そして、月日は流れる。

あれから20年の時が流れた。

凌空は今、小高い病院の病室から紅葉に染まりゆく外の景色を見ている。

半年前にすい臓がんと宣告された凌空は、先日医師に転移の話を聞き、余命1か月の診断を受けていた。


今日は増山夫妻が来てくれた。

増山には自分の病状がわかったときに会社の代表の座をお願いした。

彼は最初固辞したが、彼の正確な経理手腕と揺るがない正義心は、私の父さんが作ったこの会社をきっと守ってくれると話し、そして、もし君が見て『大丈夫』だと思ったら、後を継ぐかもしれない俊太も君の後任候補に入れてほしいとお願いし了承してもらった。


別の日、涼介さんたちが来てくれた。

この日は汐も居たので昔話に花が咲いた。

涼介さんはその後葵ちゃんと再婚。男の子が生まれ、こちらも「跡継ぎにする」と話していた子も今は高校生になり、将来は観光関係の仕事に就きたいと勉強中とのこと。

汐の娘、摩耶も今日は病院に来て汐と葵と3人で談笑している。

汐が家を出た後、心も安定してきて2年程経ってからうちによく遊びに来るようになった。摩耶はその時俊太に泣いて当時の事を謝ってたが、俊太は「本気で泣いて、怒って、笑えるのが本当の家族だから」と笑いながら謝罪を受け入れていた。今、彼女は父が経営する旅行代理店の経理として働いている。


また別の日、忙しい合間を縫って俊太がやってきた。

国立大学を卒業した彼は今、業界最王手の電気会社に勤めている。

別に無理して後は継がなくていいと話してはいるが、今の仕事が落ち着いてからゆっくり考えたいと話してくれた。

俊太はまた、実の親である日野哲太に会いに行ったと話してくれた。

全身麻痺となった彼は転院を繰り返し、現在田舎の病院で余命数日の時間を過ごしているとの事だった。

病室に入った俊太の目に飛び込んできたのは数々の機械に繋がれた実の親の姿だった。

病室の入り口で佇む俊太に、哲太は眼だけで彼を追う。

やがて、「俊太か?」と話し掛けた。

「そうです」と俊太が話すと、「そうか」と短く相槌ちを打った。

俊太は日野の横に立ち、これまでの自分の生い立ちを話した。

全てを話し終えると日野はそっと目を瞑り「そうか、幸せなんだな、今」と静かに呟いた。

俊太は帰り間際に父へ最後の言葉を送った。『お父さん、僕に命をくれてありがとうございました。』そう言って俊太は一礼し、部屋を出て行った。

ひとり残された部屋で日野は呟く。

「そうか、涼介さんと凌空さんが立派に育ててくれたんですね。あなた達の半生をめちゃくちゃにしてしまった自分にこんな最高の日が来るなんて思いもしませんでした。ありがとうございます。そして、本当にすみませんでした。」日野は一人涙を流す。

「神様、もし生まれ変われるとしたら私は人間になることは望みません。皆を見守れるような『木』にして下さい」真っ白な天井に向かってそう呟いた。


この次の日、日野は眠るように旅立った。


秋の優しい日差しの中で凌空は目を覚ます。

外では葉があまり付いていないイチョウの木の枝に2羽のシジュウカラが仲良く止まっている。

ふと、隣を見ると汐が優しい目で顔を拭てくれている。

何でもない、昼下がりの静かな時間。


突然ドアが開き、女の子が飛び込んでくる。

急いできたのか、はぁはぁと息も絶え絶え撲に近づいてきた。


「お父さん!ただいま!」


「お帰り、時雨。」


この子の名前は「時雨」(しぐれ)。あの日の夜に授かった、僕のDNAが唯一入っている家族だ。

「そんなに急いで帰ってきたらケガするぞ?」心配する凌空。

「早くお父さんに会いたかったからね!空港からタクシーですっ飛ばして来ちゃったよ!」

笑いながら話す時雨。そうか、今日は留学先からの帰国日だったな。

少しの間3人で談笑すると、次の予定があるのか時雨は「いっけない、遅刻しちゃう!お父さんまた明日来るよ!」と、挨拶もそこら颯爽と帰っていった。


静けさに包まれる病室。聞こえるのは凌空につないだ機械の音だけ。

汐は静かにリンゴを剝いている。

「汐ちゃん。」不意に話し始める凌空。

「なに?リョウちゃん。」リンゴを剥きながら答える汐。

いつの間にか2人の時はこの呼び方になっていた。


「ごめんね、汐ちゃん。僕がこんな事になってしまって。」

凌空は申し訳なさそうに話す。

「いいのよリョウちゃん。だって、こうやってずっと一緒に居れるんだから。」

剝くのを止めた両手で凌空の左手を大事そうに握る。

「僕ね、いつも後悔してたんだ。あの時...先輩に紹介したとき...なぜ勇気を出して言えなかったんだろうと。なぜ僕は汐ちゃんが好きだからと言えなかったのだろうと....今でもずっと後悔してるんだ。」凌空は汐を見つめながらそう告げる。

「私もね...よく思うんだ。あの時私はリョウちゃんの事が好きですと伝えていたら、きっと違う人生が待っていたんだろうなって。」

「「お互い不器用だね。」」二人の声は揃ってしまい二人は笑いに包まれた。


お互い話をしていると、薬が効いてきたのか凌空はだんだんと眠くなる。

「汐ちゃん、少し眠くなっちゃった。先に寝るね。」

「おやすみリョウちゃん。私も少ししたら寝るから先に待っててね。」


すっと目を閉じた凌空の意識は、暗い静寂の世界に包まれていった。


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