第20階 交渉
バルグンに案内された地下の鍛冶場。
円柱状にくり抜かれた地下の空間にある中央で轟轟と音を立てる猛火。
火は分厚い石で囲まれ、あえて作られたその隙間にドワーフたちが様々な鉱石を入れては、傍に置かれた金床の上で大槌や小槌を使って叩いていた。
「いつまで待ってりゃいいんだよ~」
「あともうちょっとで来るんじゃないかな」
「それさっきも言ってたじゃねーかクソマス~」
熱気に包まれながら鉄を打つ半裸のドワーフたちを尻目に、住居と同じく壁に穴を掘って作られた休憩室。
位置的にも火事場からは少し離れたこの部屋は、外に比べればいくらか涼しい。
地面に引かれた絨毯にゼノは座っていたが、待つことに飽きたエアリスは隅まで移動して寝転がりながら羽を繕い始めていた。
「すまんね、待たせちまった」
ノックもなく入ってきたのはバルグンだった。
さらにその後ろから、もう一人短い赤髪の女の子が入ってくる。
「おぅ!こいつらか。変な客ってのは」
背丈はバルグンよりは高く、ゼノより小さい。
身につけている物は額と胸に巻いた布と、下は裾幅の広いズボンを履いているだけだ。健康的にこんがりと焼けた肌が見える。
肩に担いでいた大槌を壁に立てかけたその女の子は、ずかずかとバルグンを追い抜いてゼノの前に胡坐をかいた。
「バルグン……この子は?」
「おいおい、人間のガキがこの子とは言ってくれるじゃねぇか」
バルグンに劣らずガハハと豪快に笑う彼女。
そんな様子をみてゼノはバルグンに説明を促す視線を送った。
「うむ、彼女はカルトナじゃ。優秀な鍛冶師であり、このドワーフ族をまとめ上げる里長でもある」
「里長……この子が?」
カルトナの体つきは確かに筋肉質だ、さっきの大槌の扱いも手慣れていた。
バルグンは2人から少し外れた場所に座り、3人はみつがなえに向かい合う。
「で? わざわざ人間がこんな辺鄙なとこまで訪ねてきたんだ。観光ってわけじゃねぇんだろ?」
「僕はゼノ。お願いがあってきた」
「お願い?」
肘を膝に当て、前かがみになって顎に手を置くカルトナ。
下から覗き込む彼女の|翡翠≪ひすい≫色の瞳は威圧感があり、率いる者としての格があるように感じた。
「僕達は優秀な鍛冶師が欲しいんだ」
「ダメだな。却下だ」
まるでこの問答が想定できていたかのように、間髪入れずに答えるカルトナ。
詳しい内容を聞かずに突っぱねる辺り、何かあるのかもと考えたゼノはさらに質問を重ねる。
「なんで?」
「なんでって……うちの技術はそう簡単に安売りできるじゃねぇのさ。それに今はちと問題もあってな」
「問題?聞いてもいいかな」
頬を書いてバルグンと目を合わせるカルトナ。
会話の空白は一瞬だけで、すぐにカルトナは話し始めた。
「どこから話すかな……ドワーフってのは昔から鉄を打ってる種族でな。良いモノを打つことができれば、それがそのままそのドワーフの格といえるんだ」
「なるほど、鍛冶が上手いほど認められるんだ」
「まぁ、間違ってないな。だが最近、若いモンが出来の良いモノを打てなくなっちまったんだ」
頭の痛い問題だぜ。とカルトナは頭をくしゃくしゃに掻いた。
「やる気の問題とか?」
「やる気云々の問題じゃねぇ。鉄だよ、鉱石が手に入らないのさ」
「鉄ねぇ……」
鉄、となると鉱山かな。
確かに、ドワーフはつるはしを持って鉱山で掘ってるイメージもあるね。
「俺達は作った物を売って生きてる。売るからにはドワーフの名に懸けて最高の物を作りたい」
「だから若手じゃなくて打ち慣れたドワーフに仕事が回るってこと?」
「そういうことだ。一応練習用の鉄も定期的に振り分けてはいるんだが、どうも最近はより鉄が採りづらくなってな……」
