第25話 菩薩に代わってお仕置きじゃ
「三蔵! あたしの刀どこ」
沙羅が、己の細腰をパタパタ触って慌てている。
いつもならば、沙羅の後ろ腰には二振りの短刀がバッテンの形で納まっているのだが、今そこにあるのは鞘だけ。
そういえば、と玄奘は思い出す。
悟空が二本とも没収した後、玩具のように叩き合わせていた。
沙羅の枕元で会話していた時の事である。
玄奘は目だけを動かすと、沙羅を寝かせていた
間もなく、岩と筵の間に光るものを見つける。
取りに行けない距離ではない。
「ありました。投げるので受け取って下さい」
「分った。あいつらは任せなさい」
沙羅は言うやいなや、足元の石ころを二つ、つま先で上へ弾いた。それらを旋風脚 (回転飛び蹴り)で蹴り、金銀二人に向けて放つ。
「なんじゃあっ!?」
「石じゃ!」
金銀二人の注意が飛び石に集中した瞬間を見計らって、玄奘はダッと走った。
滑り込みで同然で沙羅の
目標とする沙羅はすでに、崖から降りた金角銀角と闘っていた。
金角銀角は太刀を抜いており、巨体の割に素早く小回りの効いた動きで沙羅に斬りかかっている。しかも二人は、風を利用して飛んでいた。
足元を除く縦横斜め全方角からの攻撃を受けている沙羅は、反撃する間を与えられず、回避と防御で精いっぱいの様子である。
「沙羅!」
玄奘は大声で呼ぶと、刀を振りかぶって投げた。
二振りの短刀は並んで回転しながら、真っ直ぐに持ち主の元へと飛んでゆく。
銀角の頭上を前回りに
『さあかかってこい』とばかりに睨みをきかせた双刀使いを前に、金角と銀角はお互い顔を見合わせると、何やら企むような笑みで頷き合った。
二人同時に、大刀を鞘に納める。
眉をひそめる沙羅の前で、金角が腰の
嫌な予感を覚えた玄奘は、沙羅の傍へと戻るべく走る。
金角が瓢箪の栓を抜き、口の部分を沙羅に向ける。
「しゃら」
と名前を呼んだ。
明らかに、よからぬ事を企んでいる顔つきである。
ダメだ。返事をしては。
玄奘は直感的に
「なによ」
と応えてしまう。
途端、金角に向かって風が吹き始めた。
否。これは、風が吹いているのではない。
吸い込んでいるのだ。あの瓢箪が。
一等強い力で吸引されていたのは、沙羅だった。初めのうちは、長い黒髪や着物の裾が瓢箪へと引かれていた程度だったが、あれよあれよという間に沙羅の両足が地面を離れ、体が浮く。
「あ、あら? あらあらあらっ!?」
足が離れれば、後はそのまま金角向けて突っ込むだけである。
沙羅は短刀を握りしめたまま、枯れ葉の如き無防備さで引きこまれてゆく。
しかし、寸での所で玄奘が沙羅を捕まえた。殆ど正面から体当たりするような格好で、沙羅の身を受け止めたのである。
沙羅のくびれ部分に両腕を回した玄奘は、恐ろしいほどの力でぐいぐいと引っ張られる沙羅の身を押し戻そうと、必至に両脚をふんばる。
金角と銀角が、愉快げな笑い声を上げた。
「おうおう。これは面白い事になったなあ金角」
「そうさなあ銀角。三蔵と女妖怪二人して盛り込まれるのもまたいいだろう」
盛り込まれる? あの小さな瓢箪に?
玄奘は信じられない思いで、一尺 (三十センチ)に満たない朱塗りの瓢箪を顧みた。
なるほど。『盛りくらべ』とは、名を呼び返事をさせた相手を吸い込むあの不思議な瓢箪を使った勝負だったらしい。
悟空はその勝負に勝ったというが――。
相手の手の内も読まず、軽率だった。何が何でも悟空を待つべきだった。
玄奘は心底後悔した。
瓢箪に吸い込まれたら、どうなるのかさえ分らないのだ。
「三蔵」
沙羅の声がした。いつもの気丈さは無く、心細げである。
『大丈夫絶対に離しはしない』
玄奘は沙羅を励ますつもりで腰に巻きつけた両腕に力を込めると、ぎゅっと両目をつぶった。
その時、「おっしょさーん」と遠くの方で呼び声が聞こえる。
薄眼を開けると、白馬が土埃を上げながらこちらに向かって走って来る姿が見えた。玉龍である。
玉龍の背には悟浄が乗っており、手綱を握っている。その後ろには八戒が。そして、玉龍の頭の上には、如意棒を担いだ悟空が器用に座っていた。
「師父! 今行きますぞー!」
悟浄だ。
希望の塊が馬に乗って走って来る。
玄奘は心の内で、仏に感謝の祈りを捧げた。
「金助銀助、このこわっぱども! この期に及んでまだおっしょさんに悪さしようってのか! 菩薩に代わってお仕置きじゃー!」
大きく開いた悟空の口から、鋭い牙がむき出しになった。
いつのも威勢の良い巻き舌が、更に迫力を増している。
これは派手なお仕置きになりそうだ。
玄奘は予感というよりも、確信を得ていた。
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