第12話 隠れ身の術
クラスの男子たちは、相変わらずうるさくて。女子たちは、それよりは大人しかったけれど、他のクラスと比べると賑やかだったようで。
美咲と彩加は危険物体たちとの距離が近かったせいか、彼らに観察されていることも多かったらしい。特に美咲は破壊大魔王とは幼稚園から一緒だったので、同じ班になってからは話題にもされたらしい。塾に入ってすぐの頃に、裕人に『紀伊って頭良いん?』と聞いているのを聞いたことがある。裕人は『良いんちゃうか? 選Aやし』と言っていたけれど、彼らは歩きながらだったのでその後の展開は不明だ。
理科の授業で理科室にいたとき。
(ん? なんか変……うわっ!)
ガタッ!
「あーっ、紀伊、落ちたーっ!」
叫んだのは大魔王だった。
美咲が座っていた丸い椅子のネジが緩んでいたようで、座っていると完全に外れてしまった。椅子が落ちるのと美咲が落ちるのには時間差があり、その一瞬だけ美咲は浮いていたらしい。
「前も誰か落ちてたよなぁ。気つけなあかんな」
その日の昼休み、美咲と彩加は廊下と反対の窓際で話をしていた。侑子が遊びに来て裕人が塾の宿題をしているのも、他の男子たちが走り回っているのも、お馴染みの光景だった。
「大倉君ってあんまり暴れてないよなぁ」
「うん。よく奥田と何か壊してるけど」
「このクラスって賑やかやなぁ。ふわぁあ、眠たい。お昼ごはん食べたら眠いわぁ」
「今日どうする? 帰りホーキする?」
「侑子、今日は帰るわぁ」
「じゃ……直帰しよっか。たまには」
ホーキとは、かくれんぼのことだ。いつ始まったかは覚えていないけれど、美咲たちはたまに放送室でかくれんぼをしていた。なぜか物がたくさんあって、隠れる場所には困らなかった。隠れる時に電気をつけて探すときは消していて、足元が見えないので箒を杖代わりに使っていた。
三人でのんびり話をしていると、廊下で走り回っていた男子の一部が教室に入ってきた。それでも裕人が混じらなかったのは、よっぽど家で宿題をしたくなかったからだろうか。
タタタタタタ……
「隠れ身の術」
「は?」
「え?」
「ぅぉ?」
どこからかやって来た朋之が三人の輪に入り、何故かカーテンに包まっていた。
「いや、……見えてるし……」
朋之は塾でも頭が良いほうなのに、学校での行動がたまに理解できなかった。その日の放課後に美咲が放送室に行こうと一階の廊下を歩いていると、彼は職員室前廊下の掃除だったらしく、箒と一緒に滑って遊んでいるのを目撃してしまった。
次の日も、朝の担任の授業が始まって間もなく騒がしくなり、その方を見ると彼がなぜか鼻血を出していた。
「何したんよ……?」
「山口くーん、大丈夫? 保健室行っておいで」
担任は笑っていた。何かの病気だった可能性もあるけれど、それは違うらしい。
「ほんとにこのクラス、どうなんでしょうねぇ」
それは美咲と彩加に言っていた。美咲と彩加も迷惑をかけることもあったので、苦笑いしかできなかった。
ホームルームで〝卒業生を送る会〟で歌う曲のクラス案を決めることになった。生徒たちは口々に、演歌歌手が歌っている歌謡曲や、当時の流行曲、それから卒業にちなんだ曲を挙げていた。歌謡曲は確かに流行っていたけれど、卒業生に向けて歌うものではなかった。
板書をしていたのは代議員の朋之だった。けれど彼は、挙げられた曲タイトルの漢字は難しくなかったのに、度忘れしてしまったらしい。
「どんな字やったっけ?」
「頭良いんやから、それくらい書きーや」
突っ込んだのは、隣にいた女子の代議員だった。美咲と彩加も一緒になって、三人で笑っていた。
朋之が書いているとき後ろのほうで誰かが、当時のミリオンセラーの曲を挙げた。
「夜ー空……ノム……」
朋之は今度は、迷わずに書けたらしい。
「夜空の向こうは──ぐふふ」
「え? 大倉君、何て?」
裕人は彩加の後ろの席だったはずが、いつの間にか朋之の席に移動していた。
「夜空の向こうは宇宙やで」
言った裕人はもちろん、彼の前にいた担任と、教卓周りの四人で笑った。
「確かに……ははは!」
前の六人では真剣に話し合いが続いていたけれど、他のクラスメイトはほとんど聞いていなかったようで。
クラスの案として最後に出たヒット曲を出すことに決まり、他にも同意見のクラスが多かったようで、最終的にそれに決まった。
音楽の歌のテストは、クラスの伴奏をすべて美咲がすることになった。体調不良かサボりなのか、当日は欠席者も多かったけれど。テストされるのは毎年、合唱コンクールの課題曲の一部だ。ちなみに欠席者の分は、篠山が後日に時間を作るらしい。
「美咲ちゃーん」
篠山に呼ばれてピアノの用意をし、楽譜を広げてから始まるのを待った。楽譜は貰った時点で数小節ごとにアルファベットが書かれていて、テストされるのは『E』がつけられたサビの前後だ。
学校の、しかも課題曲なので伴奏は簡単だった。自由曲はクラスで異なり、美咲が弾くことになった曲は癖が強くて少々大変だったけれど、課題曲はそんなことはない。伴奏経験者が集まって話しているときに、『簡単やから弾きながら一緒に歌った』と言う人も何人かいた。
美咲は順調にピアノを弾いていた──けれど、ふと気を抜いて間違えて止めてしまった。歌っていたのは朋之だった。
(あちゃー……どこまで弾いたっけ……)
楽譜は広げていたけれど、覚えていたので見てはいなかった。楽譜でサビを探していると、篠山が口を開いて生徒全員に言った。
「あのね、今まで間違えんと弾いてくれてたけど、これは奇跡です。だからもし間違えても、あなたたちはそのまま歌い続けてね。こんな続けて弾いてたら、もっと頻繁に間違えてもおかしくないわ。ピアノ間違っても、歌の減点にはなれへんからね」
(それで……どこやっけ……えーっと……)
「Eの二小節前から弾いて。『ここーろのーアルバムにー』のところから。山口君はEからね」
美咲は篠山の指示通りに弾き始め、朋之も正しくサビから入っていた。美咲はそれまで考え事をしながら弾いていたけれど、ちゃんと伴奏に集中した。一つだけ、自分が歌うときはどうなるんだろう、と美咲は考えていた──それは全員分が終わったあとで、篠山の伴奏で歌うことになった。
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