聖女のお仕事
聖女を辞めるには、新しい仕事をしなければならない。
「神官長、聖女以外で私の出来る仕事は何がある?」
「祈祷師という仕事があります。人のために信仰の力で癒すのを仕事にしている人たちです」
「祈ることを仕事にはしない」
「では何かやりたいことはありませんか?やりたいことを仕事にすればいいのです」
祈祷師と聖女の違いはいまだによく分からないが、仕事で祈ることはしないと決めたから、私は祈ること以外の仕事をしなければ生きていけない。やりたい事はたくさんある。孤児院の子供に本を読んで、一緒に花を植えて、文字を教える。子供が成長していくのを側で見るのはとても興味深い事だ。
「ならば、孤児院のとなりに学校を作りましょう。孤児でなくても誰でも通える学校です。文字を覚えることだけが勉強ではありません。学校へ来たらお金をもらえる。そうすれば学びにくる子供は増えます。どうですか?家族の分のご飯もみんなで作るようにしましょう。畑から野菜を作るのは勉強にもなるでしょう」
「それは楽しそうです」
孤児院の隣にあった物置小屋は早々に取り壊された。そしてその土地に、多くの子供が詰めかけてくる。聖騎士と大工も子供達と一緒に集まってきた。
「大人達は石を切って、子供達は石を運んでください。高いところは必ず大人が、怪我には十分注意してくださいね」
驚いたことに、聖女は子供達に建築から教えようと、毎日朝から足を運んだ。小さい子供は畑を作る担当だ。大きな子供は働き者だったし、仕事のない若者も給料が出ると聞いてやってきた。その内住民も休みの日に仕事をしに来るようになった。
聖女の作る学校は建築段階から住民に受け入れられていた。正規の仕事を求める人がこんなにも多いとは知らなかった。税金は上がる一方で、経済は傾いていた。
学校ができた頃には聖女は国民に選ばれた国王になっていた。神殿の隣には、平民が利用できる治療所が建てられ、そのうち、国中に教会には必ず治療所と学校を作ることが定められ、無料で医師の診察と教育を受けられるようになった。
すると領主達にも慈善活動が広がり、ノブレスオブリージュが国の合言葉になった。
仕事に見合った対価を払わない業者はいつの間にか消えていき、不思議と街の治安は良くなっていく。聖女の国は自然と広がっていった。
「神官長、私の仕事はなんでしょうか?」
「そうですね。色々言い方はありますが…聖女様は聖女様ですから、お好きなことを仕事と呼んだらいいのです。お休みになるのももちろん仕事です。明日はお休みくださいね」
「はい、休みます。ところで、神官長はいつまで神官長なの?」
聖女は大陸を支配する帝教王という地位にいるが彼女のことは皆、変わらず聖女様と呼んでいる。
私もまた、神官長ではなく教王補佐という唯一無二の地位を得ていた。
「では、ユリエルとお呼びください。そうすればいつまでもそうお呼びいただけます」
「ユリエル…」
「はい、聖女様」
聖女様に名前を呼ばれたこの瞬間はあまりにも幸福で、蕩けてしまいそうなほどの甘美な喜びを感じてた。自分の名前が特別なものに感じたのはこれが初めてだった。
「ユリエル…とても嬉しそうね」
「はい。名前を呼んでいただけるのは、とても幸福なことでございます」
「やっと名前で呼ばせてくれた。私も嬉しい」
そう言ってくにゃりと笑った聖女様は、私の何万回見た夢の中の笑顔より遥かに尊い柔らかな表情だった。
「ユリエル!ユリエル!」
何度も楽しそうに私の名前を呼び、聖女様は私の周りを回っていた。
「聖女様、今日はもうお休みください」
「ふふっ。ユリエル、今日は一緒に寝る?嬉しいことがあった時はもう少し一緒にいたいと思うものなのでしょう?」
「聖女様、決して他の人にその様なことを言ってはいけませんよ。これは絶対です」
神の歯軋りが聞こえるのは幻聴だということにして、一緒に寝てしまいたい。
「私の愛し子を穢すのは許さないぞユリエル」
私は神の僕ユリエルだ。だから決して聖女を穢すことはない。無知な赤子をあやす様に、抱きしめて眠る。
孤児院で強請られるのと同じように、一緒に寝ることは楽しいことの延長なのだと考えているのかもしれないが、いつかそれが特別なことなのだと知る日が来るのだろうか。
「ユリエル、ずっと名前を呼びたかった」
「私もずっとユリエルと呼ばれる夢を見ていたのですよ」
夢が叶ってしまったら、どんな夢を見るのだろうか。どんな夢でも、聖女様さえいてくれたらいい。聖女の長い髪に腕をくすぐられながら、私は幸せな夢の中へと落ちていく。
「神官長」
朝目を開けると、腕の中で目覚めたらしい聖女様が私をまっすぐ見ていた。
「違った。へへ。ユリエルおはようございます」
夢から覚めても夢の続きが見られるのは、私だけの特権であって欲しいと願う。聖女の笑顔はとても眩しい。
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