第9話 肯定/自由な宝飾品
ニシキさんへ手紙を配達する時刻は、場合によっては変動する。例えば今日のように、「ケーキがあるから、明日は八つ時に来たまえ」と言われた時とか。
八つ時あたりは夕方の配達時間と近いこともあって、そのまま業務に戻ると、一時間と経たずまた愁灯庵へ向かうこととなる。そういう時は手間だからと、ニシキさんが直々に使いを出して、手紙を持って来させるので、自分は愁灯庵に居座りっぱなしだ。今日もおそらくそうなるだろう。
拾われてしばらくは、ニシキさんに恩を返さねばと思い、郵便局に所属したのもそういった理由あってのことだったが。今となっては肩の力が抜けて、遠慮も消えている。人間で言うところの実家帰りのような気分で、自分は昼下がりの寒山を登っていった。
夕日がなくても映える紅葉の林を抜けて、年経た瓦と漆喰の家屋に辿り着く。引き戸を開けて、真っ直ぐ前方にある
虚を突かれて立ち尽くした自分を、見慣れない人影は、紫の双眸で貫く。ニシキさんが取っている女性の姿よりずっと幼い、少女の姿をした何か。灰桜味もある落ち着いた色合いの長い金髪、それを流れ落とす頭上には、菱形を抱く奇妙な輪っかが浮きながら被さっている。
「だれ? ニシキなら仕事中よ」
「そのニシキさんに呼ばれた者です。折節の里郵便局霜降の村支局、愁灯庵専属配達員の梓と申します」
訝しげな表情と声に、自分も問い返しながら屋内へ入る。歩み寄っても、少女は凛然と座ったまま。手元には本が開かれていた。洋書のようだ。
「アズサがあなたのお名前?」
「はい」
「そ。急に呪文を唱え出したかと思ったじゃない。びっくりさせないで」
「役職名も自己紹介には必要ですから」
帽子を取って挨拶する自分を、少女はじっと眺めている。興味深いと思われているのか、はたまたどうでもいいと思われているのかは分からない。
それにしても、彼女はずいぶん細身だった。
「まあ、あなたがそう思うならそうなんでしょうね。でも、アメリには些細なことだわ。何せ宝飾品ですもの」
「宝飾品……」
「そう。数多の魔法使いや魔術師の手を渡って磨かれた、アメトリンのネックレス。それに宿った妖精こそがアメリなの」
とりあえず、少女の名前はアメリというらしい。胸を張って、片手を当てて、誇らしげに名乗る姿は堂々としていた。
ニシキさんの交流関係は、折節の里と隣り合う人間世界だけに留まらない。どの世界にも繋がる交差点という立地を利用して、異世界とも繋がっている。それこそ、物語のような剣と魔法の世界にも。アメリさんはそういった世界と縁深い存在なのだろう。
「アメリの宿る宝石と首飾りは、それはそれは素敵で最高なの。今はニシキが修理と手入れをしてくれているから、見せてあげられないけどね」
考察をしている間に、アメリさんはぷらぷら足を揺らしながら言う。なるほど、だからニシキさんは出てこないのか……と思っていたら、ぎぃぎぃばたばたと足音がして、ニシキさんが暖簾をくぐりやって来た。
「なんだよ梓くん、来ているなら呼び鈴を鳴らしてくれたまえ。焦ったじゃないか」
「すみません。忘れてました」
訂正。ニシキさんが出てこないのは自分のせいだった。どうやら気配か何かを察して駆けつけてくれたらしい。反省。
「はあ、全く……いや、そうか。きみたち二人は初対面だったか。それなら、きみは誰かという話になったのかね?」
「そうよ。急に知らない男の子が来たからびっくりしたわ。手元に置いてる拾い物が増えたなら言ってちょうだい、ニシキ。ここはアメリが戻ってくる場所、アメリのお家の一つでもあるんだから」
「光栄なことを言ってくれる」
アメリさんは、自分が来るより前から、ニシキさんと親交があるらしい。軽快に会話を交わす二人の姿は、前に見せてもらったドラマなる会話劇に似ていた。
「さて。梓くんを呼んだのは他でもない。アメリ久々の帰宅も兼ねて、ちょっとしたお茶会をやるためだよ」
「そうだったの!? それも早く言ってちょうだい! ベリーが乗ったレアチーズケーキはあるんでしょうね、それからあの可愛いティーカップも、誰かに譲ってやしないでしょうね」
