何より大切な3つのこと 前編


「正直さー? 休日にゴロゴロしながらテキトーにお昼済ましてお昼寝ってのも幸せだよ? でもさぁ……やっぱり働いてる途中に嗜むお昼寝が至高にして究極なんだよねー」



 などとカメラに向けてぼやきながらダンジョン内をスイスイと進む少女が一人。

 史上最年少オリハルコン級探検家にして、現世界最高の探検家とすら噂されているクレハ・ヴァレンタインである。

 トラップ発見、と足元に張り巡らされていた細い糸をプチンとナイフで切った彼女は、カメラから目線を外して次の大部屋へと警戒しながら足を踏み入れる。



「お、ラッキー。階段じゃーん。今日の目的は最上階だしー、サクサク登ってくよー」



 新しい部屋は行き止まりとなっており、そこには次の階へと進む階段が鎮座していた。現在14階。ペースは順調そのもので、機嫌のいい彼女はいつも通り鼻歌交じりに周囲の警戒を行っていた。

 ──ここは彼女が住む領地からは少し離れたトトエル地方。比較的低難易度のダンジョンが多いそこで唯一と言ってもいいほどの高難易度ダンジョン、『グリンの塔』。


 階層自体は20階程度とそこまで高くないのだが、兎に角魔物が強い。強さだけなら先日の『オルデラ大森林』に匹敵する。このダンジョンを踏破出来たら、探検家としては一流と呼んで差し支えないだろう。



「今日の目標はねー、ここの最上階に出現するグレートレッドドラゴン……の肉。ライオット家主催のパーティーで振る舞いたいんだってさー」



 一般探検家なら討伐自体が一大目標であり、とある探検家が人生の到達点とまで言うほどの魔物を食料としか見ていないクレハにコメント欄は大盛り上がり。

 中には他の探検家からの嫉妬混じりの辛辣なコメントも見受けられたが、転生前から合わせて30年程度生きてきたクレハには柳に風。


 鼻歌交じりにトラップの探知を行い、階段を登ろうと足をかける──瞬間、上階から何かが降りてくる気配。



「んあ? ……魔物じゃないな……人?」



 足音、息遣い、そして怒号に悲鳴。

 明らかに尋常ならざる気配に身構えると、上階から転がり落ちるほどの勢いで降りてくる人の集団。


 しかし、彼らは階段の中腹ぐらいで立ち止まったかと思うと、突然そこから彼らの気配が煙のように霧散した。



「脱出したのかな……? うん、多分そうだね」



 緊急脱出用の『帰還石』を使用したのだろう。使えばたちまちダンジョンの入口に戻れるダンジョン攻略の必需品(発明者メル)。

 恐らく、上層で不測の事態に襲われた探検家が命からがら階段まで逃げ込んで、そのまま脱出して行ったのだろうとクレハは推測する。原理は不明だが、ダンジョン内の階段は基本的に魔物が入ってくることもなければトラップが仕掛けられることも無い。ある意味一番の安置である。



