第4話 入団試験
試験会場になるD級ダンジョン「ドレッドスカル迷宮」の入り口は、街の外れの林の中にひっそりとあった。
このダンジョンは、元々B級だったと聞いたことがある。
なんでも、ひとつで数万リュークで取引される「レア」クラスの魔導具が数多く出土していたとか。数万リュークはエスパーダ時代の僕の月収に近い額だ。
ちなみにエスパーダでもレアクラスの魔導具や武具を手に入れたことがあるが、僕に渡されたのは数十リュークだった。
うん。世知辛い。
そんなB級ダンジョンに徘徊しているモンスターはB級の強敵ばかり。
だけど、ダンジョンの最深部にある「迷宮の心臓」と呼ばれている「ダンジョンコア」はすでに破壊されているので、今はD級の雑魚モンスターしかいないらしい。
「……え、デズくんってば初級付与術しか使えないの?」
入り口から階段を降りた先、ダンジョンの第一階層に到着した僕はひとまずメンバーに付与術をかけようと思ったんだけど、リンさんに驚かれてしまった。
「そ、そうです。けど、僕の付与術の計算式が特殊なので──」
「初級の付与術ってちょっとしか能力強化できないやつだよね? う~ん、だったら必要ないかな?」
「あ、あの」
「大丈夫だって! ゴブリンはあたしらがパパッと片付けるから!」
僕の話を全く聞こうともせず、リンさんが満面の笑みでサムズアップする。
まぁ、そうなるだろうなと思っていたけど、救いだったのはアデルたちと違って言葉に悪意のかけらもないところだ。
表情を見る限り、僕に対して「お荷物」だとか「役立たずだ」とか、そういう負の感情は微塵も抱いていない気がする。
「ふむ。ではデズモンドくんには索敵に力を発揮してもらおうか」
そう言ったのは、いつのまにか重厚な鎧に身を包んでいたガランドさん。
鎧全体が少しだけ青白く発光していて、かなり高価そうな雰囲気がある。
もしかすると、かなりのお金持ちだったりするのかもしれない。
「……あ、そっか。付与術って能力強化だけじゃなかったんだっけ。じゃあ、それをお願いね、デズくん」
「わ、わかりました。それでは早速……【嗅覚強化Ⅰ】!」
自分に発動させたのは、【
その名の通り、嗅覚を強化させる効果がある。
一般的な初級の【嗅覚強化】は体感できないくらいの微々たる変化しかない。
だけど、僕の【嗅覚強化】は、猟犬並みの嗅覚を得ることができる。
「……ええと、ゴブリンはこっちですね」
「え」
リンさんが目を瞬かせる。
「え? ちょっと待って。え? なんでわかるの?」
「ゴブリンの匂いがします」
「匂い?」
リンさんがその形の良い小さな鼻を、すんすんと鳴らす。
「……何も匂いなんてしないけど?」
「強化したのは僕の嗅覚だけなので、皆さんは匂いを感じないと思います。とりあえず行きましょう。他のパーティに横取りされるかもしれないので」
試験は街にあるいくつかのD級ダンジョンで行われているけれど、ここにも複数のパーティが来ている。
まぁ、横取りされてもまた探せばいいだけなんだけど、早めに終わらせたほうが評価が高いみたいだし。
「あっはっは、ちょっと待ってよデズくんてば」
先導しようとした僕を見て、リンさんが呆れるように笑う。
「ゴブリンの匂いがするなんて、そんな冗談みたいな話が──」
***
「──ええっ、ウソでしょ!? ホントにゴブリンがいたんだけどっ!」
「っ!? リ、リンさん、声が大きいですっ……!」
「もがっ!?」
リンさんの口を両手で塞いでしまった。
入り口からしばらく歩いた先にあった小部屋に、ゴブリンの集団がいた。
多分、ここが彼らの住処なのだろう。
ひどく汚れたような、すえた匂いが流れだしている。
「……ねぇねぇ、デズくん」
僕の手を押しのけて、リンさんが不思議そうに尋ねてきた。
「匂いがわかったのは百歩譲っていいとして、どうしてゴブリンの匂いだってわかったの?」
「ゴブリンの装備って冒険者がダンジョンに捨てていったものなんで、人間と獣の匂いが混ざった独特の匂いがするんです」
「…………ああ、あれね。ふんふん」
理解したようなしなかったような、微妙な表情のリンさん。
今度はガランドさんが感心したようなため息を漏らす。
「しかし、デズモンドくんの付与術は凄いな。この広いダンジョンの中から、本当にゴブリンの居場所を特定できるとは」
「ほ、本当に凄いです。もしかして、さっき話していた『乗算付与』というスキルの効果なんですか?」
ドロシーさんも目を輝かせながら尋ねてきた。
同じ魔術師として興味があるのかもしれない。
「そうですね。僕の付与術は能力を何十倍も強化できるので、猟犬くらいの嗅覚になっていると思います」
