第3話 犬、エロいお姉さんを連れ帰る

「…………は?」


 目の前。オレの狭い部屋に、有名配信者のカヌハラカリンこと『カヌカリ』がいる。

 しかも──くそエロい格好で。

 

「一旦配信切ります!」


 そう言って腕にくくりつけたスマホを操作すると、宙に浮いていた自動追尾型ドローンカメラがシュゥゥゥン──という音を立てながら、なぜかオレの手の中にりてきた。


 は?

 配信してたの?

 まぁ、配信者だから、そりゃ配信もするかぁ……だって配信者だもんなぁ……っていうかこれが噂の超最先端技術をつぎ込んだ自動追尾型ドローンカメラかぁ……なんかオレのとこにりてきたから思わず両手でお供物そなえものもらうみたいな感じで受け取っちゃったけどいいのかな……なんて寝ぼけた頭で考えていたのも一瞬のこと。あまりの事態の異常さに一瞬で目が覚めた。


「え、なんでカヌカリさんがいるんですか!? え、っていうか配信してたって!?」


「いや、こっちが聞きたいんだが……君は誰で、ここはどこだ? そして、この犬は?」


「え、なに勝手に人の家に入ってきてそんな何もわからないみたいなムーブ取ってるんですか? 最近の配信者は無断侵入配信とかもするんですか? え、しかもオレの顔まで配信で晒してました、もしかして?」


「しかし、実際にわからないのだから仕方がない。私は栃木のダンジョンに潜っていたのだが、気がついたらここにいたんだ。そこの犬と、彼女と一緒に」


 言われた方向を見ると、幼馴染の結城深夏ゆうきみかが、オレの枕元にぺたんと座っていた。


「うおっ、いたんだ!」


「いたんだ、じゃないわよ」


 ミカはセーラー服を着てるから、きっと学校帰りなんだろう。

 相変わらず茶髪ボブに白セーラーが、なんかいまいち合ってない感じ。

 ミカのやつ……元々ずっと黒髪だったのに、春からいきなり茶髪にしたんだよな。

 なにかあったのかもしれないけど、学校にもろくに行ってないオレに聞けるようなことはなにもない。

 まぁ、元々顔はいいから、茶髪でも似合ってるとは思う。

 といっても素朴系の顔立ちだから、個人的には黒髪の頃のほうが好ましかったけどね。個人的には。


 にしても、ミカ。

 なぜかプリントを家まで届けにしょっちゅう来るんだよな。

 こっちはデータを直接学校から送ってもらってるからいらないって言ってるのに。

 しかも、うちの親も「そんなによく来るなら、うちの鍵を渡しときましょう」とか言ってフリーパスで入れるようにしてる。

 謎だ。うちの親も、ミカも。

 ふつう渡すか? 赤の他人に家の鍵を。


「ヨル。これ、どういうことなの? なんでこんなエロいおばさんがヨルの部屋にいるの? っていうか足の中なんなの? 足に顔近づけたら変なところに飛ばされたんだけど?」


「は? 情報量多いんだよ、お前は。それに、この人はカヌハラカリンさんだ。日本一の配信者だぞ。お前もCMとかで見たことあるだろ、多分」


 オレの声に反応してカヌカリが立ち上がる。

 スラリとした肢体。

 サマーニット? っていうの? ベージュ色のぴったぴたに体に張り付いたクソエロい超ミニのニットワンピース姿だ。


「自慢するほどのものではないが! CMにはこれまで大小含めて七本出演させてもらっているな! 自慢するほどのものではないがなっ!」


 あぁ……この人、配信外でもこういうキャラなんだな……。


 くるりと意味もなく得意げにその場でターンしたカヌカリのニットの背中にはでっかい穴が空いていた。

 たまに見かける切り抜き動画とかだと「エッロ!」と思っていたが、こうやって実際に目の前で見ると……不思議なもので、なんか引く。


「ちなみに私の年収は億を超えているが、この日本に数台しか存在してない自動追尾型ドローンカメラにつぎ込んでしまってな……。おかげで私の貯金はすっからかんだ! なので! 稼がなければなないのだ! ダンジョン配信で! そして! 私は決してエロいおばさんではない! そう! 決して、エロい、(大声)おばさん、ではないのだ!」


 あ、気にしてたんだ、そこ……。

 しかし、この人、謎に自分語りするとことか、無意味に年収煽りするとことか、ほんと切り抜かれてる動画で見たまんまだな。

 裏表のないタイプっぽいけど、それだけにたちが悪い。

 近くにいてほしくない人ナンバーワンって感じだ。


「ワンっ!」


 混沌としたオレの部屋に、シバコの鳴き声が響く。

 尻尾をふりふりしてる。

 今日も魔石? をいっぱい取ってきたらしく、褒めて褒めてとハッハッしながらつぶらな瞳で見つめてくる。


「シバコ、今日もいっぱい取ってきてくれたんだな、ありがとな」


「わんっ!」


 頭をナデナデしてあげてると、首からぶら下げていたスマホの配信がまだオンになってることに気づいた。


「……え? あれ…………?」


 慌ててパソコンのモニターを確認する。


(え、うそでしょ、早く画面つけつけつけつけつけ……!)


