5-7

「移動手段はおそらく車だろう。ここで声をかけて、他に助けを求められるのはめんどくさい。あやつが家についてから声をかけるぞ」


「ですが、車だと追いかけるのは難しいのではないですか?」


「追いかけるのは確かに難しい。だから、する」


「先回り?」



 ――――――――ポンッ



「――――――――ん?」


 私の肩に旦那様が手を回してきました。 

 腰ではなく肩。何故、肩なのでしょう。今までは腰でしたのに……。


「む? 腰の方が良かったか?」


「っ! そんなこと言っていません!!」


 いきなり顔を近づかせ、いたずらっ子のような笑みを浮かべる旦那様。


 私の思考が完全に読まれてますぅぅうう!!


「くくっ、悪かったな。では、行くぞ。今回は一瞬で移動し終わる」


「えっ――…………」


 っ、いきなり視界が白く――………


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「ほれ、着いたぞ」


「…………え、え!?」


 ふ、浮遊感すら何もなく、いつの間にか移動しております……。


 今、私がいる場所は、天高くそびえ立つタワーマンションの目の前、圧倒です。


「目立たぬ所で待機していようぞ。車なのであれば、十分以内で辿り着くはずだ」


「わ、わかりました」


 周りを見るとベンチがあったため、そこで待ちます。


 旦那様と星空を眺めながら待っていると、一台の赤い車がタワーマンションの前に止まりました。


 中から現れたのは、先程の女性。


 黒いスーツを身に纏い、黒い髪を後ろで一つにまとめています。

 邪魔にならないようにクルンと、お団子のようにまとめているみたい。


「行くぞ」


「あ、はい…………」


 あの人が、私の母親。

 確かに、曖昧にではありますが、記憶の片隅にある母親の記憶と同じです。


 近付くと、車から降りドアを閉めた女性が、私達に気づいたみたいで、ちらっと見ます。

 ですが、そのまま気にせず中に入ろうとしました。


 タワーマンションはセキュリティがしっかりとしていると聞いたことがあります。

 中に入れば声をかける事が出来なくなりそう。急がなければ――………


「すいません、夜分に申し訳ない。少々お時間いただけますか?」


 あ、旦那様が声をかけた事で、女性が振り向き足を止めてくれました。


「…………どちら様ですか?」


九火七氏きゅうかななし。貴方様の実の娘である、天魔華鈴さんの旦那になった者です」


「………………………………はぁ? 娘の、旦那?」


 私の事、隠さずそのまま言うのですね。

 前置きなどはないのでしょうか。


 私が旦那様の隣に立つと、やっと私が視界に入ったみたいです。


 女性は目を大きく見開き、手に持っていた鞄を地面に落とし、体をわなわなと震えさせ始めました。


 その反応からして、私の事は覚えているみたいですね。


 先程までは薄暗く、あまりはっきりと母親の顔を見る事が出来ませんでしたが、今はタワーマンションの光が洩れている為、見ることが出来ます。


 少しだけ、私と似ている顔立ちをしているような気がします。髪色が全く同じ。


「…………っ!」


「おっと、それは許しませんよ」


 女性が私達から逃げようとエントランスに入ろうとしましたが、旦那様が許すはずがありません。


 風よりも早く動き出し、女性の両手首を後ろから掴み逃げを封じる。

 すぐさま、女性の右手を背中につかせ、左手は壁に。


 女性は壁と旦那様に挟まれ、身動きが出来ない状態になりました。


「あ、貴方、こんな事をしてただで済むと思っているのですか!? 警察を呼びますよ!」


「この状態で呼べるものでしたら、呼んでみては?」


「私が呼ばなくても、ここには監視カメラがあるわ。それに、夜と言えど通行人はまだっ―――え、なんで?」


 女性が困惑の声を上げました、当然です。


 私達の周りには、女性が口にするように通行人がいます。


 仕事帰りの人が多く歩いておりますね。

 ですが、誰も私達には気づいておりません。


 旦那様が、私達を他の人に認識させないようにしたのでしょう。


 これは、私と共に空を飛んだ時に使用していた妖術だと、先ほど女性を待っていた時に聞きました。


「な、なんで私がこんな目に合っているのに、周りの人は助けてくれないの!? なんで私を見てくれないの!? 誰か私を助けてよ!!」


「どんなに叫んだところで、ぬしみたいな、人を平気で見捨てる事が出来る者の声は誰にも届かぬぞ。残念だったな」


 女性に囁く旦那様、私も女性に近付き恐怖で顔を真っ青にしている顔を見下ろします。


「あ、貴方。この人の嫁になったって……。なら、私を助けなさい。貴方の言葉があれば、この男もどくでしょ!?」


 …………哀れな女性、本当にこの人が私の母親なのでしょうか。


 この人は、私の事を覚えていました。

 つまり、この人が過去、私にやった行いも覚えているはず。


 私がまだ中学生の時、この母親は、私を神社に残して消えました。

 周りの人が私を蔑むようになったのは、母親が私を捨てたからです。


 捨てられた子供は悪。

 何もできない、迷惑をかけるから捨てられた。


 そのような暗黙の噂が回ったから。私は誰にも助けられることはなく、生きなければならなかったのです。


 ゴミを漁り、恥を忍んでお金を恵んでもらおうともしました。

 それでも、誰も助けてはくれません。


 そんな人生を私に送らせたのは、他の誰でもなく、この人です。


「華鈴? なに、その顔……母親に向かって、そんな顔…………」


 母親、母親。


 なに、母親は、自分の娘なら自由に扱っていいのですか? 

 娘は、母親の言いなりにならなければならないのですか? 


 そんなの、間違ってる。


 娘だからと言って、自由に扱ってもいいはずがありません。


 娘だからと言って、いらなくなったから捨てて、必要な時だけ利用していいわけではありません。


 娘と言えど、私は人間です。

 人形では無いので、感情があります。


「…………貴方は、私の母親じゃない。貴方みたいな人、私の母親じゃない!!!」

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