「りょ、猟犬? すごい……」
「でも、数分くらいしか効果は持続しませんけどね」
そこが唯一の弱点ともいえる。
初級付与術は長く持って2分程度しか効果が持続しない。
重ねがけをすればもっと長い時間効果を発揮できるかもしれないけど、MPの消費が激しいし、どんな副作用が出るかわからなのでやったことはない。
これまでに支援魔術の重ねかけをした冒険者は多くいるけれど、疲労が倍増したりMPの回復ができなくなったりと、いくつかの副作用が確認されている。
古代文明の遺産である魔術自体が完全に解明されていないこともあって、支援魔法の重ねがけというのはタブーになっているのだ。
「……さて、そんなことよりも、だ」
遠巻きに小部屋でたむろしているゴブリンを見て考える。
どうやってあのゴブリンたちを処理するか。
僕の乗算付与を使って全員の全ステータスを上げれば問題なく倒せるだろうけど、無作為に付与術をかけたらすぐにMPが底をついてしまう。
僕は精神力が低く、最大MPが少ないので使い所を考えないといけない。
まず、複数のモンスターと戦う上で重要なのがモンスターのヘイト管理。
ゴブリンは体が小さく、一体一体の脅威はそれほど大きくないけれど、数で来られると結構面倒なことになる。
なので、ここはガランドさんに頑張って欲しいのだけれど──心配なのは彼のステータスだ。
名前:ガランド・レッドウィング
種族:ドワーフ
職業:盾師
レベル:9
HP:30/30
MP:20/20
生命力:3
筋力:10
知力:1
精神力:2
俊敏力:7
持久力:10
運:8
スキル:【パリィ】
状態:普通
生命力が「3」と低いため、HPがわずか30しかない。
下手をしたら、ゴブリンから2、3回攻撃を受けただけで、戦闘不能に陥る可能性がある。
最初、ガランドさんのステータスを見たとき、どうして盾師をはじめたのだろうと疑問に思った。
ステータスは僕しか見られないとしても、貧弱なのは自覚しているはずなのに。
だけど、ダンジョンに入ってその理由がわかった。
彼が身につけている装備だ。
どうやって手に入れたのかわからないけれど、ダメージカット率が異様に高そうな高級装備。それを武器に盾師の役割を担っているのだろう。
とはいえ、生命力が低いので長時間攻撃を耐えるのは難しいと思う。
戦闘不能は免れたとしても、吹き飛ばされてしまう可能性もあるし。
うん。やっぱり強化すべきは、生命力だな。
「よし、まずは俺がゴブリン共のターゲットを引き受けよう」
「では僕が付与術でサポートします」
「……うむ、よろしく頼む」
少しだけ僕のサポートを受けることを躊躇したみたいだけど、先程の【嗅覚強化】の効力を見たせいか受け入れてくれた。
ガランドさんが盾を構えて前に出る。
そのタイミングで、【
「ヤツらのターゲットが俺に向いたところで、皆で処理を頼む」
「わ、わかりました」
「わかったわ!」
ドロシーさんとリンさんの返事を受け、ガランドさんが走り出す。
「うおおおっ! かかってこい、ゴブリン共!」
「……ギギッ!?」
すぐにガランドさんに気づいたゴブリンたちが一斉に襲いかかってきた。
ガランドさんは、ゴブリンの棍棒やボロボロの剣の攻撃を巨大な盾で防ぐ。
金属音が鳴り響いた瞬間、ゴブリンたちの武器が弾き飛ばされた。ガランドさんがスキル【パリィ】を発動させたんだ。
武器を失い、数匹のゴブリンの動きが止まる。
だが、続けざまに両脇から襲いかかってきたゴブリンの攻撃はカバーしきれず、ガランドさんは鎧で受け止めた。
「……んむ?」
ガランドさんの不思議そうな声。
「どういうことだ? 全然ダメージが無いぞ?」
困惑している様子だった。
一般的な【生命力強化Ⅰ】は生命力を+20させる。
だけど、僕の【生命力強化Ⅰ】は×20。
今、ガランドさんの生命力は「3」から「60」に上がっている。防具のダメージカット率もあわせて、ゴブリンくらいの攻撃ではびくともしないはず。
「……まさか、これはキミの付与術か!? デズモンドくん!?」
「はい! ガランドさんに生命力強化の付与術をかけました! 効果時間は数分程度ですが、ゴブリンの攻撃を無効化できるはずです! 切れ目なく付与術をかけるので、そのままゴブリンたちの攻撃を引き付けてください!」
「すんごっ! デズくんやるぅ!」
これでゴブリンの攻撃が僕たちに向くことはないだろう。
よし。お次は、アタッカーのふたりだ。
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