第26話 臨時第5旅団長
何だかいい匂いがする。
それに、頭の後ろがふかふかする。
ふかふかというか、むにむにというか。
そのいい匂いといい感触に惹かれて目を開けると、白銀の髪をした女性の顔がすぐ近くにあった。
シンシアだった。
「うわっ!? ……あ痛っ!」
びっくりして身を捻った瞬間、思い切りどこかに背中を打ち付けてしまった。
どうやらベッドから落ちたらしい。
「デズ!」
ひょっこりとベッドの上から顔を覗かせたシンシアが、僕を見るなり顔をほころばせた。
「ああ、よかった! ようやく気がついてくれたか!」
「……え? 気がつく?」
状況が良く分からず、僕は辺りを見渡した。
見慣れた机に椅子。
窓の外には見慣れた景色。
ここは多分、僕が借りている宿屋の部屋だ。
……え? なんで僕の部屋にシンシアとふたりでいるんだ?
確か、今日はパーティでメスヴェル氷窟に潜ってたよね?
というか、ベッドの上にシンシアといたって一体どういう状況なの?
「あ、あの、シンシア? これは一体……」
「だいぶ良くなったようだが、まだ安静にしていたほうがいいぞ。私のスキルで治療していたのだが、かなりの時間を要してしまうくらい酷い状態だったからな」
「スキル?」
「ああ。ヒュドラとの戦いで受けた状態異常だ。あまりの酷さに医師も手の施しようがなく、さじを投げてしまったのだが、私の【神の加護】という状態異常を回復するスキルだったらなんとかなると思って──」
「そうだ、ヒュドラ!」
思い出した。
ガランドさんたちを強化したけれど全く歯が立たなくて、僕自身に付与術の重ねがけをして勝負を挑んだんだった。
なんとか倒すことには成功したけど、そこで気を失って──。
「みんなは!? みんなは無事なの!?」
「みんな?」
「パーティのみんなだよ! メスヴェル氷窟から戻ってるの!?」
「安心しろ。55番パーティは全員無事だ」
「……っ! ああ、よかった」
てことは、無事にダンジョンコアを破壊できたってことだよね。
まぁ、ダンジョンボスは討伐してたし、コアを破壊するのは難しいことじゃないから大丈夫だって思ってたけど……本当に良かった。
「ふふ、なんともデズらしいな」
シンシアが呆れたような顔で笑う。
「瀕死の重傷を受けて生死をさまよっていたというのに、目が覚めるなり仲間を心配するなんて」
「……っ」
何だか恥ずかしくなってしまった。
気を失うくらいひどい状態だったんだ。
そりゃ他人より自分を心配しろって言いたくなるよね。
「心配したんだぞ、デズ。キミがもしこのまま目を覚まさなかったらと思うと、頭がおかしくなってしまいそうだった」
「ご、ごめん。シンシアにも心配かけて……」
「とりあえずこっちに来い。念のため、もう一度スキルをかけておく」
「う、うん」
一瞬ためらっちゃったけど、失礼してベッドの上にあがる。
ここは僕の部屋なんだけど、シンシアと一緒だとなんだか緊張するなぁ。
てか、僕、臭くない?
こんなことになるなら、しっかり水浴びしとけばよかったかな?
