第8話 こちとら化かすのと誑かすのは本業なんだよ



 ◇



「オウ! さすが繁華街。野次馬たっぷりでSNSの更新が早いね。『火の手がないのに大火事騒ぎ』『謎の火事騒動で消防車めっちゃきてて草』『なんか集団幻覚っぽくてこわい』『よくない噂ある店らしいから薬キメるパーティーだった可能性』……言いたい放題、にぎやかダヨ!」

「真偽不明だというのに、無責任によくさえずる」


 携帯片手に声を踊らせる赤毛の青年へ、向かいに腰かける銀色の髪が笑う。その身をもたせかける椅子は、ベルベットか革張りかという優雅さだが、なんてことはない、ちょっとくたびれたただのファミレスのソファだ。

 夕飯時はとうにすぎ、もうだいぶ夜も更けた。客もまばらな店内は、立地に見合わぬゆったりとした静けさがあった。携帯のうちで虚実混じった情報が飛び交う、偽火事現場の近くだとは思えない。


 そこへ、来店を告げる入り口の愉快な機械音が響きわたった。忙しなく、どこか苛立たしげに入り込んできた人物が、ぐるりと店内を見渡し、狐たちの姿を目に止めて眉をつり上げる。

 蜜色の長い髪をなびかせて、ずかずかと大股に通路を突っ切ると、そっと奥につめた狐の隣に彼はどかっと腰をおろした。そう、――だ。


「なんで俺だけこんな過重労働なんだよ」

 不満たっぷりにしかめる顔の美しさは化けていた美女そのままだが、声音も体躯も間違いようなく、男のそれに戻っていた。服装も、あの煽情的なドレス姿ではなく、場所柄よろしくジャージ姿だ。


「クリームソーダまで頼んでおいて文句をたれるな」

「嫌がるわりに狸の接客美女モード、気合い入っててすごかったヨォ!」

「こちとら化かすのと誑かすのは本業なんだよ。やるからにはプライドがある」

「でも、狐はぜんぜん別人になってたのに、狸は顔はわりとそのままだったヨネ。なんでそこは手を抜いたんダイ?」

「別に手は抜いてない。美人に化けるのに、わざわざ顔面作り変える必要がないでしょ」

「ワァオ! 絶対的自信! スキ!」

「構わないが、それで足がついたりしなければいいがな。まあ……そうなった場合は、相応の報酬でよいように計らってやる」

「いらないよ。性別違ってるんだから平気だろ」

 鬱陶しげに言い寄る狐を狸は手で払う。


「たしかに、首から下が違うだけで、かなり雰囲気が変わるヨネー。ストーカー陰険狐の手助けは不要ダヨー」

「で、首から下といえば、そっちはどうだったの?」

 ぴかぴか笑顔の無礼千万発言へ狐が舌打ちをしたのに重ねて、狸が問う。

「ふたりして、ただ単に酒飲んでただけじゃないでしょ」


 狸が衣服をより華やかな借りものに改めて他の席についた時、すでに彼らのデーブルは女性へも黒服へも高級ボトルの大判振る舞いで、たいそう賑やかだった。かなり酔いが回った者もおり、楽しさに気がゆるんで、いかにもうっかり内緒ごとを口に滑らせかねない空気が満ちていた。


「当然だ。奴らが知る限りの情報は、あらかた聞きだせた」

「酒に弱いのは神も妖怪も人間も関係ないってね。ま、おかげで火事騒動も簡単だったし。いいんだけどさ」


 夜の帳のうちで、化けて騙すという段階を踏み、酒を注ぐ。手本のように条件を満たしたおかげで、狸が相手をしていた男は、簡単に火事の幻覚に飲まれてくれた。そこから伝播した不安と動揺で、さらに他の者たちも同じ幻術のうちに引きずり込んだわけだが、酔っていた者ばかりだったのが狸の仕事を楽にしてくれたわけだ。


「ところでキミたち、そんなあけっぴろげに話してて平気なのカイ?」

 狸の口から火事騒動とこぼれたあたりでやって来た店員が、アイスココアの注文とともに去っていくのを見送って青年が問う。


「問題ない。簡易な結界を張ってある。私たちの会話内容は、適当に当たり障りのないものに変換されている。昼と違って夜は規制が薄いからな」

「オウ、便利! 夜にモンスターが動きたがる気持ちが分かってきたヨ~」

「平気な顔してこっちの感覚に馴染んでくるなよ、人間。元の世界に戻りたがれ。化け物側に染まることにもっと恐怖しろ。そしてそのたれ目を潤ませろ」

「最後化け物的には絶対いらないご注文入ったヨ~」

「お前、まだこいつに『はわわわわぁ』チャンスを狙ってるのか?」

「首から上だけなら、ほんと、『はわわわわぁ』顔だと思うのに……!」


 呆れきった狐に、まったくもって往生際悪く狸は悔しげに机をたたく。当の青年は、そのしぶとさをけらけら笑うばかりだ。ぜんぜん、たれ目が畏怖に歪み潤む気配はない。

 客の少なさからさっさと運ばれてきたココアのストローを噛み噛みしつつ、狸は恨めしそうにたれ目たちを見やった。

「それで、そっちが聞いたのはどんな話だったわけ?」


「いろいろ仲良くしてた連中だからな。酒の肴にそれなりに踏み込んだ内容が流れていたようで、興味深いことが聞けた。例の宝石強盗、裏で組が手を引いての犯行かと思っていたが、勝手に名を出してバイトどもを脅してしていたうえ、宝石だけでは飽き足らず、事務所金庫の金も盗んで失踪していたらしい。例の首なしと、そいつの弟分がな」


「で、上手くギャングたちの手を逃げてたらしいのに、彼が死体で見つかって、みんな驚いたそうダヨ! ケジメつけさせるまえに他の誰かにヤラレちゃったんダネ~。けど、デュラハンのブラザーはいまだ行方不明らしくてネ! こいつがトッテモあやしいヨ!」


「ふぅん……そこまでは俺がスタッフルームで聞いたのと同じだな」

 どこか得意げに狸は鼻を鳴らした。少し机に身を乗り出し、その切れ長の瞳で、ちらちらと狐と青年を見つめ上げる。

「じゃ、さ。その弟分と付き合ってる女があそこで働いてたのは聞いた?」


「ほぉ……いい情報だな」

「裏方スタッフの方が、客よりより口が軽くナル~」

 にやりと引かれた狐の笑みに、青年の踊る声音が重なった。

「俺がすぐに採用になったのも、ま、元から人手不足なのもあったんだろうけど、その弟分の彼女が無断欠勤中だったからみたい。火事騒ぎで人がいなくなった隙に、住所はスタッフルームのパソコンから従業員情報引っ張って調べておいたよ」


「ワァオ! 狸スパイ~!」

「ならば次はそこだな。弟分が兄貴殺しの犯人として、女のところに潜んでいてくれるのが一番話が早くていいが」

「そうなることを望もうか。いまからでも行く? マンション、近くだったよ」

 やる気が出たのか積極的に誘いかけて、狸は残ったココアを飲み干した。




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