治療しながら、カエデはアギトへ事の真相を問

う。治療されているナツミは申し訳ないとばかりに目をつぶる。


「すまない、あたしが怪我をしたせいであいつに隙を与えてしまったようだ」


「暗黒の波動オーラ・・・って・・・」


 カケルは驚愕の色を隠せないとばかりに、茫然と立ち尽くしていた。大盾を支えて

いたその手は力なくぶら下がる。


「あなたと・・・一緒にしないでっ!」


 そして4人の声が聞こえないかのようにセレナはカズヤへ反論する。その目は普段

のエメラルドグリーンの優しい瞳とは打って変わり、何物をも射抜くかのように眼光

が鋭く赤く光る。


「クックック・・・そう、その瞳だ。いい目をしている」


 ゆっくりとセレナの方へ歩みを進めながら、カズヤは焼けた両腕の表面を交互に撫

でる。するとゆっくりとだが、ただれた表面が元の肌に再生し始めた。


「なっ、まさか・・・お前、神聖魔術が使えるのか?」


 明らかな闇属性のカズヤに対してアギトは疑問を呈する。


「答える必要はない・・・さぁ、どうする・・・火神かがみセレナ?」


 そしてサッと修復した右手を差し出し、カズヤは誘惑を迫る。その時、道の向こう

から1匹の三毛柄マンチカンが駆け寄る。


「ダメだニャっ!ネガティブとカルマに取り込まれてはダメニャ!」


「ラ、ライムっ、どうしてここに・・・うぅぅ・・・」


 自身の放出した暗黒波動を抑えきれないセレナは、本来ここにいるはずのない飼い

猫を一瞥いちべつするも頭を抱えて動くことが出来ない。そして突然の珍客にカズヤは片方

の眉をつり上げ疑念を持つ。


「あぁ?何だこの野良猫は、お前の飼い猫か?何故喋る?」


「ライムちゃんって喋れるのっ?!」


 カズヤと同じ疑問を持つカエデは驚き動転する。そしてライムはおもむろに前足で

セレナを触ると、その取り巻く暗黒波動を自分自身に取り込もうと力む。と同時にセ

レナを中心とした地面に輝く魔法陣が現れる。


「ぐぬぬぬぅ・・・力の根源たるマナよ!光の精霊ルミナスよ彼の者から魔の力を取

り祓え!転送浄化トランスファー・エクソシズムニャ!」


 するとセレナを中心に漂っていた暗黒波動はみるみるうちにライムへ吸収される。

全てを吸収したことを確認したライムは両前足を天空へ掲げ、ネガティブとカルマを手

放す。しかし無傷とはいかず、表面の毛がところどころ焼け焦げチリチリと煙が出て

いる。


 そこでライムは力を使い果たしたように突っ伏し、それに気が付いたセレナは両手

で抱き上げた。


「ライム!」


「・・・このくらいでは我はやられはしないニャ。心配には及ばない・・・ニャ」


 辺りに先ほどまでの暗黒波動の広がりは無くなり、セレナ自身もようやく動けるま

でに回復していた。


「チッ、まさか魔術まで使うとは、とんだ邪魔が入ったようだな。まぁいい・・・そ

れじゃぁ、こいつを倒して生きていたら、その時に答えを聞くとするか・・・力の根

源たるマナよ!闇の精霊ダークマターよ集え闇の波動、その姿を現せ『ホブゴブリン

』!」


 右手を空に掲げ、そこへ周辺を取り巻いていた全ての黒い霧が集約する。それを目

の前に現れた黒く輝く魔法陣の中心へ投げつけた。集約された黒い霧の塊が魔法陣の

底に吸い込まれると同時に、緑色の大きな小鬼ゴブリンが盾と大剣バスタードソードを携え、せり上がるように姿を現した。


 その背格好はアギトの頭2つ分は高く、胴回りは大人4人分に相当する。


「グオォォォォォッ!」


 5人と1匹を見下ろしてからホブゴブリンは胸を開き野太い声で天に吠える。その

叫びで空気がピリピリと振動しているかに思える。


「なっ、あれで小鬼ゴブリンって大きすぎでしょ!」


 カケルは小鬼ゴブリンとしてはあまりに大きい巨体にたじろぎ腰が引ける。


「それでは検討を祈る・・・」


 バサッと黒マントをはためかせ、カズヤはきびすを返しその場を立ち去ろうとする。


「そうは、させるかっ!」


 そうはさせまいとようやく傷が癒えたナツミはカズヤの後を追おうと試みる。


「待てっ、深追いは危険だっ!嬢ちゃんは満身創痍だし、目の前のこいつはそう簡単

にはいかねぇぞ」


 深追いは危ないと見たアギトはナツミを右手を伸ばし牽制する。走り始めたナツミ

はそれを聞きズサササッと踏みとどまった。


「嬢ちゃんは店の前まで下がってるんだ。あとは俺らで何とかする」


「わ、私も加勢しますっ・・・」


 明らかに焦燥の表情に脚が小刻みに揺れているその状態を見ては、納得しようにも

無理がある。それを見るなりアギトは目をつぶり首を横に振る。


「は、はい・・・お願いします」


 ダウンしているライムを抱えて、フラフラとセレナは店舗の壁に寄りかかる。それ

