第44話 陰謀と結託
「
「まあお姉様、瑶“様”ではなく瑶とお呼びください」
瑶の自室で円卓を囲む私達。斜め前に座る瑶がことりと可愛らしく首を傾ける。
「
悧珀が頬杖をつく。
「まあ、呼び方を強要なさるなんてよろしくないのでは?」
「その言葉、君に直接返すけど?」
互いを見てふふふふふと悧珀と瑶が笑う。
もはや猫を被っていたことを隠す気のない瑶はどこまでも強気だ。頭一つ抜けた美男美女の攻防戦。迫力がすごい。妙にひりついた空気に、私は二人を交互に見て胃を押さえた。何を争っているんだろう二人は。
「瑶、悧珀。話を進めてもよろしいですか?」
私は咳払いひとつして気持ちを切り替えて話を切り出した。
* * *
柊月と瑶から聞かされた話は、悧珀にとって
瑶の生い立ち、そして他人を操るという異術と画策、悧珀を殺害しようとまで考えていた柊月への偏愛。
「どこまで話すべきかと思ったのですが、瑶が全部言うと言うので……」
柊月が疲れ切ったように額を覆っている。
細い指の間からげんなりした顔が覗いていた。他人の思考を視ることのできる柊月がここまで疲弊していることで真実味が増す。
瑶だけが言い張るなら嘘だろうと跳ね除けもしたが、柊月が絡むとなると本当なのだろうと思ってしまう。柊月と瑶が組んで嘘をついてる可能性もなくはないだろうが、そんなことを柊月はしないという確信めいたものがあった。
瑶の悧珀への殺意は、こんな場でなければ即捕縛、投獄行きの重罪だ。それをこうもあっさりと告白した瑶に驚かされる。
それ以上に瑶の態度の変化が凄まじくついていきかねる。あんなに大人しく、ただ微笑むだけだった少女が、ここまでの毒を吐くとは。悧珀に対してあからさまな敵意を隠しもしない。
何かが吹っ切れた様子の瑶はさらりと言いのける。
「初めて殿下にお会いしたときに、殿下がお姉様にご執心だと気づきました。殿下のことは好きでもなんでもありませんでしたので、わたくし個人としてはどうでもよかったのですが……お姉様を独り占めしているのが気に食わなかったのです」
華奢な肩から艷やかな髪がさらりと落ちる。
「わたくしはもうお父様の言いなり通りに生きることに疲れました。後宮に来て天女のお姉様に出会えたので、わたくしは満足ですし、あとは殿下がいなくなればと思ったのですが、ここまできたら野となれ山となれです。わたくしを処断するのであれば、お好きになさってくださいまし」
「君ね……」
「家に帰っても色々面倒なのです。もう仮面を被って生きるのに疲れてしまいました」
本当に十四かと疑いたくなるほど瑶は突き抜けている。いや、まだ幼さがあるからこその発言か。
世間を知らぬまま育てられた箱入り娘は、無垢な上に厄介だ。この厄介娘の琴線に触れてしまった柊月は、眠れる獅子を起こしてしまったに近しい。敵対関係にあった少女にこんな形で好かれるようになるとは思っていなかったことだろう。
殿下が柊月に執心、という瑶の言葉に、柊月はいまいちピンときていないようだった。きょとんとした顔でこちらを見ている。相変わらず悧珀が男女の意味で気持ちを伝えたとは思っていないようだ。柊月は、勘はいいのに変なところで鈍い。……先が思いやられる。
悧珀は内心ため息をついて卓子を叩く。
「玉妃、君の内情は理解した。それとは別件でひとつ質問があるんだけどいいかな」
「なんでしょうか?」
悧珀は瑶の自室を見渡す。
「僕を殺すために調達したという毒、現物を出してくれ。何処から調達して何処に隠しているの?」
瑶の素も生い立ちも興味深いが、悧珀としてはそれよりも毒物の方が重要だ。
後宮は詰める人が多い分、外から物も持ち込みやすい。何処から毒物が持ち込まれてきたのか知る必要がある。
「今回の件は全て未遂で、君本人が直接話してくれている。計画内容を全て話した上で、これからこちらが調査する内容と相違なく合致すれば、今回のことは不問に処すとしよう」
