第2話Ep3.黒蛇の会
新聞部部長。
その言葉を聞いた瞬間、イコマはまた顔をしかめた。いや、イコマだけではない。ジンゴも同じような顔をして頭を抱える。
「新聞部部長……。いやまーそーかもしれねぇけど……」
「あの女の手を借りるのは……ちょっとな……。どうしようもなくなった時の最終手段だろ……」
カイは急激に歯切れの悪くなったふたりの顔を交互に見た。
サトル先輩が以前言っていた、「この学校の生徒に関して知りたいことがあれば、キキさんか新聞部部長に聞けば大体わかります」、と。キキ先輩はお悩み相談部副部長、かつ生徒会長の三年生。生徒会長と同列にあげられた新聞部部長もさぞ立派な人なのだろうと、勝手に思っていたけれど。
(けっこう嫌われてるっぽい……?)
よくわかっていないカイを見てジンゴは、
「新聞部部長はな……性格が、ちょっとな……」
眉間に皺を寄せて言い、続いてイコマも、
「性格もそうだが、学校中に隠しカメラ仕掛けるような奴だぞ……。あまり関わりたい相手ではないな。新聞部だって、アイツが部長になってから新入部員がひとりも入ってない。伝統と活動実績がなければ即廃部にしたいくらいだ」
低い声で言って首を振る。
ふたりの言葉にカイは目を丸くして頷いた。ジンゴは誰とでも仲良くなれるタイプの人だろうから、彼が「性格が……」というのなら相当な難アリなのだろう。そして隠しカメラ、それはもう犯罪に近いのではなかろうか。この学校はそこそこ偏差値が高いはずだけれど、通っているのはただのいい子ばかりではないようだ。
「はえ~、隠しカメラはヤバイですね。それは確かに関わりたくないかも」
「でも今回に関して言えば、その隠しカメラを見せてもらえば即解決するわけですから。……しかし依頼主がそう言う以上、まずは自力で考えてみましょうか」
サトルは冷静に言い、再びメモ用紙を四人の真ん中に置いた。
「掲示板見張るのもいいですが、この紙からわかることもあるはずです。――例えばこの、最後の数字。電話番号ですかね」
「ああ、それ。一回掛けてみたんだが」
「早く言えよ」
口を挟むジンゴをイコマは軽く睨んだ。「タイミングがなかったんだ、仕方ないだろ!」と小さく言って、
「しかしあまり要領を得なかった。掛けても意味はないかもしれん」
「でも出たんですね、相手は。どういったやり取りをされたんです?」
「まず俺が、『黒蛇の会のメモを見たんだが、貼った本人で間違いないか』と、そんなようなことを言ったんだ。そしたら向こうが、『合言葉。やるべきことは?』と言ってきて――。突然合言葉と言われても困るだろう。俺が答えられないでいるうちに切れてしまった」
「合言葉――? このメモにはそんなヒント、なさそうですが……?」
「だろう? ただのイタズラにしては手が込んでいるというか……」
「なにかしらの意図がありそうですね」
サトルは顎に手を当て机の一点を見つめ出した。反対にジンゴは頭の後ろに両手を当てて上を向く。
「合言葉。やるべきことは、ね。普通に考えりゃ『やる』しかないよなあ……」
「そうですよね、『すぐやる』とか……?」
カイはそう返し、ふたりは合言葉を考えだした。
「でもそれじゃあ普通というか、合言葉にならないですよね」
「だよなー。逆に『やらなくていい』とか?」
「あえて全然関係ない単語とかもありそうじゃないですか? 『ビール』とか」
「くくっ、ビールて。なんでビールでてきたし。飲んでんのか?」
「いやっ、なんとなく……」
「真面目にやってるんですか、ふたりとも……」
右側のジンゴと左側のカイのやり取りをしばらく聞いて、真ん中に座っていたカイはため息をついた。メモ用紙をトントンと叩く。
「ここには『黒蛇の会』とあるんですよ。『やるべきことは』に直接関係ない単語だとしても、黒蛇にはどこかで関係する言葉が答えになるはずです。ビールはないでしょう、ビールは」
「ス、スミマセン……」
「黒蛇、ねぇ……」
ジンゴは再び上を向いた。目を細め薄く覗いた瞳で天井を睨む。
「黒蛇、蛇……。
小さく言った言葉にサトルも黙る。ゆるゆると流れていたはずの空気がピンと張り詰める。
イコマがそんなふたりの顔を交互に見比べ、カイがどういうことですかと聞こうとした時、
「ま、ここで議論してても仕方ありませんね。試しに掛けてみます?」
サトルが努めて明るい声を出し、ジンゴもそれに頷いた。
「そだなー。誰ので掛ける? またイコマいく?」
「そうだな。着拒されてなければいいが」
イコマも頷きスマホを取り出す。
その時、パーテーションの外でガタっと大きな音が鳴り響いた。
覗き込むとひとり残っていた男子生徒がすぐそこで尻もちをついていた。ジンゴは迷わず彼に話しかける。
「どしたんスバル。だいじょぶか?」
「おおおおお俺、帰りますっ」
「うん? おう、お疲れ」
委員長の挨拶に答えずスバルは鞄を抱えて走り去った。ピシャリとドアの閉まる音が響く。
「……アイツ、態度悪くないですか」
たまらずカイはそう言ったが、ジンゴはまったく気にしていないようだ。あまり表情を変えずに、
「んー。ま、慣れるまで時間かかるタイプなんじゃねぇの」
その言葉にカイは唇を尖らせる。不満そうな彼と目が合うとジンゴはニカっと笑って、
「一年同士、仲良くしてやれよ」
「はあ……」
(ジンゴ先輩、寛大すぎる……)
先輩に憧れてはいるが、こうはなれないかもしれない。人生設計に悩むカイをよそに、サトルはイコマに頷きかけた。
「それじゃあタツオミ先輩、お願いします」
「ああ、いくぞ」
カイとジンゴも向き直り、全員の視線が今度はイコマのスマホに集中する。
イコマはゆっくりと十一桁の数字を入力し、三人の顔を見渡してから発信ボタンを押した。
そして、コール音が一回も鳴りきらないうちに。
「とととと、図書委員なら、わかれよ!!」
聞いたことのある口調と声が、スピーカーの向こうから響き渡った。
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