いや、眠ってたから無理なんだけどさ。
などとひとりで悶々としていたら、ひんやりとしたシンシアの手が額に当てられる。
「む? 少し熱が出たか?」
「いっ!? いや、大丈夫……じゃないけど、平気だと思うよ! あは……あはは」
「……?」
首をひねるシンシア。
シンシアのスキルが発動したのか、体がいくらか軽くなった気がした。
ステータスを見てないのでわからないけど、状態異常が消えたんだろう。
「どういう状況だったのかは、デズの仲間たちに聞いたよ」
僕の額に手を当てたまま、シンシアがそっと口を開いた。
「第三旅団が攻略していた別のダンジョンでもヒュドラが現れて加勢していたのだが、私たち第一旅団でも討伐に時間がかかってしまった。なのにひとりで討伐するなんて、流石だな」
そういえば第一旅団もヒュドラ狩りに駆り出されてたんだっけ。
てことは、僕とシンシアは同じ相手と戦っていたのか。
「さ、流石じゃないよ。今回は相当無茶をしちゃったと思う。だってほら、禁忌になってる付与術の重ねがけをしたわけだし……」
「だとしてもキミがひとりで討伐したことに変わりはない。村にいたころから将来デズは必ず強くなると感じていたが、私のカンに狂いはなかったようだな」
「……」
さっきから心臓がうるさいのは、シンシアに褒められまくっているからか。
それとも、シンシアに触れられているからか。
何にしても、すごく心地が良い時間だ。
村にいたときもこんなことがあったっけ。
無茶をして怪我をした僕を心配してシンシアがやってきて、こんなふうに──
「デズきゅん!?」
「……っ!?」
部屋に素っ頓狂な声が響いた瞬間、シンシアの傍からババッと飛び退いてしまった。
つい身構えてしまった僕の目に映ったのは、部屋の入り口に立つリンさんの姿。
「よ、よ、良かった! 気がついたんだね!」
「リ、リンさん!?」
「そうですよ! あたしはリンさんですよ!」
凄まじいスピードで駆け寄ってきて、僕の両手をガッシと掴む。
「や、本当に良かった! だって、ずっと気を失ったままだし……めちゃくちゃ心配してたんだよぉ! ぐすん……」
涙目になったかと思うと、ずびびっと鼻をすする。
ちょっと汚い。
彼女の後ろには、顔をほころばせているドロシーさんとガランドさんの姿もあった。
どうやら僕を見舞いにきてくれたみたいだ。
「あ、あの、ずっと気を失ってたって、どのくらいなんですか?」
「うむ。キミがヒュドラを倒してから今日で5日だな」
指を折るガランドさん。
「そ、そんなに!?」
「ああ。その間、毎日シンシア様が治療をしてくださっていたぞ」
「……っ!?」
そ、そうだったんだ。
シンシアを見ると、「気にするな」と言いたげにニコリを微笑んでくれた。
顔が熱くなる。
多分、耳先まで真っ赤になってると思う。
「いやさ? 眠ってるだけで息はしてるから大丈夫だと思ってたけど、あまりにも長いからそんなに夢の世界が最高なのかって思って──あれあれ?」
リンさんが目を細め、僕とシンシアの顔を交互に見る。
「な、何ですか?」
「何だか変な感じになってませんか? おふたりさん?」
「……っ!? そ、そそ、そんなこと無いですから!」
「必死になってるのがさらに怪しい! シンシア様と一体ナニをしたの!? あたしたちが来る前にナニをしてたのか洗いざらい吐いて──」
「ちょ、ちょっと黙ってください!」
「──んがっ!?」
リンさんに【消音】の付与術をかけ、強制的に黙らせる。
この人は本当に!
シンシアも困ってるでしょ!
──と思って彼女を見たけれど、キョトンとした顔をしていた。
あ、これ、疑われてるって全然理解してないやつだ。
「何の話をしているのかはわからんが……うむ、55番パーティが全員そろったようだな」
シンシアはベッドからそっと降りると、身を整えはじめる。
「さて……デズモンド・ストライフ」
「は、はいっ」
いきなりフルネームで呼ばれ、ピシッと姿勢を正してしまった。
「そして55番パーティの諸君。改めて良くやった。加入したばかりだというのに、合計2日間という短期間でC級ダンジョンを踏破した功績をたたえよう」
「あ、ありがとうございます」
いきなり団長モードになったシンシアに、慌てて頭を下げる。
僕だけじゃなく、他のみんなも彼女に深々と頭を下げている。
「そして今回、単独でヒュドラ討伐に成功したデズモンドに、良い知らせがある」
「え? な、なんでしょう?」
「うむ。ララフィムの推薦もあって──キミを第五旅団の臨時団長に任命しよう」
「……っ!?」
第五旅団の臨時団長!?