「そうやってきみが喧しくなるから黙っていたんだ。もちろんベリーが乗ったレアチーズケーキはあるし、きみのティーカップは大切に保管してあるとも。勝手に売るなんて不躾な真似をするわけがない」
机から飛び降りたアメリさんが、ものすごい勢いでニシキさんに詰め寄っていく。ニシキさん相手にそんな近寄り方をする人も、対するニシキさんの苦い顔も、自分は初めて見るものだった。
アメリさんにせっつかれながら、ニシキさんは自分も連れて、愁灯庵の奥へと入る。雑貨または骨董品屋のような部分は確固としてあの場にあるが、愁灯庵の奥は不確定になっている、らしい。
どれくらい部屋や庭があるのか、その様相はどんなものか。和洋中問わず、ニシキさんの好みや目的によって変わるという奥。和洋折衷なのは変わらないという廊下を進んでいくと、ひときわ洋風な扉の前に到着した。
「ここが今日の会場だ。どうぞ入ってくれたまえ」
金の取っ手を引いて、ニシキさんが恭しく部屋の中を示す。アメリさんがためらいなく、純真に飛び込んでいった後に続けば、扉の通り洋風な部屋が現れていた。
アンティークな調度で整えられた部屋の中も見事だが、窓から見えている夏の庭園も見事だった。輝く顔で大はしゃぎしながら見回すアメリさんの姿が、特に似つかわしく見える。
「前にいたお屋敷とそっくりだわ! さすがねニシキ!」
「そりゃあ、きみから思念でそのままイメージを伝達されたんだ、これくらいの再現度で形作れるとも。さ、大人しく席についてくれたまえ」
何だかよく分からない会話をしているが、この部屋はアメリさんがいたことのある場所を元に、ニシキさんが作ったらしい。自分がぼんやりしている間に、ニシキさんとアメリさんは席について、紅茶とケーキの準備を終えてしまう。
何だか申し訳ない気持ちで、背中を丸めるように席に近寄っていくと、すとんと椅子へ腰を下ろしたアメリさんの目に射抜かれた。
「どうしたの、アズサ。そんな悲しそうな顔しちゃって」
「いえ、その……何もお手伝いできなかったので、申し訳なく」
「なんだ、そんなこと。あなた、この中じゃ一番年下じゃない。それなら年上に甘えなさいな」
「気にしないでいいよ、梓くん。アメリはきみにお姉さんぶりたくて、お澄まししてるだけだから」
「余計なこと言わないでニシキ! 恥ずかしいじゃない!」
気高そうな顔を一転、真っ赤で幼いものに変えて、アメリさんが猛抗議を始める。ニシキさんは笑いながら、いつも通りのらりくらりと躱していた。
「ははは。そろそろ落ち着いてくれ、アメリ。このままでは紅茶が冷めてしまうよ」
「はぁ、はぁ……そうね。ケーキと紅茶には代えられないわ。アズサもいつまで立ってるの、座りなさいったら、ほら」
ぐいぐい腕を引っ張られ、アメリさんの隣に座らせられる。呆気にとられたままで、自分は座るのを忘れてしまっていた。
騒がしい時間を挟みつつ、やっとといった雰囲気で始まったお茶会は、先までの空気が嘘のように緩やか。ニシキさんとアメリさんは、何やら難しい異世界の話をしている。自分は最初こそぎこちなさを抜けきれずにいたが、夏が旬の果物でいっぱいな――ニシキさんがケーキを買ってきたのは、夏の最中にある人の世なので――タルトケーキを一口食べた瞬間、一気に体が弛緩した。我ながら単純である。
「あの……アメリさん、質問をしても?」
彫り装飾の美しい
「アメリさんが異世界に向かわれる時は、どういった時なのですか? 先ほどニシキさんとお話していた世界には、相当長く滞在していらしたようですが」
「アメリが行くんじゃないわ。アメリを……ネックレスを求める人がいたら、その人について行くの。ちょっと長くなるけど、昔話を聞いてくれる?」
先に訊いたのはこちらだ、もちろん断る理由はない。首肯すると、アメリさんは真面目な顔で語り始めた。
