ダンジョンお昼寝部~転生少女は最高のお昼寝を追い求める~

コロリエル

ベーコンエッグトーストは最強なんです


 昼寝とは。


 多くを語る行為などではない。昼食を食べたのちに取る数十分ほどの仮眠、ただそれだけ。

 昼食の後というのは如何せん睡魔に襲われやすい。そのせいで午後からの活動に支障をきたすこともしばしば。それの対策として体を動かす、顔を洗うなど様々な方法があるが……いっそのことその睡魔に身を委ねる、というのも一つの手である。


 事実、夜の本格的な睡眠に支障が出ないくらい短時間の睡眠なら午後からの集中力を高めるなど、メリットも多い。何より、幸せである。


 というわけで、少女……クレハ・ヴァレンタインの趣味は昼寝である。こんなに素晴らしい行為、それこそ毎日のように嗜みたい。



「魔物除けヨシ、新調した寝袋ヨシ、各種調理器具ヨシ……武器ヨシトラップヨシ魔石ヨシ。うん、今日も準備完璧」



 最近買ったばかりのマイホーム(元倉庫。格安だった)内で一通りの準備をしたクレハは、厳選した荷物を入れたリュックを背負う。このリュックは最近名が売れてきている幼馴染の錬金術師が開発した優れモノで、風の術式を応用することで体への負担を軽くする効果がかかっている。おかげで多少無理して詰め込んでも大丈夫。

 マイホームに鍵をかけ、元気に駆け出す。


 ──彼女の職業は、ダンジョン探検家。


 様々なモンスターやトラップが待ち構えているダンジョンに侵入し、その中にある素材や宝物を持ち帰りそれを収入源とする職業。世界で最も危険な職業であると言われており、それと同時に最も夢のある職業と言える。宝の中にはとんでもない価値のものも存在しており、それを手に入れることができればまさに一攫千金。しかし、当然命がけ。毎年無視できない数の探検家が犠牲になっている。


 それでも、彼らはダンジョンに入ることを止めない。


 ダンジョンに、狂わされているから。ダンジョンに狂っているから。彼女はどうなのか、と聞かれたら、勿論、と声を大にして答えるだろう。


 最も──狂い方は、少し違うが。



「今日のお昼はー……食パンにーバター塗って……フライパンで焼いてー……目玉焼きにー塩胡椒をたっくさんかけてー……乗っけて……あ、ベーコンも焼いちゃお……ふふふっ……楽しみだなぁ……」



 まだまだ朝。しかも朝食も食べたばかり。なのに昼食のことを既に考え始めて居るのは、彼女が食べるのが大好きだから。

 食事を食べるために一日を生き、食べるために路銀を稼ぐ。


 しかし、それ以上に彼女は、昼寝が大好きだ。


 食べて、寝て、ダンジョンで稼いで、また食べて、寝て……その毎日だ。


 彼女は今が最高に幸せだという。それこそ……日本で暮らしていた時からは考えられないくらいに。

 早い話……クレハ・ヴァレンタインは所謂異世界転生した元日本人だ。昔から病弱で、ベッドから起き上がることもままならなかった彼女は、結局十四歳という幼さでその生涯を終えた。


 ……そして、目を覚ましたら見知らぬ女性が慈愛の表情で自身を抱き上げていた、という感じだ。

 それから彼女は、クレハ・ヴァレンタインとしての人生を歩み出した。健康な身体、血色のいい顔、優しい両親、仲のいい幼なじみ……どれもこれも、前の人生では得ることが出来なかったものが、そこにはあった。


 そんなわけで、彼女は異世界ライフを存分に満喫していた。



「こーんにーちわっ! 今日も来ましたー!」

「お、クレハちゃん今日も元気だねぇ。今日もお昼寝かい?」

「もっちろん! 私はお昼寝とご飯のために生きてますから!」



 家から歩くこと数分。ここ最近ほぼ毎日足を運んでいる近所のダンジョン。毎日内部構成が変化するタワーダンジョン、全50階。

 ここの40階は他の階層と比べても平均気温が高く、床暖房みたいで非常に寝心地が最高。出現モンスターは爬虫類系しか居ないから、そこだけ対策すればのんびりできるという算段。


 という訳で、クレハは最近ここに足を運んでいる。入口に駐在している兵士とは、もうすっかり顔馴染みだ。



「それじゃあ、気を付けてな! クレハちゃんなら大丈夫だと思うが、気を抜くなよ!」

「はい! 気を抜かずに昼寝してきます!」



 兵士の横をぬけて、塔の中に入っていく。

 胸にかけた青白い金属製のドッグタグのようなプレートが、キラリと輝いた。




────40階────




「ふんふふふーん」



 幸運なことに、今回は特にトラブルもなくサクサクと40階まで登ることが出来た。フロア内のモンスターを粗方狩り尽くしたところで、まずは休憩スペースの確保。

 丁度いい具合に日差しが差し込む窓際を見つけたので、その近くにどさりと鞄を下ろし、中からふたつの道具を取り出す。



「ここで取り出したるは、メルちゃん印の魔物避けー!」



 カバンの一番取り出しやすいところに入れていた正六面体。ひとつの面を除いて何やら複雑な模様の魔法陣(魔方陣ではない)が刻み込まれている。

 そして、残された一面に半球状の窪み。そこに持ってきていた水筒からチョロチョロと水を入れる。これで準備万端。



「なんとこちらの商品はですね、この窪みに水を入れることであら不思議! 半径5m以内に一切魔物が侵入してこないという優れもの! 100回使えてお値段込み込みイチキュッパ! 198まんえん……じゃなくって、198万ゴールド!」



