第22話 突然の訪問
♢ ♢ ♢ ♢
「綺麗だよ紅葉」
辺りが黄金色に染まろうとしている時間帯。暁は、薄黒色の着物に身を包み、なにやら畏まった出で立ちをしている。
一方、その対面に立つ紅葉も、今日ばかりは上質な振袖に身を包んでいた。
紅葉の名にちなんで、赤と黄金が少し入り混じる、紅葉色をした振袖だった。斜めになだれるように菊の紋様が施されており、更にその華やかさをより一層際立たせている。
しかし、ただ単に可愛らしいというものではなく、袖や裾の部分には所どころで松と鶴の紋様が刻まれていて、凛とした印象をもたらしていた。
「ありがとう、暁兄ぃ」
少し照れた様子で、紅葉がはにかむ。いつもは化粧などはあまりしないが、今日は晴れ舞台ということで、紅葉にはほんのりと色が施されている。
血色の良い肌に均一さを持たせるために、肌よりも少し白いお粉を叩かせ、その上にうっすらとチークを、そうして、唇にはその振袖の色と同じような、朱色の紅が点されていた。
それだけでも十分華やかなのだが、紅葉本人たっての希望で、目元にも少しラメ入りのオレンジシャドウを少しと、ビューラーで睫毛を挙げて、更にマスカラでパッチリとした目元に仕上げている。
(こういうメイク、してみたかったんだよね)
学生という身分の中、特段遊びへ出かけることのない紅葉は、密かに憧れていたのだ。
いつも学校帰りに同級生がせっせとめかしこんでいるのを見て、私も皆のようにメイクをして、友達と煌びやかな街を夜遅くに歩いてみたいと。
鏡に映る自分をもう一度見て、紅葉の口元は無意識に緩む。
生憎と遊びに行くわけではないけれど、この機会をくれた安倍統司には感謝しなければと密かに紅葉は思った。
今日は安倍統司が主催する、宴の日だった。
一族中の年頃の女の子が集まるという少し変わった宴ということで、暁が言うには「所謂”合コン”のようなもの」だということだ。
——まさか、一族内でそういったものが開催されるとは思ってもみなかったけれど……。
丁度3日前、突然暁が実家へ帰ってきて、その話を告げたのだった——。
♢ ♢ ♢ ♢
「紅葉、明後日は、一緒に夜出かけるよ」
暁は、両手に大量の紙袋を持って、更にその後ろには、重たそうな大型のボックスを何段にも積み重ねてその腕に抱えている外商員を何人も引き連れて、笑顔で紅葉にそう言った。
休日の昼間からピンポーンとインターホンが鳴ったかと思えば、そこにいたのが実の兄、暁だったということもあり、紅葉は心底驚いて玄関を勢いよく開ける。
そうして、開口一番にそう告げられるものだから、紅葉はポカンと口を開けて、間抜けな表情を晒してしまった。
「……はい?」
「ほらほら、客間借りるよ。ただいま戻りました〜」
状況がいまいち理解できていない紅葉の背を押し、暁は軽快な足取りで家の敷居をまたいで、客間へと歩みを進める。
「暁様! お帰りなさいませ!」
古くから使用人として働いてくれている何名かが、暁の姿を見つけて声をかけてくる。
また、勤め始めてまだ日が浅い者たちは、暁の姿を見るのが初めてということで、一塊になって遠くの方できゃっきゃと騒ぎ立てているのが見えた。
「何事? みんなどうしたの」
使用人達の色めきたった声を聞き及び、奥の方から士門家女将で暁と紅葉の母親、百合子が、パタパタと慌ただしく駆けてくる。
客間へ入ってきた直後、百合子の瞳が暁を捉えた。そうして、一瞬にして百合子の動きがピシッと固まってしまう。
「ああ、ひさしぶり。母さん」
百合子の姿を認めた暁が、荷物を床にどっさりと置いた後、ニコッと笑みを浮かべて百合子に向かってヒラヒラと手を振った。
しばらくの間、両者の間に沈黙の時間が流れる。それは、十秒間という、長いような短いような、微妙な時間だったのだけれど、それを側で見ていた紅葉にはやけに長く感じた。
「暁!! 貴方、連絡もよこさず何やってたの!!」
その沈黙を打ち破るように、百合子の大きな声が邸内に響き渡る。
普段から凛とした、言い方を変えればキンと高い声音を発する百合子の、それはそれは大きな声だ。キンキンとした金成声に近いその声を発した百合子に、その場にいた誰もが目を細めた。
「ごめんね、母さん。ちょっと忙しくてさ」
暁の言うことなど目もくれないというように、百合子は暁のそばに歩み寄り、自分よりも幾ばくか大きな体躯をする暁を、ひしっと抱きしめた。
「本当に! 相談も何もなく急に家を出ていったかと思えば、今日はどうしたの? 帰ってくる気になった?」
暁は、百合子の背中をポンポンと叩くと、首をふるふると振った。
「残念だけど、今日は紅葉に用があって帰ってきたんだ」
一旦自分に張り付いている百合子を引き剥がし、ガサガサと紙袋を漁って、その中から一つ、菊の花をあしらった髪飾りを取り出した。
「紅葉を、うんと飾り立てるためにね」
その暁の一言に、百合子と紅葉の頭にはてなが浮かぶ。
そんな二人を見て、またニヤリと暁は笑みを深くした——。
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