第2話 黒蛇と部活動管理委員

第2話Ep1.回想/伝統なき相談部の日常

 五年前。とある冬の日。


「あけましておめでとう。もう二〇一七年だってよ! あと三年で二〇二〇年!」

「あけおめ。……だからなんだよ」

「いいじゃん、ちょっとテンション上がるじゃん! ……隣いい?」

「勝手にすれば」

「…………」

「…………」

「…………」

「……モカってミステリー読むっけ。『お饅頭』シリーズって読んだことある?」

「なにそれ。和菓子屋さんが舞台? おもしろかった?」

「いや。タイトルはあんまり……関係ないわけじゃないけどそんな関係ない。高校が舞台の学園ミステリー。省エネ主義の主人公がヒロインに迫られて色々解決する話。なんか、数年前にはアニメ化もしたみたい」

「おもしろそうじゃん。今度読もうかな」

「うん、読んで。そんで感想教えてほしい。なんか……おもしろいんだけど、よくわかんないとこもあったから」

「どういうとこ?」

「ネタバレだけど」

「いいよ、教えて」

「一作目のラスト……主人公が『お饅頭』ってタイトルの真相を知って怒るんだけど、なんで怒るのかよくわからなかった。あと、外伝で主人公がこっそり『黒蛇の会』って書かれた紙を掲示板に貼る回があるんだけど。それもなんか難しかった」

「ふーん……。私たちまだ小学生だもんね。高校が舞台なら、高校生になったらわかるんじゃない?」

「そんなもんかな」

「高校……私が四月から中学生だから、まだ先だねえ。どんなだろう」

「……さあ。別にどうだっていいよ。小学校も中学校も高校も、そんな変わんねぇよ」

「キレないでよ。小学校とは変わるんじゃない? ……あ、そうだ。もう私もキキも卒業するんだから、喧嘩ばっかりしちゃダメだよ、サトル?」




 ♢ ♦ ♢




 四月十八日、月曜日。

 放課後、午後五時。職員棟、生活指導室。


 生活指導室、のうちのパーテーションで区切られた一角。そこがお悩み相談部の活動拠点だ。

 向かい合わせに四つ並べた机にはふたりの男子生徒が座っている。

 ひとりは神宮ジングウカイ、一年生。一八○センチある体格のためよく運動部と間違われるが、彼は立派なお悩み相談部員、つまりは文化部である。体格の割に小さな心臓の持ち主であり、今は期限の迫った課題と格闘している。

 その隣に座っているのは問間トイマサトル、二年生。大きな金縁の丸眼鏡をかけた彼は、学ランのボタンを一番上までしっかり留めて読書に興じていた。

 外から聞こえてくる運動部の掛け声が水に溶けた絵具みたいに緩やかに広がっていく。

 それを運んできた風は暑すぎず寒すぎずちょうどいい。

 教室前の時計はコチコチと軽く音を立て、穏やかに時間の流れを知らせていた。

 やがてカイは「ん~~っ」と伸びをし、

「できました?」

「いや、飽きました」

 聞いてきた先輩に小さく「えぇ……」と呆れられる。カイは気にせず、「残りは家でやります! まだ期限あるし! 切り替え!」と勉強道具を手早く片付けた。

「ていうか、全然誰も来ませんね。先週も結局イズミ先生しか来なかったし……。誰も来ないと暇ですね」

「むしろ一週間に何人も相談者が来る方が珍しいですよ。こんな部活暇な方がいいですし」

 サトルは本から視線を離さずそう返す。

 お悩み相談部の活動内容は「生徒の悩みを傾聴、必要であれば解決する」。相談者が来ないということは困ってる人がいないということで、それは確かにいいことではあるけれど。

「でもあんまり暇なのもなぁ……。せっかく入ったんだからなんかしたい……」

「……オカ研はどうしたんです?」

「研究会立ち上げるのって、最低でも三人要るみたいで。メンバー集めが……。あっ、先輩、」

「入りません」

「否定はや。まだ何も言ってないです……」

 誘う前から断られてカイは肩を落とした。

 カイは漫画やアニメが好きないわゆるオタクであり、中でも妖怪に心惹かれていた。オカルト研究会を作るというのは彼の高校での目標だったけれど、まだまだ道のりは遠そうだ。

「だいたい、オカルト研究会では何をするつもりなんです? 目的がないなら研究会作る意味もないですし。ネッシーでも探すんですか?」

「え、うーん。ネッシーは探さないかな……? なんか妖怪探したり好きな妖怪語り合ったりできればいいなー、みたいな」

「……随分ぼんやりしてますね。それ絶対部活動管理委員会ブカンの審査通んないですよ」

 冷たい目を向けられカイは唇を尖らせた。

「詳しいことはこれから考えます! 他のメンバーの意見も聞きたいし、まずはメンバー集め! はあ~、ジンゴ先輩はメンバー集めどうやったのかなー。っていうか、ジンゴ先輩はなんでこの部活作ったんですかね。それになんでわざわざ部活にしたんだろ。研究会から部活に昇格させるの、けっこうダルそうなのに」