「愁灯庵に来る前、アメリはここでも、さっき話していた所でもない別世界で、魔女の一族に受け継がれていたの。だからアメリ自身、アメトリンのネックレスには、膨大で歴史ある魔力が詰まってる。それを欲しがって、色んな人がアメリを狙って……最終的に、かなり遠い世界なここを探り当てた一族の子が、アメリをニシキに託した」
まるで、ファンタジー小説の一節を読み聞かせてもらっているようだと錯覚してしまう。しかしそれは、目の前に存在しているアメリさんが、本当に体験してきたこと。
「アメリはニシキの所で保管されつつ、でも、色んな人のところに行って、力を貸すのを良しとした。人のことは好きだもの。魔女の一族にだって、大切にしてもらったから。だけど、アメリを使い捨ての道具だと思っている人や、道具を大切にしない人は嫌い。そういう人には、絶対ついていかない。あとはそうね、お洒落じゃない人とか、自分を嫌いな人には、ついてってあげないわ」
「自分を嫌いな人、ですか」
そこだけ理由が見えなくて、つい指摘した。アメリさんは分かっていたかのような、けれどどこか哀しいような、そんな笑みを浮かべていた。
「だって、自分を嫌いな人、肯定してあげられない人って、酷い人よ。手に入れていたことにさえ気付けないし、満たされないから自分のことばかり考えないといけなくなって、他の人を蔑ろにして、大切にできないんだもの。アメリはたくさん愛してもらって、そんなアメリ自身が好きで、肯定しているわ。大切にしてくれた人のことも、大切にしたいと思ってる。だから、自分を嫌いな人は駄目」
なるほど、と。思わず小さくなった声で、大したことのない返事をしてしまった自分を、アメリさんは咎めなかった。むしろ、にっこりと笑っていた。
「そういう人の手に渡らないよう、アメリはニシキに守ってもらっているの。そうじゃない人の手に渡ったら、思う存分別の世界を満喫して、また愁灯庵に戻ってくるのよ」
「……、壮大ですね」
「そう? でもまあ、確かに。別の世界に渡れたり、長生きだったりじゃないとできない芸当だわ。ねぇ、ニシキ?」
「そうだね。ただの品物にはできない芸当だ。博物館のような場所に閉じ込められっぱなしの物たちより、きみは素晴らしい生活を送っている」
「ええ、違いないわ!」
慈しむようなニシキさんの肯定に対し、明朗なアメリさんの肯定は、奔放な風を吹かせているように思えた。それはいつか感じた、流浪の旅をしているのだという、別の所へ渡り飛ぶ鳥が纏っていたものに似ている気がした。
「いやはやそれにしても。アメリ単体というのはともかく、梓くんと一緒になると、なかなかどうして可愛らしさが増すじゃないか。姉と弟みたいで」
「アメリだけじゃ駄目みたいな言い方がすごく気になるけど、そうね。アズサはアメリより年下でしょうし、何よりアメリ『さん』って呼ばれるの、何だか他人行儀で嫌だわ。さんを付けるなら姉さんって呼びなさいな」
「分かりました、姉さん」
言われたので呼んだだけなのに、ニシキさんが珍しく紅茶を吹き出すなんて失態をする。カップの中だけで済んでいたが、行儀が悪い事に変わりはない。
「ニシキさん、飲み物を吹き出すなんて駄目でしょう。どうなさったんですか」
「ふっ、ぐ……きみのせいだぞ梓くん、きみの。でも、きみやアメリのそういう素直な所は美点だね、好ましく思うよ」
何故か下を向いたまま肩を震わせて、ニシキさんはよく分からないことを言う。アメリさん改め姉さんも、訝しげにニシキさんを見ていた。
「やぁね、ニシキってたまに変なことするから。アズサに変な影響が出たらどうするのよ」
「まさに今、妙な影響を与えた奴の
「駄目そうね、無視しましょうアズサ。アメリのチーズケーキを分けてあげるから、そのタルトもこっちに分けなさい」
「はい、姉さん」
んぐっ、と。いつの間にかテーブルに突っ伏したニシキさんが、また妙なうめき声を上げている。そのあと無事に、ニシキさんは元の調子を取り戻していたが、しばらく妙な狂いを起こすという不調を繰り返していた。
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