いやいや、なんでそんな話に──と思って、先日ララフィムさんと話したことが脳裏によぎる。
そういえば「内容次第で代わりに第五旅団の臨時団長に」とか言ってたっけ。
けど、ヒュドラ戦のときはララフィムさんの幻影はいなかったよね?
戦いを見てなかったのに、なんで推薦を?
もしかして、はじめから僕に臨時団長を移乗するつもりだったの?
「だだ、団長!? す、凄いです!」
ドロシーさんが嬉しそうに飛び跳ねる。
「お、お師様に認められたってことですよね!? おめでとうございますデズモンドさん!」
「凄いぞ! やったなデズモンドくん!」
「……! ……!!」
ガランドさんも喜んでいるようだ。
リンさんは【消音】のせいで何を喋っているのかわからないけど。
「……とはいえ強制的に臨時団長を任せるというわけではない。キミに可否を問おう。どうだろうデズ? 臨時とはいえ、第五旅団団長の任を引き受けてはくれないだろうか?」
少し不安げに尋ねてくるシンシアを見て、しばし思案する。
臨時とはいえ旅団を任されるということは、相応の責任を伴うということだ。
パーティの3人だけじゃなく、旅団全員が僕の肩にかかる。
ふたつ返事で引き受けて良い話じゃない。
だけど──将来、シンシアの隣に立つためには、絶対通らなくてはいけない道だ。
「わかりました」
僕は深く頷く。
「その責務、謹んでお受けいたします」
「……そうか!」
シンシアが嬉しそうに破顔する。
それからシンシアと今後のスケジュールについて話し合った。
しばらくはララフィムさんのサポートを受けながら、旅団長としての仕事をはじめることになった。
正式な任命式は後日、連盟拠点で行う。
その任命式まで僕は自宅療養。
付与術の重ねがけの副作用は完全に回復したわけじゃないので、定期的にシンシアをスキル治療を受けることになった。
シンシアに会えるのは嬉しいけど、恐縮してしまう。
なにせ彼女には第一旅団の仕事と、クランの管理業務があるのだ。
僕なんかに使う時間はほとんどないはずなのに……本当にすみません。
ちなみに、僕が離脱している間、55番パーティは安全になったメスヴェル氷窟の探索作業を手伝うことになったらしい。
あそこはダンジョンコアが破壊されてD級モンスターしか現れなくなっているし、他にも探索パーティが大勢いる。
だから僕抜きでも不安はなかったのだけれど──ひとつだけ気がかりなことがあった。
水没エリアで僕たちを下層に突き落としたアデルたちのことだ。
彼らは僕たちが下層で死んでいると思っているはず。
なのに、仲間たちが街を歩いていたら、またトラブルになりはしないだろうか。
「あの、シンシア?」
拠点に戻ろうとしていたシンシアに、こっそり声をかけた。
「ん? どうした?」
「実はメスヴェル氷窟でちょっとトラブルがあってさ」
「トラブル? ……ああ、あの件か」
シンシアが神妙な面持ちで深く頷く。
「すでにララフィムから報告を受けている。デズが眠っていた間にすでにこちらで対処済みだ」
「え? 対処?」
「ああ。デズたちを襲った冒険者たちは拘束している。衛兵に突き出す前に詳しい聴取をするつもりだったのだが、デズの体調が戻ってからやろうと思っていた」
「そ、そうなんだ」
「今らかでもできるが、どうする?」
シンシアが首をかしげる。
僕は即座に答えた。
「できれば、お願いしたい」
余計なトラブルを生まないためにも、この件は早めに解決しておきたい。
シンシアはしばし考え、にこりと微笑んだ。
「わかった。それでは一緒に行こうか」
そうして僕は、シンシアと宿屋を後にし、アデルたちの元へと向かった。
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