第24話 毒竜ヒュドラ

 深層にいるダンジョンボスと万全の状態で戦うには、できるだけモンスターとの遭遇を避けなければならない。


 そこで僕が使ったのが【消音】の付与術だ。


 これは体から発せられる音……例えば足音や鎧の軋む音、さらには声音まで軽減させる付与術で、初級だと少しだけ音を小さくするレベルだけど、乗算だと無音にすることが可能になる。


 姿を隠すことはできないけれど、音がなくなればモンスターに見つかる可能性をぐっと下げることができるというわけだ。


 というわけで【消音】の付与術をかけ、深層の階段を探す。


 メスヴェル氷窟の下層にはC級の中でも特に危険なモンスターが多くいるようだった。


 半獣トカゲのリザードマンにサハギン、半魚人のヴィジャノーイなどなど。


 主に水辺の近くだと脅威度が増す水棲モンスターばかりだ。


 水没エリアから水が落ちてきているせいで、戦闘になってたらかなり消耗していただろう。


 【消音】の付与術のおかげでそんな厄介なモンスターたちとの戦闘を回避でき、なんとか深層への階段を発見することができた。


 慎重に階段を降り、扉の先にあったのは特殊エリアと同じドーム状の空間。


 ただ、同じなのは形状だけでそれ意外は全く違う。


 まずはその大きさだ。


 特殊エリアは町がすっぽり入っちゃいそうな大きさだったけど、深層は端が見えるくらいで、比較的狭い。


 そして、見た目。


 地面から壁、天井に至るまでお城で使われているような大理石っぽい灰白色のタイルで覆われている。


 他のダンジョンでも何度か来たことがあるからわかる。


 この無機質な空間が、ダンジョンの深層だ。



「……見てください、あれ」



 ドロシーさんが指さした先。


 部屋の中央に、巨大なひし形の水晶が見えた。


 ゴーレムコアみたいに中心が赤く光っていて、不気味な雰囲気がある。



「も、もしかして、あれがダンジョンコアですか?」

「ですね」



 あれを破壊すればこのダンジョンのモンスターたちが鎮静化し、安全になる。


 だけど、簡単に破壊することは不可能だ。


 ダンジョンコアを破壊するには、このメスヴェル氷窟の主たるモンスターを倒さないといけない。



「でも、誰もいないくない?」



 リンさんが辺りを見回す。



「もしかして、ボスさんってばお留守かな? だったら今のうちにこっそり──」



 と、そのときだ。


 ダンジョンコアが赤黒く輝きはじめた。



「なな、何!?」

「皆さん、気をつけて下さい! ダンジョンコアが起動しました! ボスが来ます!」



 次第に赤い稲妻を放ち始めたと思った瞬間、目を覆いたくなるくらいの眩い光りが放たれ、そして──。



「……グルルルゥ……」



 光が収縮すると同時に、空気を震わす唸り声が聞こえた。


 その声の主はダンジョンコアを外敵から守るように鎮座していた。


 緑の鱗に覆われた、顔が3つある巨大なドラゴンだ。



「みっ、みみ、三つ首に緑の鱗っ!?」



 驚きの声を上げたのは、ドロシーさんだ。



「あ、あ、あれはヒュドラです!」

「……ヒュドラ?」



 って確か、ララフィムさんが言ってたモンスターだよね?


 第三旅団が攻略しているダンジョンに出没して、第一旅団が駆り出されたっていう。


 ……え? なんでここに?



 名前:リベンティーナ・トトノス

 種族:ヒュドラ

 レベル:89

 HP:49580/49580

 MP:9370/9370

 生命力:5525

 筋力:2300

 知力:90

 精神力:4560

 俊敏力:155

 持久力:4040

 運:10

 スキル:【ディバインスケイル】【ポイズンブレスⅢ】【テイルストライクⅢ】【チャージストレングⅢ】

 状態:普通



 【鑑定眼】でステータスを覗いてみたけど、間違いなくヒュドラだった。


 というか、ヘルスパワーが桁外れに高い。


 その他のステータスも高いし、これまで戦ってきたモンスターとは比べ物にならないくらいの強敵だ。



「ちょ、ちょっと待って!? なんだかめちゃくちゃ強そうなんですけど!? 顔が3つもあるし!」

「噂によればヒュドラはB+のはず……どうしてC級のダンジョンに!?」



 リンさんに続いてガランドさんも声を荒げる。


 基本的に、ダンジョンランク以上のモンスターが現れることはない。

 今まで星の数ほどのダンジョンが攻略され、ただの一件も例外は存在しなかった。


 とはいえ、それは長年の経験則によるもの。

 古代人から実際に「例外は無い」と聞いたわけじゃない。


 つまり──これまで一度も無かった「超例外」を引いちゃった可能性が高い。


 そうですか。


 どうせなら、C級ダンジョンで超レアなアーティファクトクラスの魔術書を拾うとか、良い方に振れてほしかったな!



「ど、どうするデズきゅん!? 一端逃げる!?」

「いえ! B+のモンスターが現れたのは予想外ですが、倒すしかありません!」

「で、でもヒュドラは強力な神経毒を使うって、お師様が……」

「大丈夫です! 毒を無効化させる【耐毒強化】の付与術がありますから!」



 僕の耐毒強化は毒を完全無効化させる。


 それを使えばどんな強力な神経毒だろうと、効果はない。



「おお! さっすがデズきゅん! ずる賢い!」

「そこは用意周到って言ってください!」



 そんなこと言ってると、あなたにだけ【耐毒強化】かけませんよ、リンさん!