 どこかのテレビショッピングを思わせるような口調で、自身の周りをふよふよと浮いている物体……カメラに似たそれに、にこりと笑いかける。

 彼女は確かにダンジョン冒険家だ。しかし、お金はいくらあっても困らないので、副業がてら配信業も嗜んでいる。まさか異世界にも配信業が存在しているとは思わなかったクレハだったが、前世の記憶のおかげで視聴者数は上々。今日も沢山の人が彼女の配信を見てくれていた。


 手元に置いた薄い板……元いた世界で言うところのスマホのようなものには、カメラからの映像と視聴者からのコメントが表示されていた。



「高い? そりゃあ高いよ、これ。なんてったって私の自慢の幼なじみ、メルちゃんの最高傑作なんだから! という訳で、私の最大手スポンサー、『メル工房』をよろしくっ! ……さーて、宣伝はこれくらいでいいかな」



 ことり、と魔物避けを床に置いたクレハは、がさごそとカバンの中からキャンプの道具を取り出していく。

 クレハの変わり身に対するツッコミが殺到していたが、彼女はそれをスルーしてちゃっちゃと準備を進める。


 まずは何より、椅子と机、そして寝床だ。地面にだいたい3m四方のシートを敷き、持ってきた折りたたみの椅子と小さめのローテーブルを拡げて設置。最後に寝袋を放り投げれば、最低限の準備は完了。


 テーブルの上に小さなコンロを二つとフライパン、小鍋を置けば、これでもう無敵だ。



「それじゃあ、お昼ご飯にしちゃいます! 今日のお昼は、ベーコンエッグにトースト! あ、それだけだと物足りないから、野菜たっぷりのスープを作っちゃいます!」



 まずはスープの準備から。


 家から持ってきたカット済みの野菜を鍋に入れ、自生していたマッドマッシュ(しめじに近いキノコ。なかなか美味)も投入。ここに牛乳を投入し、塩胡椒をさっと振る。コンソメ等という便利な物は無いが、最愛の幼なじみが生み出した試作品の調味料(うま味調味料に近い?)がある。それをぱっぱと振って味を整え、そのままコンロで温める。


 スープはこれで放置でよし、と指差し確認。たまにかき混ぜておけば焦げることもないだろう。



「お、初見さんいらっしゃいです! ゆっくりして行ってください! 意外と豪快? 外で作るご飯だからねー。凝ったのは作れないよー」



 適度にコメントに返信しながら、テキパキと料理を進めていく。トーストは完成。スープはもう少し煮込む必要あり。残りは、ベーコンエッグのみ。



「それじゃあ、メイン行ってみよー! 今日の卵はー……ダンジョン内でゲットした、エルダーコッコの卵!」



 じゃーん! と口にしながらカメラに見せつけるのは、黒い斑点模様の大きめの卵。市場に流せば1個100ゴールドは下らない高級食材。ちなみに、だいたい1ゴールドで100円くらいの感覚だ。つまり、このエルダーコッコの卵は日本円で1個1万円。魔物避けに関しては1個約2億円だ。


 思わぬ高級食材の出現に沸くコメント欄に満足しつつ、油を馴染ませたフライパンにまずはベーコン。そして、エルダーコッコの卵を投下。

 じゅうううう、という食欲をそそる油の跳ねる音。透明だった白身に色がつき、ベーコンにも焦げ目が付いていく。スープにも入れた塩胡椒を強めに振り、水を入れて蓋をして蒸し焼き。



「黄身はやっぱり半熟かなぁ。トロッと流れ出る黄身とベーコンの塩気、パンの香ばしさが合わさったらさぁ……さいきょーだよねー?」



 頃合いを見て蓋を開けると、綺麗な焼き色の着いたベーコンとしっかり焼けた目玉焼き。

 すぐにでもかぶりつきたい衝動を堪え、ベーコンと目玉焼きをトーストに載せる。



「はーい完成! ベーコンエッグトーストとー、野菜たっぷりミルクスープ!」



 カメラに向けて完成した料理を見せつける。反応は大体が料理に関する感想だ。概ね良好な反応だ。目玉焼きの焼き加減についの論争が湧き上がっていたが、クレハはそれをスルー。

 いただきます、と一言呟いてから、まずはスープから。


 スプーンで葉物野菜とマッドマッシュを掬い、息をふきかけて冷まして口に運ぶ。



「はぁ……美味しい……ミルクのコクと野菜の甘さがしっかり出てる……試作品の調味料、少しパンチが強いけどこれもまたアリ……マッドマッシュの歯応えもいいねぇ……あ、このうま味調味料は試作品だけど、その内一般販売されると思うから、『メル工房』のチラシを要チェックだよ!」



