第6話Ep6.生徒会長
五月二十五日、水曜日。
放課後、午後五時。職員棟、生活指導室。
その挨拶する人、実在するんだ。
カイがまず考えたのはそれだった。
なぜって、扉を引き開けた彼女の第一声が、
「ごきげんよう」
だったから。
「あ、え。ご、ごきげんよう……?」
「ごきげんよー」
「お疲れ様です、キキさん」
しどろもどろで返したカイは、先輩たちの言葉でようやく、彼女こそが噂の生徒会長――
「初めまして、あなたが神宮開くんね。副部長の白沢希喜です。白いに、さんずいの簡単な方の沢に、希望の喜びで白沢希喜。三年二組で、生徒会長もやってます」
キキは室内を一周見回してからふわりとカイに近づき、そう言って軽く頭を下げながら制服のスカートをちょんと摘まみ上げた。
「え、ふえあ、ふぁい!」
カイも慌てて――スカートなど履いていないのに――その動作の真似をする。後ろで先輩たちが爆笑する声が聞こえてくるが、とてもとても、構っている余裕はない。
以前サトル先輩にやたらと「見たことあるはずですよ」と言われたことがあるけれど――、なるほど確かに、彼女は特徴的な顔立ち、もとい髪色をしていた。
前髪のひと房と、後ろ髪の両側のひと房ずつ。そこだけキキの黒い髪の毛は白く色が抜けていた。そんな奇抜な髪色を好んでするようには見えないから、きっと地毛なのだろう。その後ろ髪は両耳の下でなにやら複雑に編み込んであり、白い部分が美しく幾何学的な模様になっている。
けれどそんなの、彼女を表す個性の一部にしかすぎなかった。
特徴的な前髪の下の肌、それは陶磁器のように白くなめらかだった。それでいて頬は健康的な桜色に染まっている。マスカラなどしていないまつ毛は細く長く、少し伏せると「深窓の令嬢」という言葉がよく似合う。
そして、その制服。
白いブラウスに黒いベスト、膝が完全に隠れる丈のスカート。少しも崩していない制服はともすれば野暮ったく見えるものだけど、彼女はそれを完全に着こなしていた。
少し袖が膨らむデザインのブラウスも。襟ぐりが四角く開くベストも。細くプリーツが入るスカートも――そのどれもが、まるで彼女のためにあつらえられたように、彼女の魅力を引き出すために作られたように、完璧だった。袖の膨らみで華奢な手が強調され、黒いベストでその上に乗る白く小さな顔が引き立ち、細いプリーツでそこから伸びる足のラインがより美しく見える。
そこに彼女自身の所作の優雅さが加わり、まるでその背景だけ花が咲き乱れているようだ。
(すごい! ザ・お嬢様って感じだ!! モモモク先輩とは正反対だ!!)
失礼とも気付かずカイはついその顔を凝視した。
その花をさらに増やすかのようにキキは口元に手をやってくすくすと笑い、
「うふふふっ。話には聞いていたけれど、おもしろいのね。二か月も顔をだせなくてごめんなさい、でも、これからは何でも聞いてね」
そう言って右手を差し出した。
(こ、これは!!)
カイはその手を見つめた。そして引っ込められる前にと言わんばかりに、
「はい!! よろしくお願いします!!!!」
勢いよく言ってその手を握り返す。
彼女の手は少しだけ自分より体温が低く、力加減を間違えたら折れそうなくらい細く――、ふにりと柔らかかった。
(あああああ女子の手握っちゃった! 女子の手握っちゃった!!!!)
「……いつまで手握り合ってんだ! 離れろ!」
耐えかねたジンゴが間に入ってぐいっと引き剥がす。
「うふふふ、なあに、ミライ、やきもち?」
「健全な男子にヘンな妄想を抱かせるなって言ってんの!」
彼がため息をつく中、カイは握手した右手を天に掲げた。
「女子の手握っちゃった!!」
「声出てますよ」
サトルの冷めた声にもめげずぐるっとキキの方を向く。
「俺、この手洗いません!」
「馬鹿離れろ近い」
「うふふ、洗ってね」
ひとしきり笑ってからキキはふわりと背を向け、席に座った。いつものように向かい合わせに四つ並べていた机の、ひとつに。
それが合図かのように他のメンバーも席に着く。キキの隣にジンゴ、その向かいにサトル。
カイはゴクリと唾を飲み込み、最後のひとつの席に座った。
「――それでは、始めましょうか」
キキの柔らかな、けれど芯を感じる声に大きく深呼吸する。
と思ったらその横で、
「部長、俺なんだけど」
とジンゴが微妙な顔をしていた。
「あら、ごめんなさい。つい生徒会の癖で」
「ここは生徒会じゃありません~~。俺の部です~~」
「どっちでもいいけど早くしてくださいよ、横からカイくんの心臓が飛び出そうなんですけど」
「っと、ワリィ」
緩んだ空気を引き締めるようにジンゴが軽く咳払いする。そしてカイのことを真っ直ぐに見つめる。
「オカルト研究会が部活動管理委員会の審査に落ちた理由。お前の考えを、聞かせてくれ」
♢ ♦ ♢
――――――――――
―2022.5.25 18:55―
―お悩み相談部―
kiki:
アポイントが取れました。
kiki:
明日の午後五時、第二応接室から一時間程度
kiki:
なら、大丈夫だそうよ。
神宮開:
ありがとうございます!