 カチカチカチカチカチカチカチカチ……パッ。


 暗くなっていたモニターが明るさを取り戻す。

 すると、そこに映し出されたのは────。



『シバコのドッグランダンジョン配信 in オレの体内』



 3108人が視聴中



 …………は?



 なにかの見間違いでは……?

 いや、しかし配信の画面には、モニターを確認するオレの後ろ姿が映し出されている。



「あれ……? ご、ごめん、みんな……これ……配信されてたっぽい…………」


 ”今頃気づいてて草”

 ”やっほ~、ヨルくん見てるぅ~?”

 ”恋島ウサオタw”

 ”カヌカリとイチャつきやがって許せん”

 ”JKもっと映して”

 ”カヌカリ、オフでもキャラ変わらなくて草”

 ”カヌカリ、おばさんとか言われてて大草原wwww”

 ”シバコかわよ”


 目を覆いたくなるようなコメントの数々。

 いや、ずっと視聴者数0は嫌だと思ってはいたんだけど……ええぇ…………?

 ヤバい……動悸が止まらん…………。


「ヨル、なにしてるの! 切って、配信!」


 ミカの声で我に返り、配信終了ボタンを押す。



『このライブは終了しました』



 モニターに映し出される真っ暗な画面。

 そこには怒り顔のミカと、ニヤケ顔のカヌカリが反射して映っていた。


「……ヨル? ちょっとそこに座って」


 静かなミカの口調が、逆に怖さを引き立てる。


「はい……」


 二人のちょうど中間あたりに小さく正座するオレ。 

 隣に空気の読めてないシバコが真似してちょこんと座ってくる。


「ヨル? つまり、シバコちゃんのスマホで勝手に配信して私達を世界中に晒してたってこと?」


「いや、世界中って言っても、いつも来場者数0人だし……」


「今、いたよね? いっぱい。三千とか見えた気がするんだけど、私の気のせいだったのかな?」


 うわ、出たっ、ミカの暗黒微笑。

 これが出ると怖いんだよな……。


「き、気のせいじゃない……かな……。大体、今のは、たまたまで……」


「たまたま? へぇ~、ヨルは、たまたまで制服姿の幼馴染を勝手にローアングルで撮って三千人に晒すんだ?」


「いや、晒したくて晒したわけじゃ……。っていうか! そもそも、人の部屋に勝手に入ってきてるお前が悪いんだろ!」


 そう。元はと言えば、勝手にオレの部屋に入ってきてるミカが悪いんじゃないか。


「はぁ? 私はヨルのお母さんに鍵もらってるんですけど? いつでも好きな時に勝手に上がっていいって言われてるんですけど?」


「だからって勝手にオレの部屋に入ってきていいわけないだろ!」


「はぁ!? 私は心配してプリント持ってきてあげてるのに……」


「だから何回も言ってるけど、学校からデータで送ってきてもらってるから……」


 ヒートアップするオレたちを、カヌカリがいさめた。


「はいはいはい、痴話喧嘩はそこまで」


「だっ、だっ、だれが痴話喧嘩……!」


「痴話喧嘩じゃねーし! ……って、うわっ!」


 カヌカリは、オレの両足首を掴んで持ち上げると、その間に体をねじり込んできた。


「ちょ、ちょっと! おばさん! な、なにしてるんですかぁっ!?」


 ミカが顔を真赤にして声を上げる。


「だ~か~らぁ~『おばさん』じゃないんだよなぁ、私は」


「え、っていうか、マジでなんなんですか? あの、オレまだ未成年なんですけど?」


 そう言いながらも、オレの心のなかでは次第に「あれ? ミカ? うん、お前、空気読んで帰ってくれてもいいぞ?」的な気持ちになってきていた。


「ん? なんなんですかって? そんなの決まってるだろう?」


 息遣いが荒い。

 頬が紅潮してるのが見て取れる。

 日本最強の配信者。ぴたぴたのエロサマーニットを着た女。カヌハラカリンは、ぺろりと舌舐めずりをして、こちらを舐めるように見る。



「私を──そ、その……キ、キミの中に────」


 オ、オレの中に──?


「い……入れさせてもらえないだろうか?」



 オレの両足の間に挟まって上半身を乗り出し。

 めちゃめちゃ谷間を見せつけてきながら。

 上目遣いの潤んだ目でオレを見つめ。

 ましてやオレの両足を、自分の太ももの上に乗せながら。

 そう訴えてくるカヌカリ。


「あ、いっスよ」


 気がつくと、秒で返事していた。


「ば……バカぁ~~~!」


「え、なに!? いたっ! ちょっと、ミカ!?」


 こうしてオレは謎に涙目なミカにポカポカ殴られながら、日本一のリスナー数を誇る配信者──カヌハラカリンを、オレの体内ダンジョンに入れることとなったのだった。

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