後宮の異術妃 〜力を隠して生きていたら家から追放されました。清々して喜んでいたのに今度は皇太子に捕まりました
高里まつり
第一章
第1話 おつかい
元気に走って飴売りに群がる子ども達、饅頭売りに列を作る大人達。皆楽しそうでなによりだ。半分凍った路面を滑らないよう、寒さに丸まってひとりのろのろ歩く私とは大違いである。
人波に乗れず歩みの遅い私を周囲が迷惑そうに避けているのがわかる。ご迷惑をおかけして申し訳ないが、今履いている小汚い
軒先にこんもりと積もった雪が朝日を浴びて溶け出し、地面のあちこちに水たまりを作る。私は沓を汚さないよう、右に左に水たまりを避けながら、空を見上げた。
「今年も賑わってるなぁ」
新しい年を祝う日なのだから、身分の貴賤なく皆が派手に祝う。街もあちこちに真っ赤な組紐や生花が飾られて、特別な日といった雰囲気だ。
ただ、夜通し働いていた私には、鮮やかな赤と雪の対比が目に痛い。何度も瞬きをして目頭を押さえる。我ながら婆臭い仕草だと思う。
慣れた道を人並みに逆らって歩き、賑やかな大通りから路地裏に入る。賑やかしい飾りに埋もれるようにして、ひっそり開店している小さな青果店の扉をくぐった。
私の足音に、店内の椅子に背中を丸めて座っていた女店主が面倒そうに顔を上げたが、私と目が合うと驚いたように瞬きをし、皺の多い目元を更にくしゃくしゃにして笑った。
「あらあらぁ、
「どうも
私が手元の買い出し用の覚え書きと麻袋を差し出すと、趙さんが苦笑いをしながら受け取った。
「今日のお客さんはあんたが初めてよ。店開けてるアタシが言うのもなんだけどさ、おつかいに出されるなんて、柊月、苦労してるねぇ」
「あはは……」
私もよりによってこんな日に外に出さなくてもいいんじゃないかと思っていたから、わかってくれる人と会話できただけで少し気が晴れる。
「用意するから少し待ってな」
「ありがとうございます」
顎で示された小椅子に腰掛けると、冷えた木の椅子からじわじわとお尻に冷たさが上ってきた。
もう、こんな薄着で外に出るんじゃなかった。手持ちの上着で一番厚いものを選んだつもりだったけど、装備が足りなかった。太腿を擦っていると治りかけていた手のあかぎれが服に引っ掛った。傷口が開いてちりちり痛む。内心舌打ちする。今日は本当にとこっとんついてない。
ごそごそと棚を漁る音がする。私は俯いてお尻の冷たさと戦いながら黙って作業が終わるのを待っていたのだが、あ、と思い出したように趙さんが声を上げたので、つられて顔を上げた。
「そういえばさ」
お喋り好きの趙さんのお決まりの世間話が始まってしまった。
「あんたのとこの
お嫁。間違ってはいないけど。正確にいうと、皇太子の後宮へ妃のひとりとして入る、が正しいのだが、訂正するのも面倒なので頷いておく。
「そうみたいですね」
私の返しに趙さんが笑う。
「みたいですねって。あんた、また他人事な」
「他人事ですもん。私がお嫁に行くわけじゃないし」
至極正しい返事だと思うんだけど、と首を傾げると趙さんがあんた冷めてるねぇと零す。趙さんは私の持ってきた覚え書きを見て果物の数を数えながら、でも、と続ける。
「まあ、
「まあ、確かに」
「あ、
喋るだけ喋って、私の曖昧な返事は適当に流されたようだ。趙さんは棗、棗……と呟きながら、店の奥に引っ込んでしまった。
「異術、ね……」
異術者、無術者とは。
端的にいうと、超自然的な能力を持つか否かをさす。
異術――。
この国には、ごく一部の人間にのみ発現する特殊能力が存在し、それらは異術と呼ばれていた。異術を操る人間を異術者と呼び、反対に異術を持たない人間を無術者と呼んで区別する。
異術は古来より血に受け継がれると言われ、異術者の家系である
風や木々を操る
采四家は特権階級として古くから異術でもって朝廷を支え、皇家である黄一族に娘達を嫁がせてきた。
趙さんの話題の藍家の次女とやらは、この後宮に皇太子の妃として招かれたというわけだ。
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