「でも油断しないでくださいね! 毒は無効化できるとはいえ、他にも強力な攻撃をしかけてくるかもしれませんから!」

「承知した……っ! 俺がターゲットを引き受けよう!」



 ガランドさんが背負っていた盾を構える。


 いつも通り【生命力強化】をかけ、追加で【耐毒強化】も発動させる。



「付与術を書けました! お願いします!」

「よし、いくぞっ! うおおおおおっ!」



 ガランドさんがヒュドラに向かって走り出す。



「リンさんには【属性付与】もかけさせてもらいます!」

「……オッケ! あたしの武器はまた作れば良いから、ガンガンかけちゃって!」



 ドラゴンの鱗がアイスゴーレムの表皮より貧弱とは思えない。


 僕の付与術に耐えられなくてまた武器がボロボロになってしまうけど、ここは全力で行かせてもらいます。



「デ、デズモンドさん、私は……?」

「今回はドロシーさんも魔術をガンガン使ってください! ただし、リンさんとガランドさんの位置を見誤らないようにお願いします!」

「わ、わかりました!」



 ドロシーさんにはいつもと同じ、【精神力強化】と【魔力回復量強化】だ。


 彼女への付与術が発動したと同時に、ガランドさんとヒュドラの戦闘がはじまった。


 ヒュドラが近づいてくるガランドさんに挨拶代わりのブレスを吐く。 

 ガランドさんの姿が、どす黒い煙の中に消える。



「……ぬううううん! 効かんわ!」



 だが、すぐにガランドさんが黒煙の中から現れた。


 よし。【耐毒強化】でブレスを無効化している。



「グオォォオオン!」



 耳をつんざくヒュドラのけたたましい咆哮。 


 大木のような尻尾がガランドさんの頭上から振り下ろされる。



「……ッ!?」



 咄嗟に巨大な盾で防ぐガランドさん。


 力が均衡したように思えたが──。



「ぐ、ぬう……!?」



 ヒュドラの凄まじい力に耐えきれず、弾き飛ばされてしまった。


 即座に起き上がるガランドさんだったが、彼の盾に大きな亀裂が走っていた。



「この緑トカゲッ!」



 ガランドさんの背後から、リンさんが飛び出す。


 スピードを活かしてヒュドラにまとわりつき、炎属性を付与した剣で斬りつけまくる。


 筋力増強もしているので、多少なりともダメージが通るはず。


 そう思ったのだが──。



「ウ、ウソでしょ!? 属性付与してもらったのに、全く攻撃が通ってないんだけど!?」



 ダメージどころか鱗には傷ひとつついていない。



「ま、魔術を発動させます! みなさん、気をつけて! 【水球弾Ⅲ】!」



 間髪入れず、ドロシーさんが魔術を放つ。

 彼女の杖から巨大な水の弾丸が発射され、ヒュドラの顔のひとつを捉えた。


 水球が弾け飛び、凄まじい衝撃が空気を震わせる。


 だが──ヒュドラは全く動じることもなく、こちらに悠然と歩いてくる。



「わ、私の魔術が……!」

「……くっ」



 ステータスを見て予想はしていたけど……あまりにも桁違いすぎる。


 ヒュドラの攻撃を防ぐことは難しい。 


 属性付与でもダメ。


 ドロシーさんの強力な魔術でも、傷ひとつついていない。


 やはりレベルが違いすぎる。


 ヒュドラは討伐に第一旅団が駆り出されるくらいの相手。

 そんなバケモノに戦いを挑んだのが、間違いだったのか。



「……クソッ、何を弱気になってるんだ」



 自分に言い聞かせる。


 どちらにしろ、生きて地上に戻るには倒さないといけない相手なんだ。


 なんとかしろよ、デズモンド。

 お前はシンシアから、伝説的冒険者ドノヴァンと同等の付与術師と言われただろ!



「……ドノヴァン?」



 ふと、その名前が頭の中で反芻される。


 彼の二つ名「脳筋な付与術師ミードヘッズエンチャンター」の由来は、彼が自身に付与術をかけて肉弾戦を挑む戦闘スタイルから来ている。


 ドノヴァンのようにやれば、僕も戦えるかもしれない。 


 だけど、僕のステータスは基本値が低すぎる。


 乗算付与をかけたところで、ヒュドラと戦える力は得られない。


 ──禁忌の「重ねがけ」でもしない限り。



「……皆さん、下がっていてください!」



 声高に叫んだ。


 ヒュドラと距離を取るように、ガランドさんとリンさんが戻ってくる。



「どうしたデズモンドくん?」

「下がってって……どうするつもりなの!?」

「僕自身に、付与術を重ねがけします」

「……っ!?」



 全員が息を呑んだ。


 重ねがけにどんな副作用が出るかは、はっきりとはわかっていない。


 戦いの後で体が動かなくなるかもしれないし──運が悪ければ、命を落とすかもしれない。


 だから、パーティのみんなにかけることはできない。

 重ねがけをするなら、僕自身。


 このまま戦っても敗北は目に見えている。


 だったら僕が、全力でヒュドラを仕留める。


 僕が……僕がみんなを守るんだ!

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