第22話 ワールドツアーでぇぇえすよっ!!

 深淵アビスの地には虚構の遺跡が点在している。


 その外観はエジプトのピラミッドだったり、中南米のマヤの神殿跡だったりいろいろだ。文化も建築様式もバラバラで、地上にあるはずの建築物の縮小版みたいなもの。それが雑に地中から顔を出している。


 世紀の発見とか、人類の起源とかそんな話じゃない。地上の遺跡っぽいのは見た目だけで、実際はハリボテだ。考古学者が見たら笑っちゃうだろう。象形文字だと思ったら、子供の落書きが書いてあるんだから。


 なにもかもでたらめなんだ。

 だけど、そういう場所は大体ヤツラの領域だ。


 あの洞窟にいたツァトゥグアみたいなやつら。胡乱うろんな邪神たち。

 俺とドクターが5年前に所属していた探索者のチームは奴らを、【虚神】ラヴクラフトと呼んだ。


「んんん~~~~!! 深淵アビスの空は今日も曇天なりぃぃいいい!! 非常にうっとおしいですねぇ!」


 竜巻は、星の風精が作った毒霧をあらかた吹き飛ばした。

 見あげた空には、氷雪吹き荒れる乱気流。大規模な空間フィールド操作だ。俺とアースの土塊操作なんか、お遊びに見えるほどの。風精たちもうかつに近づけない。あたりの気温が急激に下がっていく。ちらほらと雪が舞いだした。


 その自然現象を起こしているのは、ドクターで。

 中心でげたげたと生首が笑う。 


「な、なんですの、あれ……。ドクターって、あんなに……」


 解除した土のドームから這い出したシノンちゃんが、呆然ぼうぜんと天空をみる。


「もう任せとけばいいよ。あいつらは終わりだから」

「で、でも……」


 シノンちゃんはあんなのを見せられても、心配そうな顔をする。いい子なのだろう。いや、ほんとに問題ないんだ。ドクターは『私は非戦闘員ですからな』とか言ってたが大嘘だ。


 実際は、5年前の探索者チーム抗うものの家アーカム・アサイラム一の暴れ屋である。


「ぎぎぎぎ、風かぜカゼ、空は我がモノぃぃ位おおお」


「おお、この空にあって、まだ私に抗いますか! 重畳ちょうじょう頂上ちょうじょう超常ちょうじょう! 久しく空戦ができる相手がいなかったので、腕がなりますねぇ! まぁ私に腕はありませんがねぇ!! げはっ、げはははは!!」


 空はドクターの領域だった。

 星の風精たちロイガーとかツァールとか呼ばれるモノが果敢に攻撃を仕掛けているが、ドクターは中空にとどまったままそれをいなしていた。


 精神を揺らがせる呪詛じゅそも、毒の霧も、触腕しょくわんによる脳操作も風雪の暴力の前には無力だ。もっとも届いたところで、あのドクターに精神攻撃が効くとは思わないが。


「私に幻想器まで出させたのですからぁ! もう少し楽しませてくれませんとねぇええ!! そおれ、【凍傷】! 【意識朦朧】! 【末端壊死ぃィイ!!】」


 繰り出される冷の凝集風、気圧操作による窒息、悪風をまとっての細胞死アポトーシス。技の名前がどれも物騒だ。


「ぎぎぎ、ぎがああああ!!!」


 20を超える数がいた星の風精も数を減らしていく。次々と堕ちて消えていく。

 業を煮やした残りの数体が、身を寄せ合い、一つになっていく――


「ほおおおぉお!!?? 合体でーすか!? いわゆるキングスライム化ですな!? いいですな雑魚らしくてっ! むしろ巨大化してくれれば、大きい結晶が取れてお得ですねぇえええ!!」


 体積が増していく。ドクターの風に切り刻まれながらも集合していく。空のはてからなおも集まる。深淵アビス中の星の風精が集合しているのかも。


 そうだとしても、なお物理法則を無視した巨大化だ。幾多の風精がまとまったそれは、いまや天を覆うほどの大きさで、地上の俺たちを睥睨へいげいした。


「ヒィ……!」


 まともに視線を食らったシノンちゃんがあてられてた。青い顔をして、そのまま気を失う。

 

「おい、ドクター! 邪視こっちに飛ばされたぞ! しっかり引き付けろよ!」


「やかましいでーすねぇ! アサヒ坊が守ればいいでしょう! それくらいで倒れるなど、そもそもお嬢は精神が未熟なのですねぇええ!!」


 思ったけど、弟子に対する愛情とか心配とか一切ないなこの変人!


「とはいえ、そろそろ終わらせまーすよぉお! 【風乗征破】ウンディゴ! 風に乗りて歩むモノ! 凍れる狩人の死よ! かのモノを捉えなさぁい!」


『OK、ドクトルアンデルセ』


 風が逆巻く。

 気流は形を取り、巨大な風精にまとわりつく。


「ぎぎがぁ!?」


 四方八方から風にからめとられ、または打たれ次第に形を変えていく風精。

 圧縮。

 そうとしか言いようがない。

 暴風の檻にとらわれた哀れな獲物は、風のタコ殴りにあいながら、小さく折りたたまれていく。

 

「さて、今日はどこまでいきましょうか! 二分の一? 四分の一? いやいや百分の一ですかぁ!? まだまだ圧縮できますよねぇえええ!!!」


 殴る、殴る、殴る。

 圧縮、圧縮、圧縮!


「ぎ、が、ぐ、け、ええぇ……」


 風が止んだ時、そこにあったのは銀色に輝くこぶし大の真球だった。すべての風精が折りたたまれたそれは、悔し気に震えた。


「そしてぇええ、逝ってらっしゃい、【凍れる星間旅行】ワールドツアー!」


 ドクターの高笑いとともに、銀球が空間のゆがみを通って飛び去った。

 そのあとに残るのは、ただただ静かななぎだ。


 ◆◆◆


「あいつ、どこまで飛ばしたんだよ?」

「さぁ? でーすねぇ。座標は適当ですから」

「どこかの星に漂着したりしない?」

「しませんでしょう。そもそもあの宇宙って私たちの宇宙と同じものなのでしょうかね? アサヒ坊は知っていますか?」

「知らない……」

「でしょうねぇ……」


 ドオンと、離れたところに落ちてきたモノがあった。

 無限宇宙を旅しすっかり凍り付いた風精だったもののなれのはて。堕ちて砕けて氷の粒子になって消えた。


 後に残るのは、ジオード結晶のきらめきのみだ。



 ―――――――――――――――――――――――

 -ドクター、つえええええ!!!!

 -風使いかっこいい! そして戦い方エグイわwww

 -アサヒニキ、幻想器ファンタズマ・グリモって言ってたっけ。深淵アビス級が持ってる迷宮宝具

 -今の迷宮宝具がおもちゃに感じるな

 -てか、おもちゃでしょ。こんなん魔法使いじゃん

 -逆立ちしても勝てっこない

 -この人たち、地上に居たらダメな人たちだわ。単身で国滅ぼせる

 -F35でも勝てるかどうか……あ、アメリカの第五世代戦闘機のことな

 -深淵級こえぇえ

 -でも俺、ドクター推すわ。イカレててイカす

 -俺も

 -ワイも。ドクターも自分のチャンネル作ってくれ!

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