第32話 YumeがHajiまる5秒前

 美咲の最初の結婚相手・小山こやまわたるの母方の親戚に、同級生の佐藤さとう華子はなこがいた。彼女とは中学を卒業と同時に疎遠になっていたけれど、親戚になったことがきっかけで同窓会を開催することになってから時々会うようになった。美咲が朋之と再婚して地元に戻り華子も大塚おおつか遥亮ようすけと結婚して隣県に移ったので会える頻度は低くなったけれど、十一月にできた週末の連休に華子が山口家に遊びに来た。ちなみに遥亮は裕人の高校時代の、朋之の大学時代の先輩のようで、三人で出掛けていった。

「美歌ちゃん大きくなったよなぁ。あんなちっちゃかったのに……」

 美歌は照れながら華子に挨拶し、飲み物とお菓子を持ってきた美咲の隣に座った。華子のことはなんとなく覚えているようで、すぐに慣れていた。

「ハナちゃんに言ったっけ? 美歌が森尾君とこの子と同じクラスって」

「あー、聞いた聞いた。びっくりやな」

 華子は森尾と中学では同じクラスにはならなかったけれど、小学校では一緒だった。森尾はわりと有名だったのでおそらく学年全員が知っていた。美咲も休み時間にときどき華子と話していたので、森尾の名前も出ていたかもしれない。

「俊君は──まっすぐ育ってほしいよな。森尾君て性格曲がってたやん?」

「うん。……美歌、俊君に嫌なことされてない?」

「え? いやなこと? ううん。シュンくん、やさしい。せんせえもやさしい」

 森尾が俊を連れて遊びに来たことは何度かあって、俊はいつも美歌と仲良くしていた。もしかすると森尾に何か言われているのか──と思ったけれど、気にしすぎだったらしい。夏休み前の懇談やえいこんとHarmonieの合同練習で篠山から美歌の学校での話を聞いていて、勉強も友達との付き合いも頑張っている、というのは信じて良いらしい。

「ところで……山口君、元気ないように見えたんやけど……何かあったん? 珍しいな?」

 華子は中学時代、朋之と同じクラスになったことがある。朋之は勉強中に休み時間とはまるで違う真面目な顔をすることがよくあったけれど落ち込んでいるところは見たことがないようで、それは美咲も同じだ。Harmonieに入ってからは、何度か見たけれど。

「──ハナちゃん鋭いよなぁ。実は……Harmonieの先生が来年の夏に引退するんやけど、後任の依頼が来てて」

「え? 山口君に?」

「断ってHarmonie解散するか、受けて続けるか……でも、そんな自信ない、って悩んでる。あと、えいこんも人数減ってきてて……。だからその相談を朝から篠山先生としてたんやけど」


 秋のコンサートの帰り、朋之は美咲にひとつの提案をした。けれど美咲はすぐに賛成はできなかった。

「悪くないとは思うけど……でも、それは……いろんな意味で辛くない?」

「まぁな……でも、俺には一人で引き継ぐのは無理やし、美咲もまだ忙しいし。それに……あいつには──佐方には何の未練もないし」

 彩加と朋之が高校時代に付き合っていた事実。それを初めて聞いたとき朋之は〝本当は美咲と付き合いたかった〟と言っていたし、美咲が航と離婚したあとに再婚を言い出したのも彼だ。彩加がどう思っているかはわからないけれど、朋之は本当に過去のことに出来ているらしい。

 美咲は朋之の考えにとりあえず賛成することにして、篠山には〝井庭の引退後のことで相談したい〟と連絡しておいた。えいこんの練習が始まる前に時間を取ってもらえた。

「どうするか決めたの?」

「俺はまだ、代表なんかできる状態じゃないから……でも解散はしたくなくて」

 朋之は言葉を切って、真剣な顔をした。

「だから、先生に教えてもらいたいんですけど」

「……井庭先生は? まだいてるでしょ?」

「夏までは井庭先生に教えてもらうけど、その後です」

「土曜日にうちと、日曜日にHarmonie……」

 週末が二日とも潰れてしまうな、と篠山は少し頭を抱えた。困ってはいるけれど、嬉しそうでもある。人数が減ってきているえいこんと、指導者がいないHarmonieだ。

「一緒にしたら楽やけどねぇ。メンバーはもちろんやけど、美咲ちゃんて彩加ちゃんと仲良かったやろ?」

「先生……うちと」

 美咲が言おうとすると、朋之が止めた。

「まだうちのメンバーには話してないんですけど……一緒に、しませんか? 定演だけじゃなくて」

「一緒に? ──合併するってこと?」

「はい。定演も何回か一緒にしてるし、合わんことはないと思うんですけど……」

 えいこんとHarmonieは年齢層が似ているので歌声も似ていた。えいこんはまた春に人数が減ると予想されているし、入団希望は今のところない。Harmonieは人数が多いので、朋之と篠山の二手に分かれて練習できる日が訪れるかもしれない。

 えいこんの練習開始時刻になり、篠山は初めにHarmonieとの合併案をメンバーに話してくれた。彩加は複雑そうな顔をしていたけれど、反対の声は上がらなかった。


「へぇ……。ところで美咲ちゃん──前の旦那さんのこと聞いた?」

「何を? ……ああ、聞いた。本人から」

 美咲が朋之と再婚して金銭的余裕ができて航からの養育費の振り込みは無くなったけれど、航の希望で美歌とは何度か会わせていた。初め美歌には〝美咲の友達〟と話していたけれど、美歌の誕生日プレゼントを毎年くれていることと三人の会話や様子から、美歌とも関係があると何となく気づいているらしい。

 けれど美歌に会うのも誕生日プレゼントもこれで最後にする、と航から一年前に言われた。航は数年前に再婚し、子供ができたらしい。美歌は航が父親だとはわかっていないけれどプレゼントを貰えなくなったことは少し悲しそうにしているので、もう少し大きくなってから真実を話す予定にしている。

「実はな──私も妊娠してん。やっと」

「おめでとう! あっ、それでカフェインめてたんや」

 華子の報告に美咲も嬉しくなった。美歌にも分かりやすく説明すると、友達ができる、と喜んでいた。

「どっちかなぁ、男の子か女の子か」

「私それは聞けへんことにしてん。生まれてからのお楽しみで。……美咲ちゃん……二人目は?」

「いやぁ、もう……しんどいわぁ……」

 欲しくないと言えば嘘になるけれど。

 美歌が小学生になって友達が遊びに来ることも増え、朋之もおそらくHarmonieで忙しくなるので美咲も手伝うつもりだ。一人でのんびり過ごす時間が欲しいので、特に考えていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る