EP9 縛りプレイとアツアツのパイ
大通りを歩いて程なくすると、盗賊ギルドが目に入った。
「あれが、盗賊ギルド……」
「アルデリアは来たことないのか?」
「私に用があると思いますの?」
「まぁ、無いよな」
トールは苦笑して、盗賊ギルドのドアを押し開いた。
「はーい、いらっしゃーい!」
中に入ると、とたんに元気な声が返ってきた。
「って、あら、トールじゃない! おかえり!」
「ただいま、フィオナ」
ギルドの中は食事処や酒場も兼ねている。今はまだ夜にはなっていないが、すでにいくつかのパーティがテーブルで談笑する姿が見え、賑やかな様相を呈している。
そんなお客さんの相手をすべく、この時間もカウンターの奥で忙しそうにしているフィオナに手を上げて挨拶をする。すると、おずおずと着いてきたアルデリアの姿にフィオナは気がついた。
「あら、後ろのかわいい子はどなた? ……まさか、トール、誘拐でもしてきたんじゃ……!?」
「そんなことするかよ!」
「だってー、盗賊だしー、わからないじゃなーい?」
変にブリッコのような声で反応するフィオナ。
「おいおい、俺達ぁ、
太い声をあげながらカウンターの奥から姿を見せたのは、おやっさんこと盗賊ギルド長のカルグリークだった。
「でもまぁ、若気の至りってこともあるかもしれねぇ……トール、いったいどこでかっさらってきやがった!?」
その迫力のある物言いを聞いて、アルデリアは二、三歩後ずさった。
「だーかーらっ、さらってきてないっての! こいつは、俺が調べに行った例の遺跡で出会ったんだよ。で、いろいろあって、一緒に街に戻ってきたんだよ」
「はっはっは! まぁ、トールにそんな気概はないわなぁ! フリフリのお嬢ちゃんもそう思うだろぅ?」
豪快に笑うカルグリークに、ようやくアルデリアが前に出て口を開いた。
「はじめまして、アルデリアと申します」
「おう、俺はこのギルドを仕切ってる、カルグリークってもんだ。このトールの育ての親でもある。よろしくな、フリフリの嬢ちゃん」
「フリフリ……もう、それでいいですわ……」
さすが育ての親だ、という目で、アルデリアはカルグリークを恨めしく見ていた。
「それで、なんでまた遺跡なんかにこんなお嬢ちゃんがいたんだ?」
「それがさ、俺が遺跡を見つけて中を探索してたら、宝箱があっぐわわわーっ!」
そこまでトールが言いかけたところで、思い切りその足をアルデリアが踏みつけた。
(ちょっと、トールさん、あの呪いのスキルのことは黙っててくださいね!)
(な、なんでだよ。ちゃんと説明しとかないと、面倒くさいことになるだろ?)
(嫌ですわ! まさかあなたと離れられない状態になっているなんて知られたら、からかわれるどころじゃありませんわ! きっと街中の笑いものになってしまいます!)
(そ、そうか……じゃ、このことは黙っておこう)
「どうした、トール?」
「いや、なんでもない。とにかく、遺跡の中で偶然出会ったんだよ。それでさ、宝箱を見つけたんだけど、中におやっさんに見てもらいたいものが入ってたんだ」
「俺に見て欲しいものだと? そんな珍しいもんがあったのか。俺も今取り込み中の仕事をすぐ終わらせてから見せてもらうとするよ。
そう言うと、カルグリークは再びカウンターの奥の部屋に戻っていった。
「ねぇねぇ、トール、それじゃそれまで腹ごなしでもしない? ちょうど、今日のパイが焼けるところなのよー」
「お、フィオナの得意料理! そりゃいいね!」
「フィオナさん、パイを作るのが得意なんですか?」
「そうよー、ここでも結構人気なんだから。それじゃ、準備してくるから、空いてる席で待っててね」
トールとアルデリアは、近くのテーブル席に座り、料理の到着を待った。程なくして、トレイに熱々の湯気を上げたパイとカラフルな飲み物を乗せて、フィオナが料理を運んできた。
「はい、フィオナさん特製のパイとドリンクのセットっでーす。今日はミートパイにしたの」
焼き上がったばかりのパイからは、香ばしい肉の香りと、独特のハーブの香りが漂っていた。ルーウィック近郊の森や山で採れた野生の動物の新鮮な肉をミンチにし、またフレッシュなハーブで臭みをとって、パイ生地で焼き上げた逸品だ。
「すごく良い香り……」
アルデリアの目はいつもよりさらに丸く見開いて、料理を前にきらきらとさせていた。おまけに小さな口もぽかっとあいている始末だった。
「そ、それでは、いただきます……!」
アルデリアは、早速焼きたてのパイにナイフとフォークをつきたてた。そして、アツアツのまま頬張る。
「――むぅーっ!!」
アルデリアは声にならない声を上げた。
「ほっ、ほへはたはひまひぇん……!!」
「目一杯口に入れたまましゃべるなよ!」
本当にお嬢様なのだろうかと、トールは疑いの目で見ながら、自分もパイを口に運んだ。
(……確かに、本当においしく感じるな)
ゲーム内の食事は実際の空腹を満たすことは無いのだが、その味や食感は現実と同じように感じられる。
そして、このパイはこれまでも食べたことがあるという感覚はあるものの、その味は何度食べても飽きない、最高のものに感じられた。
アルデリアはしばらくもぐもぐと咀嚼し、大きく含んだ一口分を飲み込んだ。本当に、その姿はリスのようだ。
「――これは、本当においしいですわ! フィオナさん、どこで料理を習ったんですの?」
料理を運び終わってまたカウンターに戻ったフィオナに話しかける。
「特に習ったってわけじゃないんだけど、感覚的に作ってるからー」
「こんなにおいしい料理を、感覚で作るなんて……。天才ですわね」
会話を続けながらも、食べる手を止めず、アルデリアはあっという間にアツアツのパイを平らげてしまった。
「アルデリア……」
「なんですか?」
「……なんか、意地汚いな」
「なっ、失礼ですわ! いいですか、トールさん。アツアツのお料理は、アツアツのまますぐに食べないと、10秒ごとにそのおいしさが失われていくんですよ!?」
「そんなこと聞いたことないわ!」
その後、アルデリアはデザートも追加で要求し、こちらはそれなりにゆっくりと味わって食べていた。
こんな小さな体でよく食べるもんだと、トールは感心しつつ、ますますお嬢様であることに疑問を覚えていた。
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