瑶はきょとんとした後、まあと声を上げた。
「思ったよりお優しいのですね。斬首まではいかずとも流刑ぐらいにはなるかと思っておりましたのに」
「君はふてぶてしいにも程があるね」
「褒め言葉として受け取っておきますわ。全てお話ししますが、毒はまだわたくしの手元には届いておりません。手配はかけていて、もう用意はしていると聞いているのですが」
「それは誰が用意を?」
「
思わぬ人物の名が出てきた。
柊月を盗み見ると、目を見開いて固まっていた。
「毒物の手配を頼むほどに藍桃春と君の仲が良かったとは思わなかった」
「特段仲は良くありませんわ。所詮彼女も金家の瑶に寄ってきたオトモダチ。友人とは呼べません。でも、わたくしのためになんでもすると仰っていたので、それならお願いしようかと」
瑶は頬に手を当てて、目を眇める。
「あの方、お姉様を本当に悪く言っておられて。腹が立ったので、足がつきそうなことは任せてしまおうと思ったのです」
瑶の目は桃春への嫌悪と侮蔑に満ちている。
この悪びれのなさと柊月への盲目的な執心。それを実行に移せるほどの胆力。まともでないと切り捨ててしなまえばそれまでだが、今回に限っていえば、瑶の存在が有り難く感じる。
柊月に纏わりつく憂いを払う、またとない機会だ。これを利用しない手はない。
悧珀は内心ほくそ笑む。
「話はわかった。柊月、一度瑶と二人で話をさせてほしい」
「よろしいのですか……? 未遂とはいえ、毒の話まで出てますが」
柊月は殺害を計画していた相手と二人になることを心配してくれている。悧珀はからりと笑う。
「大丈夫。この後何か事に及ぶほど彼女も莫迦じゃないだろうしね」
「お褒めに預かり光栄ですわ、殿下」
悧珀は瑶の嫌味は無視し、扉の方を示す。
「外に
「……わかりました」
柊月は悧珀と瑶を不安そうに交互に見てから頷いた。
柊月が出ていったことを確認して、瑶が冷めた目で悧珀を仰ぐ。
先程までの柊月に対する態度とは大違いだ。
「お姉様に聞かせられないお話とは一体なんでしょう?」
「君のそのお姉様呼びは続けるの?」
「当たり前です。お姉様は唯一わたくしを見てくださった方ですもの」
「彼女もまた難儀なのに捕まったね……」
悧珀はため息とともに瑶に座るよう促した。
瑶と悧珀。一見、画になるような二人だが根本的な反りは全く合わない。それを本能的に互いに理解しているためか、二人は笑顔すら浮かべない。冷めきった表情で向かい合って座る。
悧珀はその長い指を組んだ。
「単刀直入に言うと、藍家の大掃除に付き合ってほしい。手伝ってくれたら、今回の件は本当に不問に処そう」
「藍家……ああ、お姉様を虐げていた不埒者ですね。首でも刎ねるので?」
「そこまでやるわけないだろう」
悧珀はじとりと瑶を見つめる。
瑶の物騒な発想は通常運転なのだろうか。
「君の証言をもとに、藍桃春に全て罪を被ってもらうように操作する。その罪の責任として藍家当主らも同様に退ける。僕の言う通りに君が発言してくれたら、全て上手くいくから」
「まあ、わたくしに噓の証言をしろということですか?」
瑶が眉を顰めるが、悧珀は目を細めて首を振る。
「いいや、嘘は言わない。全てを話さないだけだよ。必要な部分のみ公表して、それ以外は伏せる」
「わたくしが殿下を殺そうとしていたことなど?」
「その通り」
悧珀の目に冷徹な光が宿る。
「物は言いようだよ。相手を組み伏せるための論であるなら、特にね」
「うふふ、いい性格をしてらっしゃいますね。わたくし殿下のことはとっても嫌いですが、そういうところは好感が持てますわ」
瑶と悧珀が顔を見合わせる。
この世で組み合わせてはいけない者同士が、藍家排除という目的で行動理念が一致した瞬間だった。
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