第7話


 ワルダは馬車に揺られ、裏門から密かに宮殿を出ようとしていた。

「お待ちください」

 少女の声。

「いかがなされましたか?」

 老齢な兵士の固い口調。

「こちらに、ワルダさまがお乗りになっていると伺いました」

「ええ。これから、西の館へ向かうところですよ」

 セタンの娘であるワルダを宮殿内には置いておけない。とはいえ、王族の者でもあるワルダをゴルドバーク本家へと返すことはできない。

 西の館は、元は王族の別荘だった。現在は新しく別荘ができたため放置されている。そこへ一時住まわせ、準備が整い次第シン皇国へと嫁入りするのだろう。

 自由はない。ワルダは手首を強く握った。

「して、何用でお引き留めに?」

「こちらを、ワルダさまへ」

 少女の声はそれで終わる。立ち去る足音。

 馬車の外でがざごそと音が鳴る。

 ややあって、馬車の出口がわずかに開かれた。

「ワルダさま。お手紙だそうで」

 兵士から隙間から差し出すように、便せんを渡される。

 封は開けられていた。中身を確認したのだろう。

 ワルダは黙して受け取る。

 ほぼ同時に、ドアが閉められ、馬車は動き出した。

 再び揺られながら、中身に目を通す。

 ふわりと濃いインクの香り。見覚えのある紙。これは、タジラ王の妃、ニナが母国から持ち込んだ紙だ。

 そして、ワルダの父、セタンが横領した。

 びくり、とワルダは硬直する。上質な紙が欲しいとねだった際、父からもらった紙。そしてそれを、知らずにニナの目の前に出してしまった。

 ニナはあのとき、いったいどれほどの衝撃に襲われたのか。ワルダが想像するには余りある。

 二度と帰ることはできないほどに遠い、母国から持ってきた貴重な紙。それを盗まれた。目の前に、書き損じのものを見せつけられた。

 きっと、身を裂かれるような思いだっただろう。

 おそるおそる、文字列を追う。

 しかし、その内容を読み解けば、渡された手紙が、父の横領に対する意趣返しではないことに気づくことができた。

 そこには柔らかい文字。見たこともない筆記のそれが、ニナの文字であると、ワルダは不思議と理解した。

 故郷を離れた彼女がしたためた書。

 同情ではない。憐憫でもない。そこには境遇を共にする友の心があった。

 そっと、手紙を汚さぬよう。ワルダは静かに袖を濡らした。




******




 私は窓からじっと裏門の方向を眺めていた。

「ニナさま、お茶が入りました」

「ありがとう」

 ワルダが乗った馬車はとうの昔に宮殿を離れた。そもそも、私の部屋からは建物が阻み、裏門すら見ることができない。

 アニータが淹れた、アズラク公国特産の茶。オレンジのドライフルーツを漬け、口に含む。

 たった数日、たった短い時間。言葉を交わしただけのワルダ。それでも彼女は盟友と呼べる存在だった。

 それが、このような形で……。

「ニナさま……」

 アニータは私の心に寄り添うように、私の背を撫でる。

「大丈夫よ。アニータ、あなたも食べてみて。このケーキは、とてもおいしいのだから」

 アニータを隣に座らせ、ワルダからいただいたケーキを差し出した。

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