kiki:
がんばってね😄
――――――――――
♢ ♦ ♢
五月二十五日、水曜日。
放課後、午後六時半。職員棟。
話し合いが終わり、「じゃあ私はおいとまさせて頂くわ」と一足早く教室を出たキキを、カイは慌てて追いかけた。
「あ、あの! シロサワ先輩! ちょっと待って!」
「キキでいいわよ? 私この名前気に入っているもの。どうしたのかしら」
ふわり、とスカートの裾を翻して彼女が振り返る。その数歩手前でカイは立ち止まった。
大した距離は走っていないのに息が上がる。野球部を引退してからの体力の低下を実感しつつ呼吸を整え、それから最後に大きく吸う。
「そのっ! 先輩に聞きたいことがあって!」
「彼氏はいないけど好きな人はいるの。だから、ごめんなさい」
頭を下げられた。
数秒脳がフリーズして、それからやっと、彼女の発した音が言葉として理解される。
「え、あ? ……もしかして俺、いまフラレました?」
「ごめんなさい」
「え、告白もしてないのに!?」
「ごめんなさい」
引き続き頭を下げながら言う彼女に、
「いやっ、違うんです! 告りにきたわけじゃなくって!」
カイは慌てて両手を振った。
その言葉にやっと、キキはゆっくりと顔を上げた。
「あら、違うの?」
「違いますよぉ~。そんな、今日初めて会った人に告白なんてできないですよ、俺」
「あらあら。一目惚れだとか言って突然告白してくる子が多いものだから、てっきりあなたもそうかと思っちゃった。ごめんなさいね」
口元に手をやって、花を咲かせるようにくすくすと笑う。
(つよ)
「うふふっ。それで、どんなご用かしら」
先を促されて彼女を追いかけた理由を思い出す。つい見とれていたカイは顔を引き締めた。
「あのっ。これ、いろんな人に聞いて回ってるんですけど……。憧れが理解から最も遠い感情だとしたら、その反対ってなんだと思いますか?」
「なあに、変わったことを聞くのね」
「あ、スイマセンいきなり……」
「いいのよそんなに謝らなくて。憧れが理解から最も遠い感情なら、その反対は何か。そうね……」
キキは口元に手を当てたまま数秒考えこんだ。そして、
「『
「え? ジョ?」
脳内に「オラオラオラオラオラ」と叫び続けるキャラが浮かぶが絶対に違う。目を白黒させるカイに、キキは「うふふっ」とたおやかに微笑んだ。
「孔子の言葉よ。人生で一番大切な言葉は何かと聞かれた孔子はこう答えるの。『それ恕か。己の欲せざる所は、人に施すことなかれ』、って。自分が他人にされて嫌なことは他人にもしてはならないっていう、思いやりの心のことね」
「は、はあ……」
「憧れは理解から最も遠い感情……。言い得て妙だけど、どこか悲しい言葉よね。きっと、理解されたら離れていくと思ってる……。だから、『恕の心』。私、これ、『自分がされて嫌なことはしない』、の前に、『他人がされて嫌なことはしない』が含まれてると思っているの」
相手のことをよく理解しないと、されて嫌なことだってわからないものね。
そう言ってキキはまた微笑み背を向ける。カイは慌てて頭を下げた。
「あ、シロッ――キキ先輩! 答えてくださってありがとうございました!」
「うふふ。またなんかあったらなんでも聞いてね。それでは、ごきげん麗しゅう」
「はい、お疲れ様です!!」
緩やかに小さくなっていく背を、先輩尊敬パラメータをカンストさせてカイは見送った。
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