第29階 破竹の勢い

 

 なんでもないいつもの日常。

 窓を覗けば少しだけ雲がかった太陽が時折光をこぼす。

 

 朝方、ダンジョンの様子を眺めていたゼノは遅めの朝食を平らげて横になった。

 昼までたっぷりと寝ていたゼノは突如エアリスにたたき起こされ、慌ただしく戦いの準備を始める。

 

「クラリス、状況は?」

「マスター。現在、8名より構成される強力なパーティによって急速に攻略を進められています」

「やべぇぞ、もう半分だ」


 モニターに映されているのはスライムキングと対峙する8人の姿。

 

「ここまでどれくらいで来た?」

「およそ20分といったところでしょうか。既にダンジョン内の構造を把握している者がいるのでしょう。走り抜けてきたようです」

「50分で20階……早すぎる」


 スライムキングが、巨大な火の球を雨のように浴びせる。

 しかし、挑戦者達に届くまでにまるで見えない何かに阻まれるように、かき消されていく。


 続いて、はるか高くまで跳躍したスライムキングはその巨体をしっかりと挑戦者達へ叩きつけた。

 その場でスライムキングは動きを止め、1秒、2秒と時間が経ち、突如その巨体は爆ぜた。

 

「一撃かよ……」

「どうしよう……」


 見ていた所、大きな槍斧をもった女性が一振りでスライムキングを倒してしまったようだ。

 なんでもないとばかりにパーティは攻略を再開する。


「とりあえずダンジョンを拡張しよう」


 あのパーティがダンジョンに入った瞬間、魔本の位はⅢへ上がった。

 喜ばしいことではあるけれど、それだけあのパーティが強力な力を秘めているということの証明にもなっている。

 時間稼ぎにしかならないだろうけど、作戦を立てる時間を稼ぎたい。

 

【Ⅲ召喚可能追加モンスター】

 ・レイス 迷宮指数:210

 ・鬼火 迷宮指数:130

 ・ゴースト 迷宮指数:230

 ・マミー 迷宮指数:250

 ・ゾンビ 迷宮指数:280

 ・マタンゴ 迷宮指数:180

 ・ホブゴブリン 迷宮指数:370

 ・猫又 迷宮指数:250

 ・野狐 迷宮指数:260

 ・リッチ 迷宮指数:2,200

 

【Ⅲ召喚可能追加アイテム】

 ・イエローポーション

 疲労回復に効果がある。

 飲むことで一時的に活力がみなぎる。

 ・小さなマジックバッグ

 見た目以上に物が入る魔法のバッグ。

 ・マナリング

 身に着けることで魔力の回復を早める魔法の指輪。

 ・魔集香

 焚くことによってモンスターを集めることができる。

 ・小魔水晶

 魔力をため込み、魔法の消費魔力を肩代わりさせることができる小さな水晶。使うと砕け散る。


「階層を60階まで追加、ボス部屋にはリッチを登録。ホブゴブリン、野狐以外のモンスターを階層に配置しよう」

「もう24階登ってきやがる、ここまでくるのも時間の問題だな」


 それでもマナには多少余裕はある。マナの入場料を増やしたおかげで貯蔵は十分だ。


「ホブゴブリンを近くに召喚して試してみよう」


 新しいモンスターの戦闘力を試そうと、彼らの進行ルートになるであろう曲がり角にホブゴブリンを3体配置する。

 そして、曲がり角に彼らが差し掛かった瞬間ホブゴブリンは消し炭に変わった。

 

「なんとなくそうなると思った」

「じゃあなんでやったんだよ……」


 エアリスが呆れている。

 

 このパーティがダンジョンを登るごとにその強さが浮き彫りになっていく。

 正直、もうどうしようもないし彼らがボス部屋にたどり着くまで待つしかない。

 ダンジョン攻略の障害として妥当性のある対処法を考えても、あまり良い案は思いつかない。

 

 そうこうしているうちに攻略パーティは28階を通過。

 既に29階も半分ほど走破している。


 顔に疲労の色は見えず、全てのモンスターは一撃で葬られる。

 奇襲も、数で押しても意味はなくペースが乱れることはない。


「これは……60階もだめかもしれない」


 弱気のゼノ、その背中をエアリスがばさばさと翼で軽く叩く。


「大丈夫だろ、私たちがいるんだから全力で守るって」

「エアリスが優しい……やっぱりだめなのかも」

「お前、失礼だな」


 笑顔で肩を組み、そのままじわじわと首を絞めるエアリス。

 く、苦しい……。


 ドライアドがパーティに混じろうと化けても、何かしらの判別方法があるのか一瞬で見破られてしまう。

 アルラウネの花魔法もエルフの小さい方にあっさりと燃やされ、ミミックに関しては宝箱が無視されるせいで空気である。

 

 「お、40階で戦うみたいだな」

 「……アラクネは?」


 40階層でボスとして待ち構えているはずのアラクネがいない。

 ただただ広いだけの部屋で困惑するパーティと、そのはるか頭上でアラクネがいないことに困惑するゼノ達。

 繭や子蜘蛛が天井や壁に張り付いてはいるが、何をするわけでもなくただひっそりと佇んでいる。


「マスター、ここをご覧ください」


 クラリスが指さされるままモニターを見ると、39階の小さな部屋でのんびりとうたた寝しているアラクネがいた。

 そしてパーティは何の障害もなく、41階への階段を登ってしまう。


「これは、どういうこと?」

「おそらくは……子蜘蛛の偵察によって挑戦者の強さを知ったアラクネが逃げ出したのでしょう」

「それは……ありなの?」

「いや、なしだろ」


 エアリスは苦笑を浮かべ、クラリスは目元を片手で覆っている。

 頭を抱えるクラリスなんて初めて見た。

 

 新しい階層も攻略が始まっていた。

 41階層から上はゾンビが徘徊し、鬼火が漂うアンデッド達が集められたホラーチックな階層になっている。

 一応、明かりを減らして松明を使うような薄暗さにしてはいるけれど……。


「魔法で隅々まで明るく照らされていますね」

「そんな魔法あるんだ……松明いらないね」

「いや、今回の奴らが異常なだけだと思うんだが」

 

 強力な光の球が、彼らの前後を照らしている。

 松明よりも断然に明るい。

 

 それに説明文を読む限り、アンデッドには打撃が通りづらいはずなんだけど。


「ゾンビからマミー、鬼火まで、全部一振りで倒してやがる……」

「この拳でなぎ倒していく、この男の人……男?動きは女性っぽいけど……」


 謎は謎を呼ぶばかりである。

 

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