何より大切な3つのこと 後編
「さて、フィアちゃん。今から帰るわけですがー……その前に、お昼寝しちゃいましょうね!」
「さすがに怖いですって!!!」
さあさあどうぞと言わんばかりに自前の寝袋を準備するクレハに、流石に大きな声を出すフィア。
そりゃあそうだよね、とクレハは苦笑いを浮かべる。
ダンジョン内で食事を摂る文化は比較的一般的だ。携帯食料や非常食など持ち運びに便利かつ栄養素の高い加工食品を持ち込み、短時間で食べる探検家が多い。勘違いしてはいけないが、ダンジョン内に本格的なキャンプセットを持ち込み調理を始める馬鹿……もとい天才はクレハのみであった。
ダンジョン内は、危険なのだ。命懸けで1歩1歩を踏みしめる、まさに魔境。たった1歩のミスで、その生涯に幕を閉じた探検家も少なくない。
そんな場所で昼寝を嗜む大馬鹿野郎は、後にも先にもクレハのみである。
ダンジョン探検家の組合でも、『あれは絶対に真似するな』という共通認識になっており、真似しようとして大怪我を負った者は問答無用で探検家ランクの降格及び半年の活動禁止処分に課されることとなる。
クレハは、本当に例外中の例外なのだ。
「大丈夫大丈夫! 今日は私が起きて見張りしておくから! まぁ大丈夫だと思うけどね! 魔物は入ってこないしトラップは全部除去したし!」
「こんなところで寝れるわけないじゃないですか! 気を抜いたら死んじゃうかもしれない場所なんですよ!?」
「えー? 寝ながら魔物探知ぐらいできなきゃー。オリハルコン級探検家なんて夢のまた夢だよー?」
「できるわけないですか!!」
とんでもない無茶振りをしてみせるクレハだが、実際問題彼女は寝ながら魔物探知できるし、なんなら寝ながら魔法を放って寝ながら魔物討伐すらできる。
そこは大人しく寝込みを襲われとけよ人間としてと、以前幼なじみからドン引きされたクレハ。基本的に全肯定な幼なじみにすらドン引きされたことはかなりのショックだったとクレハは語る。
閑話休題。
寝れるわけない! と叫ぶフィアは一般的な感覚の持ち主であり、何も間違いでは無い。
「でもねぇ……今のフィアちゃんを連れてダンジョン内を歩きたくないし……それに、正直眠たいでしょ?」
「……えっ、と……そ! そんなことないですっ!」
「だーうとっ。だって今日のご飯、炭水化物多めにしたからお腹いっぱい食べたら眠気が凄いはずだよ」
所謂『血糖値スパイク』と呼ばれる現象である。食後の高血糖を対処しようとインスリンが大量に生成された結果、過剰に血糖値が下がり過ぎてしまう。結果、あの食後の急激な眠気に苛まれる結果になる。
クレハはこれを意図的に起こす食事を作っている。間違いなく健康には良くないが、彼女はまだ肉体年齢16歳。無茶な食事をしても許される年齢なのだ。
このような食生活を30代以降も続けたらあっという間に糖尿病などの生活習慣病一直線なので、注意が必要である。
つまるところ──クレハの見立て通り、フィアは相当な睡魔に襲われていた。
気を抜いたらあくびが出てしまいそうなほど、今の彼女は眠たかった。瞼は重たいし、動きは緩慢だ。
「だ、って……! これ以上ご迷惑をかける訳には……!」
「迷惑なわけあるもんか。そんなことより! フィアちゃんが身体を休めてくれることの方が大事! ほらっ、さっさと寝なさいっ!」
ぐいぐいとフィアを寝袋の中に押し込むクレハ。何とか抵抗しようとしていたフィアだったが、眠気もありあまり意味を成していなかった。
すっぽりと寝袋に入ったフィアは、その寝袋のふかふかさと温かさ、そして包まれているという安心感に段々と力を失い……あっという間に夢の中へと旅立った。
くぅくぅと、可愛らしい寝息を立てるフィアを見て優しく微笑んだクレハは──やがて表情を真剣なものに変え、先程フィアから返してもらった自前の端末を操作する。
「もしもし、メルちゃん、ノエルちゃん。突然ごめんね、電話かけて」
『大丈夫だよー。だいたい事情は把握してるしー』
