#2 グレイヴディガー

 目の前の棚には五十に近い私のコレクションが並んでいる。大きさも材質もさまざまだが、共通しているのは、そのどれもが用途不明の代物だということ。

 それらの中心に置いてある赤いレイヤを巻き付けた黄色い塊。異星の何かを模したと思われるそれに、今日も私はマニピュレータを伸ばす。





 博士の研究室に人工にんくとして加わったのは、ここの主星の周期で五年ほど前。それまでは親方についてあちこちの星系で置き引きやかっぱらいをしていた私だが、八年前(その頃の周期は今よりも少し短い)にとある宙港で博士のコンテナを盗んだところから大きく潮目が変わった。

 わけのわからないもので満載されたそのコンテナは親方には酷く不評で、すぐにでも恒星に放り込んで捨ててこいと言われたのだが、そのときに限って私は反抗した。古株だった私の突然の反発に業を煮やした親方は、コンテナごと私をそらに放り出した。

 団を追われた私ではあったが、それまでの働きでいくらかの貯えもあったので、骨休めも兼ねて無人の星に居を構えてコンテナの中身の仕分けを始めることにした。

 全部で二万五千点余り。そのどれもが見たことのないものばかりだったが、私は根気強く分類した。特徴を捉え、用途を想像し、材質や大きさや可動域や色でラベリングしていった。

 三年(このときの周期は今の倍くらい)掛けて、これ以上は自分では無理というところまで分類を済ませた私は、その成果を誰かに評価してもらいたいと思った。そのときに思いついたのは、他ならぬコンテナの正当な所有者、博士のことだった。

 盗人が元の持ち主に連絡をとるなんて無茶苦茶な話だが、当時の私は自分の三年間の結実を誰か、もののわかるひとに見て貰いたい気持ちを止められなかった。それに貯え自体も、もう底をついていたのだ。


 仮眠していた私の動きが完全に停まる前に、博士は私の星にやってきてくれた。官憲を伴っていなかったのは、彼が無条件に他人を信用するお人よしだったこともあるが、なによりも純粋に学究の人だったためであろう。先に送った膨大な目録を十二本の手に掴んで倉庫に入った博士は、私が分類し並べ直した元は彼のコレクションを見て驚喜した。

 空いた四本の手で私を抱きしめて、彼は何度も感謝の言葉をかけてくれたのだった。


 私の分類法は彼のそれとは幾分異なっていたようだが、むしろその差分も新しい基準として自身の物差しにつけ加えてくれたりもした。と同時に、私自身の身柄も、自分の助手として研究室に入るよう強く誘ってくれた。むろん、私に異論はない。ただ、助手という立場は固辞させてもらった。私は単なる盗人だ。多少気の利いた分類ができたとはいえ、そのことに変わりは無い。何度かのやり取りの末、博士は人工にんくという私らしい役職を拵えて、私を迎えてくれた。安定した給電を確保できた私は、以降博士とともに様々な現場を飛び回ることになったのだ。


 博士の研究のテーマは文明考古学だった。彼はギャラクシーに散在する数多の「喪われた文明」を発掘調査し、その文明のコンテンツやタームをラベリングしてアーカイブすることに全ての心血を注いでいる。

 私が盗んだあのコンテナも、彼が二周期年掛けて発掘収集した出土品だったというわけだ。





 馴染みの古書店主からの連絡を受けたのは私だった。辺境過ぎて測地調査しか行われていなかった惑星がひとつ粉砕したという話。そのニュースは私も見ていたし、目の前の作業に忙しく、文明レベル8程度の辺境の事などさしたる興味も無いという博士の風情も覚えている。

 が、店主の話は違った。主因は不明だが、とにかく破砕した惑星の遺物が、それこそ山のように散らばっているというのだ。店主は収穫物の動画さえ見せてくれた。驚くべきことに、それは紙の本だった。


