第15階 戦いの準備


「あんた、名前は?」

「……ゼノ」

「そ、あたしマリル。はい、じゃあこれ背負って」

「これは何?」


 一瞬で終わった自己紹介と共に、渡されたのは丁寧に作られた大きな皮袋。中には何も入っていない。

 ゼノの言葉にきょとんとした顔でマリルは首を傾げた。

 

「何って、決まってるでしょ? 荷物持ちなんだからもってなさいよ」

「傍若無人……」


 ぼそっと呟いたゼノの言葉は幸いにもマリルの耳には届かなかったようで、スタスタと歩いて行ってしまう。

 袋を投げ捨てて逃げようか。と考えている間に、付いてきていないゼノに気が付いたマリルが戻ってきた。


「何してんのよ。はやく行くわよ」

「え? あ、ちょ」


 マリルは強引にゼノの右手を引いて歩きだす。

 最初はよろめいたゼノも体勢を立て直し、マリルのすぐ後ろで手を引かれながら付いていく。

 

「まずはポーションとかいう、傷薬を買いに行くわ」

 

 どうやら、今からポーションを買いに行くつもりらしい。

 口ぶりからしてダンジョンに関してはあまり詳しくはないみたいだ。

 ポーションについても傷を治す程度しか知らないらしい。


 どこへ向かうつもりなのか、わからないがとりあえずマリルの好きなようにさせようとゼノは口を閉じた。

 

「お嬢ちゃん、ポーションを探してんのかい?」


 突然、道端で露店を開いている若い男の商人の一人が声を掛けてきた。

 口元に赤い布を巻き、小さく出来の悪い椅子に腰かけている。

 ポーションを買いに行く話をどうやら聞かれていたようだ。


「えぇそうよ。傷が治るとかいうポーションが欲しいの」

「やっぱりそうかい、そうじゃないかと思ったんだ。ポーションならあるぜ」

「ホント!?」

「あぁ、たっぷりとな……」


 商人が人目を隠すように椅子の裏に置いていた木箱の中から小瓶をいくつも取り出す。

 中に入った液体の色は赤、青の2つだ。

 

「赤が傷を治し、青が魔力を補充する。安くしとくぜ?」

「じゃあ、赤いポーションをあるだけ全部「ちょっと、待ってよ」」


 今まさに懐からお金を取り出そうとしているマリルを制し、ゼノが横から口を出す。

 舌打ちをする商人は不機嫌を隠そうともせず、ゼノを睨みつけた。


「ちょっとゼノ? なにしてんのよ」

「……えっと。それ、ポーションじゃないよね?」

「は? 何言いやがる、これは間違いなくポーションだぜ」


 キョトンとしたマリル。一見、落ち着いているように見える商人の視線が不自然に揺れる。

 さらに一歩踏み込んだゼノは、商人が持っていたポーションをまじまじと観察する。

 

「色が薄い……よ? 本物はもっと濃い色をしてると思う」

「言いがかりはよしな。これは間違いなくポーションだ」

「なら聞いてみる?」

「あ?」


 ゼノは冒険者ギルドがある方角を、商人から視線を逸らさずに指さした。


「冒険者ギルドの買い取り担当に顔を知ってる人がいるから。今から来てもらって、見てもらうのはどうかな?」

「何言ってやがる、これはポーションだぜ? 時間の無駄だ」

「それはあなたがポーションと言ってるだけだよ」

「……ふん。そこまで言われちゃ気分が悪いな。この話は無しだ」

 

 そう言ってそそくさとポーションを木箱に戻そうとしたところで、話を聞いていたマリルが突然商人の胸倉を掴み、捻り上げた。

 首が締まり、苦しそうに藻掻く商人が暴れてもマリルはびくともしない。

 

「あんた、騙そうとしたの? あたしを?」

「うぐっ!? い、いやっ! そういうわけじゃ」

「そう、どうでもいいけど。あたし、舐められるのってすっごく嫌いなの」


 マリルが手を離した瞬間に剣の柄に手を伸ばし、そのまま腹へ向けて鞘のついた剣でぶん殴る。

 背後にあった建物の壁に強く叩きつけられた商人は這いつくばって悶えている。


「……怖い」

「ゼノ、なんか言った?」

「なんでもない」


 そう。と一言残して剣を腰に戻したマリル。

 冒険者ギルドなら間違いなくポーションを買えるだろうと言うゼノの言葉にマリルはすぐさま冒険者ギルドへ向けて歩き出した。


「その……ポーションでも飲めば治るんじゃない?」

 

 当たり所が良くなかったのか、いまだに涙目でのたうち回る商人。

 ゼノは先に行ってしまったマリルを急いで追いかけ、横に並ぶ。

 

「意外と顔が広いのね。ギルド職員に知り合いがいるの?」

「いや、"顔を知ってる"だけ。前にポーションを買い取ってもらったことがあるから」

「……あんた、小賢しいわね」

「そうかな……そうなのかも」

「誉めてんのよ」

 

 呆れ顔のマリルだが、あっさり詐欺商品を掴まされそうになった事実から、マリルはゼノに欲しいアイテムを伝えて集めてもらうことにしたようだ。

 欲しいアイテムを全て聞き終えたゼノは、それらの品が全て冒険者ギルドで変えるものだとマリルに伝える。


 冒険者ギルドで販売しているアイテムを、2人は長蛇の列に並んで買い漁り、全ての品を買い終えた頃には空はすっかり暗くなっていた。

 マリルから受けとった多くのお金を全て使い切り、バッグをいっぱいにしたゼノはギルドの外で待っていたマリルの元へ向かう。

 

「はい、お金全部使って何とか買えたよ」

「そう……ところで、あんた泊まってるとこあるの?」

「いや、ないけど」


 ダンジョンが家と言えるゼノにとって、わざわざ宿をとる必要はない。

 言いたいことがあるのか口を開いては閉じを繰り返すマリルに、ゼノが訝し気に話を促した。


「なにさ」

「その……ね。宿、取ってなくて……」

「う、うん……それで?」

「……お金をちょっと貸してほしいなーって」

 

 ……え、僕が払うの?

 驚き、見つめるゼノに居心地が悪いのか目線を逸らすマリル。

 

「うん、まぁ……いいよ。どこの宿?」

「えっとね、こっち」


 急にしおらしくなったマリル。

 最初からこうなら良かったのになぁと思いながら、ゼノはマリルと共に宿に入った。

 

「いらっしゃい、泊まるのかい?」

「えーっと、部屋2つ借りたいです」

「部屋2つね、丁度空いてるよ」


 入り口で受付をしている中年の女性が気楽に挨拶を投げかける。

 そして部屋1つ分の金額に、ゼノは目を疑った。

 提示された金額は、赤ポーションおよそ20本分である。

 

「え……えぇ? 高すぎない!?」

「分かってないねぇ、ここは明日どうなるかもわからない場所なんだよ? そりゃちょっとぐらい高くはなるさ」

「ちょっと……?」


 びた一文負ける気はないと、女性の態度から見て取れるゼノは苦い顔をしてマリルへ向きなおる。


「無理、2部屋分もお金ない」

「……1部屋なら借りれるの?」

「それなら借りられるけど……?」

「じゃあ1部屋でいいわ」


 そう言ってマリルは戸惑うゼノを押し切り、部屋を1つだけ借りた。

 部屋の代金を支払い、ゼノは部屋へ向かうマリルはすでに1人用のベッドに飛び込んで横になっていた。

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