第6話 激突!竜太VS龍矢

 初レースにして、一年生最後の授業がいよいよ始まる。

 俺はガオの頭をポンポンと叩いて言った。


「ガオ、頼むぞ」


 俺に答えてガオが「がぉぉん」と吠える。

 ガオも立派なドラゴンに成長した。大人とまでは言えないが、もう赤ちゃんじゃない。


 これから行われるレースは今までのどの訓練よりも過酷だ。

 二時間飛び続けること自体大変だし、コースの大半は海上。

 どんなことががあっても地上に降りることはできない。


 それでも、俺たちならやれる。

 そうだよな、ガオ。


 と、龍矢が声をかけてきた。


「竜太」

「なんだ? お互いがんばろうとかいう話?」

「そんなくだらんことを今更言うか」

「じゃあ何のようだよ?」

「さっき父さんと何を話していた?」


 ああ、そういうことか。俺は龍矢にかいつまんで説明した。


「お互いの父親が同級生だったとはな」

「俺も驚いたよ。やっぱり、俺と龍矢って宿命のライバルなのかもな」

「ふんっ、調子に乗るな。お前など俺のライバルなものか」


 龍矢は吐き捨てたあと、さらに肩をすくめて続けた。


「そもそも俺は俺だし、竜太は竜太だ。父親なんて関係ない」

「だな」


 空の上では親も先生も関係ない。

 世界チャンピオンの息子だろうと、宅配業者の息子だろうと、施設育ちのリューチューバーだろうと、空の風だけは平等だ。

 ただ、俺も龍矢もミカも自分と相棒のことを信じて飛ぶだけだ。

 乱獅子先生の声がした。


「時間だ。各々おのおののドラゴンに騎乗しろ」


 ガオの背によじ登る俺に、龍矢が俺の背に一言。


「竜太、お前には負けんぞ」

「俺だってだ」


 そんな俺と竜太にミカが頬を膨らまして言う。


「宿命のライバルはいいけどね。私とリンリンも負けないから」


 そうだな。ミカとリンリンだって俺と龍矢のライバルだ。


「ふんっ、勝つのは俺とラドンだ」

「俺とガオに決まっているだろ」

「私とリンリンよ」


 さあ、レース開始。あとはそれぞれ相棒と共に飛ぶだけだ。




 この日、龍神市の上空には雲一つ無い青空が広がっていた。

 風も強くない。

 飛ぶには絶好の条件だ。

 俺たちは一気に海上を目指して進んだ。


 乱獅子先生と昇龍、それに山さんがそれぞれのドラゴンと共に併走し俺たちのレースを見守る。

 俺の母ちゃんとミカのマザーは山さんのホンに、龍矢の母ちゃんは昇龍のゴルデンにそれぞれ同乗している。


 俺とガオは必死にスピードを上げた。

 だが、龍矢とラドンの姿はすでに六十メートル以上先だった。

 くそっ、やっぱり龍矢は天才だ。ラドンも強い。


 ミカとリンリンは俺とガオよりさらに十一メートル後方。

 彼女たちも俺たちに食らいつこうと必死だろう。


 龍矢と俺の距離が少しずつ開いていく。

 六十メートルが六一メートルになり、気がつけば七十メートルになる。

 ガオのせいじゃない。ガオとラドンの力はほとんど互角だ。

 この差は、俺と龍矢の力の差。


 晴天でも空にはつねに風が吹く。

 小さな風、大きな風、後ろから吹く風、前から吹く風、横から吹く風。

 龍矢はそれを正確に読んでラドンに伝えている。

 俺はアイツほど風を読み切れない。その差が、こうして現れているのだ。


 くそっ!


 やっぱり俺は龍矢に勝てないのか?

