第79話 施設の申請書類
ジャングル内にある旅団基地の最高責任者は、旅団長であるサクラ大佐である。
当然、この基地にはサクラ大佐より上位者は存在しない。
しかし、サクラも人の子であり、頭の上がらない人はいる。
子供の頃より、ちょくちょく面倒を見てもらっていた父の右腕だったサカキ中佐などその典型である。
でも、サカキ中佐への感情には苦手という意識はない。
むしろ、甘えの感情すらある。そのためか、油断するとよく幼少の頃より慣れ親しんだ呼び方の『おじ様』と呼びかけてしまう。
しかし、同じ頭の上がらない人で、別の感情を持つ人もいる。しかも、この基地にだ。
つまり、苦手意識の感情を持ってしまう人が居る。
それは、誰かというとドック ヤールセン少佐である。
彼は、サクラやレイラが入隊前の士官学校当時、彼女たちの指導教官を卒業まで努め、彼女たちを厳しく指導してきた。
その上、入隊後にも、次々に彼女たちの下に配属されてくる新兵や新任士官の教育の相談にも乗ってもらっていた。
この相談が、また厳しく、何かとよく怒られてきた。
そのため、サクラだけではなくレイラにとっても、彼ドック ヤールセン少佐は頭が上がらないだけではなく、なんとなく苦手意識をもってしまう相手であった。
これは、彼女たちだけの責任ではなく、彼、ドック ヤールセン少佐にも責任がある。
彼は、何かと面倒見がよく、彼の元を巣立った教え子にはいつでも愛情を持って厳しく指導してきた。
そのため、教え子たちからの感情としては2分される。
彼を盲目的に慕っているグループと嫌ってはいないがどうしても苦手意識を持ってしまうグループである。
特に優秀な人などは後者に分類される人が多い。
当然、サクラやレイラは後者である。
そんな彼が大股でサクラたちが詰めている司令部までやってきた。
「お~い,サクラ…大佐」
司令部の空気が一瞬で変わった。
緊張感が走る。
最高位のサクラ旅団長を、危うく呼び捨てにするところだったのであるから当然とも言える。
サクラも彼の存在に気がついて、思わず顔をしかめる。
彼の目的がなんとなく分かるからであった。
彼には、先の人事の大変革で最大数の新兵を預けて大隊を形成してもらった。
当然、士官や下士官、ベテランの兵士が不足してかなりいびつな大隊となっている。
士官や下士官は花園連隊の人事をやりくりし、どうにか必要最低限の人材を預けているが、ベテランの兵士となると全く目処が立っていない。
そんな、難しい役目をお願いしているのだから、今回の司令部訪問の目的が、その新兵の育成に関することだと容易に想像がつく。
「レイラ、レイラ。私、苦手なのよね。一生のお願い、要件を聞いて対処してくれないかな」
「ブル、何言っているのよ。基地の最高責任者はあなたなんだから、あなたの責任でしょ」
「建前言ってないで、お願い助けて」
「本音でもダメ、ブルも知っているでしょ。私も大の苦手なのよね。以前、部下を失ったときにかなりこっぴどく叱られたのよ。私が悪いんだから、叱られることには納得しているし、正直落ち込んでいた私からしたらかなり助けられたわよ。でも、在学当時からかなり叱られていたせいか、正直苦手なのは変わらないのよ。私は、関わりたくないから、見回りでも行ってくるわ」
「いいわよ。それじゃ~、相手は私がするから。でも、あなたも付き合いなさい。逃がさないわよ。必要なら旅団長命令でも出すから」
「わかったわよ、大げさにしないで。付き合うから。マーガレット、彼を応接に案内して、私たちも行くから」
「分かりました、レイラ中佐。ドック少佐、お話は応接でお伺いいたします。こちらにどうぞ」
「お~、悪いな、急に来て、直ぐに話を聞いてもらって。助かるよ」
マーガレットが、ドック ヤールセン少佐を隣にある応接室に案内した。
「それじゃ~、覚悟を決めて行きますか」と、サクラとレイラは気合をいれて応接に向かった。
サクラには負い目がある。
この基地に赴任してからというもの、全てが後手にまわり、新兵1000名を預けられていながら、基地の整備に手を取られ、新兵の面倒を全く見ていない。
先日行った人事の改変でどうにか新兵の配属先をあてがったが、サクラにはそれが限界だった。
しかし、基地のすべての責任はサクラが負うことになるので、当然配属された新兵の面倒もそれに含まれる。
けれどもその多くを、ドック少佐に丸投げして、経過についての確認すら怠っていたのだ。
その件で怒られるのではないかと戦々恐々とした気持ちで、応接室に入った。
ドック少佐からは、配属されてきた新兵の練度などの報告を聞いた後、訓練方法についての悩みを聞いた。
どこも同じ悩みを持っていた。
基地内でできる訓練には限りがあり、同じ訓練ばかりでモチベーションの維持が難しくなってきている。
しかし、だからといっていきなりの実践訓練となると、場所柄ジャングルでとなってしまい、今の練度で新兵をジャングルでの実践訓練に出すのには勇気がいる。
ぶっちゃけ、訓練で損耗が出るレベルだ。
ヤールセン少佐が、そんな悩みを抱えて基地内を歩いている時に、新たな訓練施設を見つけたので、新兵に利用できないかサクラに相談(お願い)に来たのだった。
「訓練施設???レイラ、この基地にそんな洒落たものあったかしら?」
「この基地に、ほとんどまともな施設がなかったのは、一番最初に確認しているわ。訓練で利用できるようなものはなかったわよ」
「あなたたちは、何か知っている?」と、傍に控えているマーガレットとクリリンにサクラは聞いた。
マーガレットは知らないと首を横に振っていたが、クリリンは、「あの~、昨日、工兵中隊のシノブ大尉がサカキ中佐のところに新たな施設建設の書類を持ってきましたので、それではないでしょうか?」と答えた。
「今朝、サカキ中佐から上がってきた書類に入っているのかしら?緊急案件はないとのことだから、まだ、目を通してないのだけれど。クリリン、悪いけど、未処理箱に入っている書類を持ってきて」
「分かりました」
直ぐに大量の書類が応接室に持ち込まれた。
「レイラ手伝って。あなたたちもこの中から、それらしい書類を手分けして探して頂戴」
4人で手分けしたので、該当書類は直ぐに見つかった。
そこには、ただ訓練施設の建設としかなかった。
有りものだけで作られたようで、予算関連の処置も必要がなく、ほっとくと1ヶ月は日の目を見ない書類の類だった。
「何、これじゃわからないわ」
「オイオイ、俺は、その訓練施設が使いたいだけだ。何やっているんだ」
「少佐、この基地は、ゴタゴタが続き、施設の整備が追いついていません。手分けして色々作ってはいるのですが、自分たちで出来る範囲で全隊員に創意工夫を認め、自分たちで出来ることをすることを推奨していました。しかし、工兵と一部隊員に、我々の予想を斜め上に簡単に超えてしまうものがいるため、こちらが認識する前に色々なものが作られてしまうのです。今、みなさんが住んでいる営舎も最初はその一つでした。そろそろ、その手綱を締めようかと考えていますが、少佐の見た訓練施設も多分その一つだと思います。書類には名前がありませんでしたが、絶対にあいつが関わっていますので、現場に行って確認します。ご一緒しますか?」
「使えるようになるのなら、どこでも行くぞ」
「クリリン、付いてきて、現場に行くわよ」
サクラとレイラそれにクリリンは、ヤールセン少佐を連れて訓練施設のある現場に向かった。
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