 しっかりと宣伝をした上で、いよいよメインのベーコンエッグトーストを手に持つ。

 たっぷりとカメラに見せつけた上で、クレハはかぷり、とトーストに齧り付く。



「……………………パンしか食べれてないや」



 むぐむぐと、香ばしく焼けたパンを飲み込み、気を取り直しての二口目。今度こそパンの上に乗った目玉焼きとベーコンを共に口にする。



「…………はい、さいきょー」



 カリカリに焼いたベーコンの旨みに、弾力のある濃厚な味の白身。それらと表面はカリッと、中はふんわりと焼けたトーストは正しくベストマッチ。

 普段は丁寧な食レポに興じるクレハも、思わず三口目四口目と、無言で食べ進め……ついに、到達する。



「これさぁ……黄身、やばいよね?」



 白身の時点で相当な美味のエルダーコッコの卵。その黄身となったら、どれほどなのか?

 ごくりと生唾を飲み込み、勢いよく黄身の部分に侵略を始める。



「…………みんな、エルダーコッコの養殖が確立できないか国に掛け合ってみるから、楽しみにしといて。せめて十分の一の価格にまで落としてみせる……これは、美味しい」



 日本にいた一般的な鶏の卵……その黄身を濃縮したかのような旨みとまろやかさが口いっぱいに広がり、ベーコンの塩気が合わさりそこはもう天国。

 こぼれ落ちそうになる黄身に吸い付き、そのまま全て平らげる。本当は適度なタイミングでスープを飲み進めながら食べるつもりだったが、あまりにも美味しかったのだろう。ベーコンエッグトーストが先に無くなってしまった。



「あー……ごめん。これはねぇ、美味しいねぇ……あー、幸せだぁ……」



 普段はぺらぺらとよく回る口も、美味しいものを食べると途端に動かなくなる。人間は、本当に美味しいものを食べる時は食レポなんか出来ないのだと、クレハは最近感じるようになった。

 デフォルトの食事が病院食だったというのも、それに拍車を掛けているのだろう。

 残ったスープ片手に、椅子に深く腰掛ける。ここから暫くは雑談タイムだ。



『クレハちゃん国に掛け合うってホント?』

「ホントホント。こー見えてもちょっと政府に知り合いが居てね?」

『ちょっと?』

「んー……いや、ちょっとじゃないかも……まぁ、誰だって美味しい物と不味いものならさ、美味しいもの食べたいじゃん?」



 流れてくるコメントを的確に拾い、会話を進めていく。初めこそぽんぽんとテンポよく弾んでいた会話だったが……スープを飲み干した位のタイミングで、待ち望んでいたものがやってきた。


 体全体がだるくなり、瞼がとろんと落ちてくる……心地よい、眠気が彼女に襲いかかっていた。



「あー……ごちそうさま、でした……ふぁあ……それじゃあ、きょうのはいしんは、ここまでー……みんな、きてくれてありがとー……これからも、クレハ・ヴァレンタインとメルこうぼうをよろしくー……ばいばーい……」



 別れの挨拶を済ませ、カメラを全て停止させて鞄の中にいれる。

 配信は楽しいし、ご飯は美味しい。だけど、そんなものは全て……これから行う尊い儀式の前では、おまけもおまけ。全ては、この至福の時間のため。



「んー……うぉーたー……」



 使い終えた鍋や食器などを、出力を絞った水魔法で洗う。油汚れに関してはここでは落としようが無いので、取り敢えず机の上に濡れたまま放置。ここは気温が高いので、放っておいてもすぐ乾く。

 ふらふらとおぼつかない足取りで、何とかたどり着いた本日の桃源郷……寝袋。



「きょうのねぶくろは、うすめの、つーきせーたかめ……あたたかいここだったら、べすとまっち……」



 いそいそと、寝袋の中に入り込み、全身を弛緩させる。

 ここに来るまでの緊張感や、配信していた時の集中の残滓が霧散する。



「あー……これは、いいや……ぬくぬく……」



 思惑通り、寝袋の中は心地よい温もりになっており、地面から伝わってくる熱が心地よい。恐らく地べたに直接寝袋だったら暑くて安眠などできなかっただろうが、今回床に敷いたシートが程よく断熱してくれていた。

 このまま眠りについても良いが、このまどろみを楽しみたい……そう考えたクレハは、緩慢な動きでディスプレイに手を伸ばす。折角なので、他の人の配信でも流そう。



「んー……ふぁああ……」



 しかし、その手がディスプレイに届くことはなく、パタンと床に落ちる。

 いくら有名な配信者だからといっても、転生者だからといっても、所詮はただの十六歳の少女。

 美味な昼食を食べ、暖かい温もりに包まれればその意識は直ぐに刈り取られるに決まっていた。


 すぅすぅと、小さな寝息が聞こえてくるまでに、そう時間はかからなかった。


 ──目覚ましをセットし忘れた彼女が目を覚ましたのは、それから約二時間後の事だった。

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