 あきらめかけた俺を励ますように、ガオが一声吠えた。

 同時に、俺の心にはっきりとガオの気持ちが伝わってきた。


『竜太、俺もラドンに負けたくない』


 それは間違いなく、俺の相棒の心の声だ。

 そうだ。

 俺と龍矢がライバルなら、ガオとラドンもライバルなんだ。


 俺は――俺たちは負けない。

 俺ははるか八十メートル先を飛ぶラドンと龍矢を睨む。


 その瞬間、俺にも風が読めた。

 いや、風が見えた。


 たんなる思い込みかもしれない。

 だが、俺は俺の勘と相棒を信じる。


「ガオ! 今だ! 後ろから風が来る!」


 相棒も俺を信じて、大きく翼を広げた。

 次の瞬間、後ろから今日一番の風が吹く。

 俺たちはその風に乗って龍矢たちへと迫った。

 あと、五十メートル、四十メートル、三十メートル。


 自分たちに接近する俺とガオの気配を感じたのか、龍矢がチラッとこちらを振り返る。

 距離を詰められたのを悟り、龍矢はニヤリと笑った。

 まるで、『それでこそだ』と言わんばかりの笑みだ。


 追いつけるものなら追いついてみろと、龍矢とラドンも後方からの風に乗る。

 二組のスピードがさらに上がる。

 もう、ミカとリンリンは俺たちの百メートル以上後方だった。

 油断はできないけど、彼女たちに追いつかれる心配はほとんどなくなっただろう。

 ここから先は、俺と龍矢の、ガオとラドンの勝負。


 ガオの息が荒い。

 俺も息苦しい。

 こんなスピードで空を飛んだことはない。常に空気の壁をかき分けているような感覚で、息継ぎすら難しかった。

 それでも俺は叫んだ。


「ガオ、まだだ。まだ俺たちは先へ進める」

「がおぉぉぉーん」


 ガオも当然だと吠える。俺と相棒がさらに加速する。

 龍矢とラドンも負けじとスピードを上げた。

 どちらも限界まで空をかける。


 ゆえに序盤の差がなかなかくつがえせない。

 いや、今また、龍矢たちとの差が〇・二三メートル開いた。


 くそっ、負けるか。

 負けてたまるか。

 俺とガオは、まだ行ける!


 再びほんの少しだが距離をつめる。

 事前に頭にたたき込んだ地図を思い出す。

 ゴールの龍決島まではあと七三二メートルのはずだ。


 ダメだ!

 また龍矢たちとの距離が〇・四二メートル開いた!


「ガオ!」


 後方からの風を感じ、ガオに再び翼を開くよう命じる。

 俺たちはさらにスピードを上げた。

 だが、速度を上げたのは龍矢たちも同じ。なかなか差が詰まらない。 

 そのとき、前方に黒くて大きな影が見えた。


――雷雲!?


 ちょうどゴール地点の直前にそれも巨大な黒い雲が存在していた。

 遠目からでも稲妻が光り、風が荒れているのが見える。

 あの雷雲に飛び込むのは無茶だ。

 あの中は突風と雷の嵐。迂回するしかない。

 場合によってはゴールするのを見送って様子見する必要もある。

 それが常識だ。

 龍矢もミカもそうするはずだ。

 あるいは、これは龍矢に追いつくチャンスかもしれない。


 だが、そんな考えを裏切って龍矢が俺を振り返り、いつもの挑戦的な笑みを浮かべた。

 アイツはラドンの手綱を握る。

 そして。ラドンと龍矢は雷雲へと向かっていく。


 あいつら、あの雲に突っ込むつもりか!?


 併走していた乱獅子先生が叫ぶ。


「高力龍矢! それはやめろ!」


 昇龍も叫んだ。


「よすんだ龍矢!」


 だが、龍矢とラドンは止まらない。


 無茶苦茶だ!

 これはあくまでも学園の授業だ。

 ここで命を賭けるのは違う。

 それが当り前の判断だ。


 だけど同時に、俺は感じてしまったんだ。


 あいつらカッコイイな、と。


 気がつくと、俺は左手で右腕をギュッと掴んでいた。

 袖の下の腕には、赤ちゃんだったガオに風呂場で噛まれた歯形が今でも残っている。

 あの日、先に進むと決意させた傷が。


 俺は思ってしまった。

 挑戦したい、と。


 ガオが「がおぉん?」と吠える。

『竜太、どうするんだ?』と、ガオは俺にそう尋ねていた。

 俺は……俺は!


「ガオ、俺と一緒に挑戦してくれるか?」


 ガオは当然だとばかりに「がおぉぉぉん!」と吠えた。

 俺は一瞬だけ母ちゃんの方を見る。心配そうに俺を見守る母ちゃん。


 ごめん、母ちゃん。俺、無茶しちまうよ。

 ごめん、山さん。

 でも、空をなめてるわけじゃないんだ。


 自分でもバカな行動だというのは分っていた。

 それでも、俺はガオの手綱をしっかりと握り、雷雲に向かって飛んだ。


 乱獅子先生の「二人とも戻れ!」という叫び声も。

 ミカの「竜太、龍矢、やめなさい!」という声も。

 昇龍の「愚かなことを!」という声も。

 山さんの「やめろ!」という声も。

 どれもこれも聞こえていた。


 だけれど。俺とガオも、龍矢とラドンも止まらなかった。

 ただ、母ちゃんの「竜太!」という涙声だけは、やたらと心の中に響き残って。

 突き進んだ俺とガオは、巨大な気流に呑みこまれた。

 冷たい雹に体中を叩かれ、目映まばゆい雷に目をくらまされた。

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