第26話 懐かしさの理由
美咲はようやく学校が楽しくなって、侑子や裕人以外のクラスメイトに囲まれている日も増えた。三年が始まった頃に妙な懐かしさを感じていたのは、クラスメイトの四分の一が小学校六年のときのクラスメイトだったからだった。それは、クラスメイトの男子がふと気付いて叫んでいるのを耳にするまで、美咲も気付かなかったのだけれど。懐かしさはあったけれど初恋相手の松尾に全くときめかなかったように、他の生徒にもそれ以上の感情は湧かなかった。
それは確実に、危険物体たちに出会っていたからだ。彼らにはそんな変な名前をつけていたけれど、大体が成績優秀だったし、大体がまあまあな外見をしていたので目の保養にもなった。中には破壊大魔王のような、ただのやんちゃな人もいたけれど。美咲は侑子と二人でいるときはあまり話題にはしなかったけれど、考えているのはずっと彼らのことだった。もちろん、クラスで楽しいことが起これば、その話を続けていたけれど。
珍しく二人で笑いながら下駄箱に向かったのは、そんな頃だった。クラスのバカな男子が二人、目蓋に目の絵を描いて遊んでいた。目を閉じても目があるから寝ていてもバレない、というやつだ。授業中だったので先生は注意しに来たけれど、完成品を見て笑いが止まらなかったのは工程を見ていた美咲や侑子と同じだった。
「まだ笑い止まらんわ」
「マジックで描いてたから、消えへんやろなぁ」
カタッ──
「あっ、ごめんなさい」
何が起こったのか、一瞬わからなかった。
クラスメイトの菅本と湯浦が下駄箱の掃除をしながら遊んでいて、箒が美咲のほうに飛んできたらしい。
美咲には何の影響もなかったので、バカやってるな、と笑ってそのまま帰ろうとした。
「ごめんなさーい、おいユージ、謝れよ!」
菅本は妙に何度も謝っていたけれど、実際に箒を飛ばしたのは湯浦だったらしい。湯浦は笑うだけで何も言わず、美咲も謝罪を求めてはいなかったのでそのまま下駄箱を出た。
美咲は幼稚園の頃から湯浦を知っているけれど、彼のことはあまり記憶にない。一緒に遊んだことはないし、学校で仲良く話した記憶もない。三年になっても初めは全く接点がなかったし、単に懐かしさしか持っていなかった。
「男子ってバカよなぁ」
「うん。もうすぐテストやなぁ」
定期試験が近くなると、塾では対策授業に切り替わるわけで。
通常授業では席が決められていて男女まんべんなくバラけていたけれど、対策授業のときは当然固まってしまう。何度もやっていると座る場所も決まってきて、美咲はいつも黒板に向かって右側の前から三列目の壁側をキープしていた。三人掛けではあるけれど机はそれほど大きくないので、彩加とはいつも一つ空けていた。もちろん、人数が増えてくると三人で座ることもあったけれど。
美咲と彩加が早くに到着して自習していると、足音と話し声が聞こえてきた。
(あっ、危険物体登場……)
森尾や裕人、それから高井は普通に歩いていたけれど。
タタタタタタ……カタッ。
小走りにやって来て何人かを追い越して、美咲の後ろに陣取ったのは朋之だった。
彼の隣には男子生徒が座っていたけれど、それは危険物体ではなかった。朋之は単にその場所を取りたかったのか、それとも──。
江井中学の生徒は増え続けていたので教室も狭くなり、席を立つときはいつも苦労していた。壁側に座ると大抵、通路側の生徒にも立ってもらう必要があった。
「彩加ちゃん、ごめん、出たい」
休み時間に美咲は立ち上がろうとしたけれど、
ガッ──。
椅子は全く動かなかった。彩加は椅子の後ろに余裕があったのに。
(えええ……)
朋之が机を押していたようで、美咲の椅子との間に隙間はなかった。彼はまだ勉強していたので、下がってもらうようにお願いした。
そんなことが何度かあったから、美咲が彼のことを意識しなくなる日は全く来なかった。学校ではあまり見かけなかったけれど塾では必ず見かけたし、家の最寄駅は違うのに駅で見かけることもあった。
それでもやはり、彼との距離はあまり縮まなかった。
塾で授業がない日に彩加と二人で自習室に行っても、見かけるのはいつもスーパーハードの裕人だった。勉強中は話さないけれど、それ以外で見かけるとつい話しかけてしまう。もはや何かの縁があるのかと勝手に考えてしまう。
「なぁヒロ君、方べきの定理って何やっけ?」
学校で高井が裕人に聞いていた。
塾の数学で習った何かの決まりだ。
「方べきの定理……あったな。何やっけ……?」
「なぁ紀伊、方べきの定理って何?」
美咲は彼らの隣にいたので、高井の質問が聞こえたときから話を振られそうな気はしていた。だから記憶を手繰っていたけれど、残念ながら美咲にも思い出せなかった。ちなみに美咲はそれを帰宅してから調べ、大人になった今でもしっかり覚えている──残念ながら、使う機会は全くないけれど。
後期の選択授業で侑子は合唱になっていたけれど、あまり楽しそうではなかった。それは美術を選んだ美咲も同じだった。最初の授業を休んだからか完全に出遅れてしまい、同じ教室に友人はたくさんいたのに会話に入れなかった。
後期の選択授業が始まる前、美咲は高井に話しかけられた。
「合唱って男子おる?」
高井がそんなことを聞くのは、彼が後期に合唱だったからだ。
「前期はおらんかったけど、後期はおるらしいで」
けれどやはり高井もそれは嫌だったのか、しばらく一人で喚いていた。侑子によれば、後期は前期よりも流行曲を歌っていたらしい。
二学期の三者懇談の日、美咲は時間が早かったので母親が来るまで学校で待つことにした。選択授業の作品製作が遅れていたので美術室で作業していたけれど、つまらなくなったので教室に行った。
「こんにちはー」
「こんにちは……?」
なぜか挨拶をしてきたのは裕人だった。彼はもちろん午前中は授業を受けていたので、その日初めて会ったわけではない。裕人は菅本と一緒にいて、女子生徒が一人、漫画を読んでいた。
「紀伊さん、学校におったん?」
「うん」
裕人と菅本は特に深くは聞いてこようとせず、そのまま二人で話を続けていた。美咲は自分の席に座り、懇談が始まるまで冬休みの宿題をしていた。
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