「……さて、鬼が出るか蛇が出るか……」



 少しだけ引き締まった表情を浮かべたクレハは、少し早足気味に階段を駆け上がっていく。

 そして、やってきた15階に降り立ったクレハは、目の見える範囲に魔物が居ないことを軽く確認し、目を閉じ精神を整える。階層全体に意識を広げ、魔力の揺らぎを感じ取る。


『生物探知』──彼女が魔物からの不意打ちを受けない一番の理由は、この技術があまりにも卓越したものであるから。



「……居るね、一人…………魔物の大軍…………これは…………モンスターハウスっ!」



 そして、感じ取ったのはこの先の大部屋。人間が一人と、その一人を取り囲むように立ちはだかる大量の魔物の気配。

 単純な仕組みであるにも関わらず、有史以来数多の探検家を葬ってきた、ダンジョン最凶最悪のトラップ──『モンスターハウス』。


 それに気づいたクレハは、一目散に駆ける。その顔からはいつもの愛嬌のある笑みは消え、焦りが見え隠れする。



「居た…………! 大丈夫かいっ!?」



 そしてたどり着いた、とある大部屋。

 軽く二、三十匹の魔物がひしめくその空間に、小柄な少女が一人。部屋の端に追い詰められ、絶望に染まり切った顔で震え上がっていた。


 ──クレハ・ヴァレンタインは、正真正銘の善人である。困っている人が居たら、悲しんでいる人がいたら、止まれない、止まらない。



「全てを切り裂く純粋なる風よ。悪しき心を持つもの達の命を蹴散らせ────『シャインソニック』っ!!」



 なんの躊躇もなく詠唱を済ませたクレハの手から、光り輝く真空の刃がいくつも飛び立つ。

 完璧に制御されたそれが魔物──赤いリザードマン──の首を刎ねる。

 黒色のスケルトンを縦に真っ二つにする。

 青いオークを上半身と下半身に両断する。


 その場に存在するありとあらゆる魔物に致命的な一撃を与え続け──やがて、その部屋の魔物は例外無く絶命する。


 ドサドサと崩れ落ちていく魔物たちを呆けた目で見上げる少女にゆっくりと近づく。



「大丈夫? 怪我は無い?」

「へ、あ、え…………く、クレハ・ヴァレンタイン…………!?」

「そうだよ。良かったね、私がたまたまここに居合わせて」

「…………そうだっ! 他のみんなはっ!? 三人いる筈なんですっ!?」

「三人……多分、彼らは脱出した筈だよ。階段で消えた気配を感じた」

「そ、そうですか……良かった……助けて下さって、ありがとうございます」



 ──真っ先に他人の心配かと、クレハは感心する。

 少女は自分の同い年位だろう。深めにフードを被った少女は、薄らと笑みを浮かべていた。安堵したのだろう、へにゃりと全身から力が抜けていた。



「大丈夫? 立てるかい?」

「あ……ありがとう、ございます……あの……本当に、クレハさんなんですか……?」

「そうだよ。ちなみに今絶賛配信中」

「へっ……」

『怪我無い?』

『大丈夫?』

『クレハちゃんがいたら大丈夫だよ』

『安心していいよ』



 普段は適当なことを書き込む視聴者たちも、この日ばかりは素直に少女の身を案じていた。

 ほら、とクレハに見せられた配信画面を見て目を丸くする少女。そんな彼女を見てクレハはひとまず大丈夫そうだと安心する。



「……それじゃあ、さっさと階段まで行こっか。帰還石、あるよね?」



 とりあえず、今日の所は家に帰ってもらおう──そう考えたクレハは、彼女を立ち上がらせる。

 もう彼女に戦う力は残っていないのだろう。しかも複数人でのパーティーでここまでやってたとなると、一人一人の力ではこの塔は厳しい……そう考えての提案だった。



「あっ、いえ……帰還石は、持たされていません」

「あれま、そっか……持たされていません?」



 持っていない、ではなく持たされていない──この言い回しに違和感を感じたクレハは、眉をひそめて少女を見つめる。

 少女はそんなクレハの様子にこてんと首を傾げてみせる。そして、クレハは気付いた。


 彼女の首に巻かれた、複雑な意匠が凝らされた首輪の存在に。



「はい。緊急事態に見舞われた時は、私が時間を稼ぐ手はずになっていたので」

「……それ、は……」

「私には……それくらいしか出来ないので」



 ──これは、良くない。


 そう判断したクレハは、今も尚心配の声が絶えない配信に向けて笑顔を見せる。



「みんなごめん! 今日の配信はここまでにさせてもらうね? ちょっとこの子を街まで送り届けたりするから!」

『分かった』

『クレハちゃんなら安心』

『謝らなくていいよー』



 コメントが概ね好意的な意見に包まれたことに安心しつつ、別れの挨拶を済ませて配信を切る。


 ここから先の話は、配信に載せられない可能性がある。なにより、この子が危うい──そう考えたクレハは、配信を切って二人きりの状況を作る。



「さて、と……君の名前を教えて貰って良いかな?」

「……フィアと申します」

「フィアちゃんね……君、その首輪は何かな?」

「これですか? 主従の証だと教えられましたが……」

「……はぁ」



 予想通りの受け答えに、クレハは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。普段は明るく元気に楽しくがモットーの彼女が浮かべるものとしては、あまりにも似合わない。

 どう話せば良いかと考えを巡らせたクレハだったが……やがて、意を決したかのように少女の肩に手を置く。



「この首輪はね……そんな生易しいものじゃないよ……」

「…………へ」

「服従の首輪……獣人にのみ効果のある代物でね。着けさせた相手へ絶対服従する代物……この国だと完全にアウトなものだね。本来なら、解除は所有者が死亡するか解除するかしかないんだけど──私には、関係ない」



 ぐ、と首輪に触り力を込めるクレハ。

 次の瞬間──少女の首輪はボロボロと崩れ落ちる。



「この手の魔道具は、許容以上の魔力を流し込むと壊れるんだよね……で、その様子だと……自分の置かれていた立場が如何に酷いものだったか、ようやく理解したみたいだね」

「あ…………あぁ………………わた、しは…………私は…………っ!」



 先程までは薄らとした貼り付けたような笑みしか浮かべていなかった少女は、カタカタと震えだし、自分の体を抱きしめていた。

 へにゃへにゃとその場に崩れ落ちてしまった少女の顔を覗き込むようにしゃがみ込んだクレハは、彼女のローブをぱさり、と取る。


 ローブに隠されていた二つの毛むくじゃらの耳が、ぴょこんとはねた。



「……大丈夫。私が居る。何も心配することは無いよ──このクレハ・ヴァレンタインの名にかけて」



 痩せこけた頬、病的なまでに細い腕、血色の悪い肌、手入れのされていないボサボサの栗毛。

 明らかに大切にされてこなかった獣人の少女は、慈愛の表情を浮かべたクレハを見て──ただ、その場に崩れ落ち涙を流した。


 ──ごめんノエルちゃん。配信見てると思うけど、後で連絡するね。


 獣人の少女の頭を優しく撫でながら、クレハは依頼を受けた幼なじみへと心の中で謝罪をしていた。


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