を確認してから前方を守るようにしてカエデは薙刀なぎなたを構えた。


「ここからは私達に任せてっ」


 そして唐突に大型の小鬼ゴブリンは片手に持った大剣バスタードソードを振り上げ、アギトへ勢いよく

叩きつける。


 ー--ガギィィィィィン


 耳をつんざくような激しい金属音と衝撃がアギトを襲う。それを何とか両手で構え

大斧ラージアックスでギリギリ持ちこたえる。しかしジリジリと押されるアギトはジリ貧だ。


「くそっ、なんて重さだ・・・こりゃぁ早めに片をつけなきゃ、ヤバイかもな」


 それを一瞬で押し返しアギトは間合いを取る。そして近くのカケルへ声を掛ける。


「5秒だけ時間を稼げるか?」


「5秒?分からないですが、やってみます!」


 それだけ言うと大盾を持ってホブゴブリンの前へ進み出る。そこへ容赦なく大剣バスタードソードの猛攻の洗礼を受ける。全身で大盾を支えていないと、一撃一撃が吹っ飛

びそうなパワーを感じる。


「あたしも加勢するわ」


 そう言ってホブゴブリンの側面に回り、ナツミは手甲と鋭い蹴りで牽制するが意外

な速さで盾でかわされる。カケルに一時前衛を任せたアギトは急ぎ魔術の詠唱に入っ

た。


「力の根源たるマナよ!地の精霊ノームよ我が力の糧となりたまえ!『筋力上昇ストレングス・チャージ』!」


 アギトを中心に光る魔法陣の出現のあと、全身に橙色の光が包み込んだ。付加の状

態を確かめる様に力こぶを作ると、アギトはカケルと入れ替わるように前衛に復帰し

た。


「なるほどっ、補助魔術の筋力上昇なら僕も地属性で使えますよ!それが使えるなら

前衛は僕も務められます」


 同様にカケルも筋力上昇ストレングス・チャージの地魔術を自身に掛け、ナツミやアギトへ攻撃が及ぶ

のを防ぐ。が、ジュラルミン製の大盾も徐々に表面が削られ、へこみも増加してい

く。このままではいくらカケルの筋力が増加しても盾の方がいずれもたなくなるのは

時間の問題だ。


「それならっ、力の根源たるマナよ!火の精霊サラマンダーよ炎の弾丸にて敵を打ち

抜け!火榴弾ファイア・ブリッツ!」


 ホブゴブリンの隙を突いてナツミは手甲を媒介にして火魔術を顔へ放つ。それは顔

面と目に命中し、思わずホブゴブリンは盾を持つ左手で顔を覆う。そこへアギトは猛

攻を仕掛ける。


「喰らえっ!大斧大車輪っ!」


 大斧を自分中心に高速で振り回し、ホブゴブリンの表面に深い傷を付けていく。最

後の一振りでホブゴブリンの大剣バスタードソードを右手から落とさせた。


「グアァァァァァッ!」


 ホブゴブリンがうめき叫ぶ中、ナツミは側面を手甲で傷を付けたあと、止めの一撃を

鳩尾みぞおちへお見舞いする。そこでホブゴブリンは膝を付きこと切れた。他の魔物モンスター同様に

死体は残らず、大気中に霧散した。最後に大きめの暗黒結石ダークストーンがカランと良い響きを立てて地面へ落ちた。


「ようやく片が付いたな・・・」


 重い大斧ラージアックスを置き、代わりに大きめの暗黒結石ダークストーンを拾いながらアギトはポツリとつ

ぶやく。そこへ素早くホブゴブリンがいた後方をナツミは確認するが、最早カズヤの

姿は無かった。


「あいつはもう姿をくらましたみたいですよ」


「あぁ、そいつは仕方のないことだ」


 アギトが拾った暗黒結石ダークストーンを見てカケルもそこら中に転がっている小さい暗黒結石ダークストーン

幾つか拾う。


「これって拾わないとダメなんですか?」


「こいつはなぁ、武器防具の為の貴重な資源になるのさ。それからこんなものを一般

人が拾ったらまずいだろ・・・」


 ナツミが周辺の見回りとアギト・カケルが暗黒結石ダークストーンを回収し始めた時、カエデはセ

レナの方へ眼を配る。するとライムを抱えたままぐったりと壁にもたれかかっているのが見えた。


「セレナちゃん!」


 カエデはセレナの元へ薙刀なぎなたを放り出して駆け寄る。息はあるが体力の限界が来て

気絶しているように見える。そこへ慌ててアギトも駆け寄るが、大事ではないことを

悟った。


「気を失っているだけだ、問題ない。先に休憩室へ俺が運ぼう」


 セレナの放った暗黒波動は完全に消えてはいない。闇の属性を持っている以上、ま

たそれがいつ発現するか分からない。いつあの恒河沙ごうがしゃカズヤがセレナを狙い襲ってく

るかも分からない。その不安をナツミ・カケル・カエデはひしひしと感じざるを得な

かった。


 しかし、そんな心配をよそに辺りは黒い霧が消失したあと、いつもの蝉の啼く残暑

の残る初秋の風景に戻っていた。

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