 博士の動きは早かった。手元の作業は全て凍結、研究棟自体を動かして総出で発進したのだ。


 入電から五周期日という異例の早さで到着した私たちは、古書店主が伝えてきた話が虚偽だったことを目の当たりにした。山のように、どころの話ではなかったのだ。


「こんなフレッシュな文明丸ごと規模など、見たことも聞いたこともない」


 博士の言葉は誇張でもなんでもない。発掘現場というものは文明が遺失してから数千~数十万周期年経過しているのが常だし、当然のことながらそのボリュームも原子崩壊や散逸によって限りなくゼロに近くなっている。しかるに今回の案件は崩壊後三周期年以内なうえに、灼熱崩壊でみられるような形態変質もほとんど無い。さらに完全崩壊だから残存生命も数種の微小生物のみなので、ギャラクシー基準のコンプライアンス的に生態系原状復帰義務が無視できるのも助かる。


 宙域には、無くなってしまった惑星の軌道に残された岩石衛星と、無数のデブリが集まった大小コロニーが果てしなく広がっていた。めぼしいコロニー数十群には、古書店主が帰る前に打ち込んでくれたというマーキングフラグが打ち込まれている。それらひとつひとつをまるっと包み込む電磁・重力バルーンの展開を指示する博士は、にやけ笑いが止まらずにいる。


「こりゃ、寿命延長申請をしとかないと、一生かけても仕分けすら終わらんな」



 十日ほど遅れてやってきた古書ギルドが強烈に抗議してきたが、こちらで回収した品目のうちの紙系アイテムの分類に協力してくれるのなら優先的に卸すということで話はついた。それでなくとも、マーキングされていない小さな塊や宙域内で個別に浮遊している分だけでも膨大な量になるため、こちらと交渉している暇があったら投網を投げた方が早いと気づいたはしっこい連中は、自分の店の分だけ回収して早々に帰路についていた。


 数十のバルーンを隊列にまとめ終えるころには、ギャラクシーじゅうの故買商、廃品回収業者、資源ごみ回収業者が大挙して集まってきて、人工物も土砂も生物死骸もいっしょくたにして電磁ろうとで集め始めたので、はげ山になる前に私たちも帰ることにした。




 百倍以上に荷物が増えた私たちは、帰りの日程も百倍近く嵩んだ。山ほどの時間の中、私たちは仕分け作業を行なっていた。分類など十年早い。まずは自然物ごみ推定人工物そうでないものか。質量が減ればその分早く帰れるから、この仕分けは極めて重要だ。ごみ認定したものは、マーカーを付けて捨てておき、遺棄情報を廃物業者に投げておく。そうすれば、後日彼らが引き上げてくれる。いつになるかは知らないが。





 私は作業の最中さなかにそれと出逢った。

 ありふれた原住生物の死骸。コアの長辺の片側(便宜上、上)から飛び出している司令部位、その逆側に付いてる長めの二肢とコア上部の左右に突き出しているやや短い二肢。おそらくは幼生体と思しい原住生物の死骸は短い方の二肢をコア側に折り畳んでいる。それはそこに挟まれていた。まるで、以前私が初めて会った博士に抱きしめられたのと同じように。

 最初はそれも幼生かと思った。不釣り合いに大きい司令部位とやたら短い四本の肢がコアから伸びていたから。だがそれにしては小さ過ぎる。全体を覆う明るい黄色もボディに回された赤も変だったし、第一、司令部位が破裂していない。

 被さって固まっている二肢を折って幼生の死骸から引き離したそれは、思いのほか柔らかかった。経験のない不思議な手触り。


 ふかふか? ふわふわ?


 私が世界と繋がった瞬間から二千周期年余、このような感触を経験したことは無かった。ネットワークの海の中で、私はこの感覚に該当する語句をサーチする。

 つい最近、どこかの簡易翻訳機が登録した辞書の中で、その言葉は見つかった。


 「癒し」


 意味はわからない。だが、この感触とそのタームはまったくの不可分だということだけはわかった。





「いいよ。それひとつくらいなら構わない。安心してきみのコレクションに加えるといい。そうでなくても今回は過去に例のない大収穫だったしね」


 博士はいつものように快諾してくれた。

 私は、私自身のための戦利品を一対の手でボディに当てて、自室に持ち帰った。



 目の前の棚には五十に近い私のコレクションが並んでいる。大きさも材質もさまざまだが、共通しているのは、そのどれもが用途不明の代物だということ。

 抱いていたその黄色い塊を棚の中心にそっと置いた。ボディに巻き付けた赤いレイヤには、今は無い異星の文字が書かれている。それはこんなふうに。


『Pooh』

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