練習用の鉄も、多くは割けないと。
結果、若手のドワーフは鉄を打つ機会が無くなってしまってるってことかな。
「いつも使ってる坑道はもう鉄が採れない。鉄の鉱脈が尽きかけてんだ」
「なら別の鉱山に行けばいいんじゃない?無いなら作れば」
「そう簡単に言うけどな……今はもう金を回すので精一杯で、鉱脈を見つける時間も新しく坑道を造る金もないのさ」
つまり、資金繰りは限界ギリギリってことか。
お金が無いなら坑道を作ればと思ったけど、そう簡単じゃないんだね。
「鉄だけ買うってのはどうなの?」
「確かにそれは可能だ。というか、実際に買ったこともある」
あ、鉄は買ったんだ。
「結果、質の悪い鉄だけを集めてきて売りつけようとしてきやがったのさ。なんならただの石ころでカサ増しされることもあった」
「うわ、それは酷いね」
「その契約は違約金払ってなんとか取り消してもらったけどな」
そりゃ鉄も買わなくなるわけだ。
代わりの交渉人を間に立たせようにも、それも無料じゃないだろうし。
商売に疎いドワーフは良いカモなんだろう。
「まぁ、坑道が無いわけじゃないんだが……」
「あるの?」
「あぁ。今使ってるモノより、もっと大きな鉱脈に繋がった坑道はあるんだ。そっちなら色々な金属の鉱脈も繋がってんだが」
そこさえ掘れれば金属なんていくらでも手に入るってこと?
でも、この状況で使ってないってことは何かしら問題があるんだろうな。
「ちょっと坑道を広げ過ぎたせいで、おっかねぇバケモンが住み着いた場所に繋がっちまったのさ」
「バケモン?」
「ドラゴンさ、それも並みじゃねぇ。特異的な進化をしたドラゴン」
「……へぇ」
ドラゴンね……まだ見たことないな。
「本来、ドラゴンは見つかれば国が討伐や撃退を請け負ってくれるんだが、最近はこんな山奥でも聞こえてくるほどごたごた続き」
「国もドラゴン討伐に消極的でな……様子見で結論が出たのじゃ」
この世界のドラゴンって羽とか生えてるのかな?見てみたいな。
エアリスもいるし、最悪逃げれば何とかなると思う。
既に話を半分聞いていないゼノ。
初めてのドラゴンの姿に想像を膨らませる。
「そのドラゴンがいる坑道っていうのはどこにあるの?」
「ん?坑道はこっからそう遠くねぇ、北に山を登った場所……お前まさか」
「興味がわいたから、覗いてみることにするよ」
驚きの表情でゼノを見るバルグンと、目を細め探るようにゼノの目を見つめるカルトナ。
「……死ぬぞ?」
「死なないよ、まだやることがあるから。それに、仮にその問題が解決したらウチで何人かドワーフに働いてもらいたい」
「お前さん、倒すつもりか!? そりゃ無茶ってもんじゃぞ」
「バルグン、黙ってな……いいね、もし坑道を使えるようにしてくれるってんなら有難い話だ。その条件飲んでやるよ」
良かった。ドラゴンさえ何とかすれば働いてもらえるみたいだ。
倒さなくても追っ払うぐらいならエアリスができるかもしれない。
「それであんたたちが死んでも、こっちには関係のない話だろう?」
「うん。僕たちが勝手に行くだけだから」
「……バルグン、近くまでは案内してやれ」
「ん?むぅ、そうじゃな」
話しが終わると、挨拶もそこそこにカルトナは大槌を担いで出て行ってしまった。
それでも案内人がついてくれたのは嬉しいな。
「また案内よろしくね、バルグン」
「うむ、よろしくのう。ゼノ」
そういえば随分静かだなと、ゼノがエアリスを探すと隅っこで丸まって眠っていた。
自由だな。
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