 お悩み相談部は三年の先輩が去年作った新設の部活らしい。ここ彩樫高等学校では部活動が盛んだが、それには「研究会」と「部活動」の二段階がある。新しく何か作りたいならまずは研究会で、活動実績が認められると部活動に昇格できる。

 オカ研新設に向けてそのあたりの規定を調べているとき、カイは「別に研究会でいいな」と思ったのだが。

「部活にしたのは部室がもらえるからでしょう。作った理由は……本人に聞いてください」

 サトルはそう答えて、眼鏡の奥の涼し気な目をパーテーションの向こうにやった。カイもつられてそちらを見る。

 ふたりの視線の先にいるのはひとりの男子生徒だ。

 椅子に逆向きにまたがって座り背もたれを抱えている彼こそが、仁吾ジンゴ未来ミライ、三年生。生活指導室委員長にしてお悩み相談部部長、つまりこの部の創設者だ。明るい茶色の髪をカチューシャで雑にまとめ、学ランのボタンを全開、中のシャツも大きく開けた姿はとてもそうは見えないが、彼はれっきとした生活指導委員長である。

 ちなみにカイも生活指導委員であり、入った理由はジンゴに憧れたから。

 そのジンゴはニコニコと人懐っこい目を細め、

「スバル今日も来てんじゃ~ん。お前いつも本読んでるよな、なに読んでんの?」

 下から覗き込むようにして後ろの席の生徒に話しかけていた。

 相手は四角いフレームの眼鏡をかけた男子生徒だ。前髪を真ん中でわけているものの、そこから覗く眼は不自然にまばたきが多くおどおどとした印象を受ける。現にいまも、突然声を掛けられ視線がふらふらと空を泳いでいる。

 スバルと呼ばれた彼ももれなく生活指導委員であり、毎日この部屋に来てはひとり本を読んでいた。

 彼が答える前にジンゴは表紙を覗いて、

「『お饅頭』? 饅頭好きなん? 俺あんみつ好き」

「ちちちち違っ、こ、これはっ、ミステリーで! あ、ああああああ、あの! せ、先輩も……っ! ん……っ、本読むんですか!?」

 ふらふらしていた焦点がジンゴに合う。一世一代の告白、とばかりに早口で言ったスバルに、けれどジンゴはのんびりとそれを否定した。

「うーん、ワリー、俺は小説とかは読まねーなー。新聞ならまだ読むんだけど。小説の話なら俺よかあっちのサトルの方が詳しいぜ。あいつ図書委員だし」

 ジンゴに指されサトルは軽く頭を下げたが、スバルはビクリと肩を震わし目を逸らした。

(先輩が挨拶してるのに。感じワル)

 サトルの表情は変わらなかったけれど、一連のやり取りを見ていたカイは眉を寄せた。スバルとはよく顔をあわせるけれど、カイからすると同じ一年の彼の印象はよくない。

(てかなんで毎日来てんだろ。別に委員だからって毎日来なくてもいいのに。友達いなさそうだし、来たっていっつもひとりで本読んでるだけなのに)

「――アイツなんで毎日来てるんでしょうね」

 つい口から出た言葉にサトルが振り返る。眼鏡の奥の目は言外に「そんなこと言うんじゃありません」と語っていた。

「あ、す、すいません……」

(本人には聞かれてない、ハズ!)

「毎日来る理由……。いろいろあるでしょう」

 前を向いて小さな声で言うサトルにカイは「まあ、そうですね」と曖昧に返事をした。つい口からでてしまったものの、印象の悪い相手の事情にそこまでの興味は持てなかった。

(どうしよう。今日は誰も来ないみたいだし、もう帰ろうかな)

「帰るんですか?」

 悩んだ瞬間、横の先輩に鋭い声で言われてカイはビクッと身体を震わせた。まだ何も言ってないよな!? とそちらを見ると、

「ああ、すみません、そんな雰囲気出てたので。でも今日はまだいた方がいいと思いますよ。ひとり来るらしいから」

「え、ああ……。誰か来るんですか?」

「らしいですよ。ジンゴさんが言ってたので、来るんでしょう」

(予約、とか?)

 内心疑問符を浮かべながらも言われた通りに残ることにする。

 数十分が経ち、再び課題を広げようかと悩み始めた頃、

「……まだやってるか」

 身体の大きな男子生徒が扉を引き開けた。


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