『ああ……先に言っておくが、父上も今回の一件については納得している。そちらを優先してくれて構わないとのことだ。まだ期日まで余裕はあるからな』
「話が早くて助かるよ……」
画面に映し出された最愛の幼なじみ二人の顔に少しだけ表情を綻ばせたクレハだったが、すぐに引き締める。
「今回、フィアちゃん……あぁ、獣人の女の子を保護します。違法魔道具を利用した催眠、奴隷化……幸い触った時に魔力の残滓を汲み取れたから、メルちゃん後で解析お願い。配信の映像も使っていいから」
『任されたー』
「ノエルちゃんは協会と報道各社に通達をお願い。私の名前を出していいから。違法魔道具の流通が確認された……私の名において、厳罰に処すって」
『承知した……ついでだが、その少女は一旦我が屋敷に連れ帰ってくれ。ライオット家が責任をもって預かる』
「心強いよ……それじゃあ私は、フィアちゃんが起きたタイミングでダンジョンから脱出。その後帰るから……あー、忙しくなるぞぉ!」
ふんぬ! と気合いを入れ直すクレハ。その表情は普段に比べてやる気三割増し、怒り五割増しと言ったところで、幼なじみでも滅多に見ることの無い氷上を浮かべていた。
メルとノエルはそんなクレハを見て、画面越しに目を合わせ、こくりと頷く。
彼女が暴走しそうになったら、何とか止めよう──この程度の意思疎通は言葉を使わなくてもできるほどに、この3人の仲は確固たるものだった。
「……あ、オリハルコン級探検家として宣言するけど、今回の犯人問答無用でライセンス剥奪及び永久追放ね」
『……メル、これは職権乱用に入るか?』
『入んないよー。妥当なところだよー……あ、うちの店のブラックリストにも入れとこーっと』
『……もしかして、二人とも相当怒っているか?』
「『当たり前だよ』」
画面越しに完全にハモった二人の声に、思わず身を縮ませるノエル。
チラリ、と二人の顔を見てみると、先程から怒りの表情を見せていたクレハは勿論、普段はへらへらと軽薄な笑みを浮かべているメルすらも口元が引きつっていた。
──あ、これダメだ。
そう察知したノエルだったが、既に二人はやる気満々だった。
「いたいけな女の子を奴隷にして売り飛ばすっ!? その女の子に催眠して駒として扱う!? 挙句の果てにはその子を囮に使って逃げる!? そんなヤツ私は人間として認めないっ! 人の皮を被った化け物だっ! 完膚なきまでに叩き潰すっ!! ぶっ殺してぶっ生き返してまたぶっ殺す!」
『クレハっ、落ち着け! 人はそう簡単に死んだり生き返ったりしないっ!』
『道具ってさ……人々の生活を豊かにしたり便利にしたりするためものなんだよ。使う人が間違えることはあっても、そこの前提条件は履き違えちゃいけないんだよ……だからさ……人を傷付けること、陥れることが前提で作られた道具なんて……この世に存在しちゃいけないんだよ……そんなものを作るやつなんか、生きてちゃいけないんだよ……』
『ええい、二人とも思想が強いっ!』
良くも悪くも、一般的な家庭で生まれ育ったクレハとメル。貴族の娘として教育を施され、人の悪意にも触れてきたノエル。
当然、ノエルも非道かつ卑劣な行いに憤りを感じているし、犯人をどうしてやろうかと考えてもいたが、それでも頭は冷静で怒りに支配されることは無かった。
が、そんなストッパーが存在しない2人は、もう既に暴走しかけていた。クレハは一心不乱にナイフを研ぎ始めるし、メルは既に配信の映像から解析を試みていた。
なんだかんだ、彼女たちはきちんとした倫理観と正義感を持つ善人なのである……が、持っている技術並びに能力が卓越しすぎて、やろうと思えば大変なことがやれてしまうため、ストッパーが居ないと大変なことになる。
そのストッパー役を引き受けているノエルは、間違いなく苦労人である。
『頼むから、人道的な行動を頼むっ! 2人が外道に堕ちる所だけは見たくないっ!!』
ノエルの悲鳴は、ライオット家の屋敷中に虚しく響き渡るのであった。
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