第三十八話 エコンドル杯⑤

 ようやく1位で最終ギミックに到達したものの、またコールドシーフの魔法で難易度が跳ね上がった。


 通常の動く床の周辺には、細長い炎が回転をしたり、一定間隔で炎が噴き出したりと、新たな要素が付け加えられている。


 くそう。まさか、ここのギミックも強化させられてしまうとは。


 でも、彼女自身がゴールもしないといけない。絶対に攻略不可能な場所には設置していないはずだ。


 一番良いのは、コールドシーフを先に行かせ、彼女の後を追いかけると言うのが良い。だけど、それでは前から攻撃をされてしまう可能性も出てくる。


 ここは、彼女に追い付かれる前に一気にクリアする方が良いだろう。


「前ばかり気にしていると、後から狙われてしまうってな! 食らえ! ファイヤーボール!」


 後方からコールドシーフの声が聞こえ、振り返る。


 彼女の放った火球が俺へと向かい、このままでは直撃してしまう。


 足を曲げてその場で腰を下げ、迫り来る火球を避けると、直ぐに立ち上がる。


 このままではコールドシーフに追い付かれてしまう。


 動体視力を上げる魔法の効果はすでに切れているな。ここはもう一度使うか。


「キネマテックビジョンイムブルーヴメント!」


 再び動体視力を向上させる魔法を使用する。


 すると、動く床と炎の動きを見極めることができた。


 俺の目には、床や炎がスローモーションのように動いているように見える。


 奥へと向かった床がこちらに戻って来たときが挑むチャンスだ。


 床が戻って来たタイミングでジャンプして飛び乗り、迫り来る炎を躱して前に進む。


 一応後方への警戒もしていた方が良い。俺が先に乗ったことで、しばらくは動く床にコールドシーフは乗れない。


「わざわざギミック通りに進むなんて真面目すぎるだろうが! 待たないといけないのなら、待つ必要はない状況を作れば良いじゃないか。コールドアイス!」


 何かをやらかすコールドシーフの声が聞こえ、俺は気になって後方を見る。


 すると、彼女は魔法を発動し、空中に氷の橋を作り出す。そして俺を追い越そうと走ってきた。


「おらおらおら! チンタラギミックに挑んでいると、簡単に追い越されてしまうぞ!」


「待て! それ以上近付くな!」


「待てと言われて待つバカはいない! 追い越されそうだからと言って、そんなしょうもないことを言うなよ!」


 これから起きることを予感して、俺は彼女を止めた。しかしコールドシーフは聞き耳を持ってはくれなかった。その結果、上下に動いていた床が上がり、彼女の顎にクリンヒットした。


 だから待てと言ったのに。


「いったーい! おのれ! よくもアタシを床にぶつけさせるために、バカな発言をしやがったな!」


 顎に手を置きながら、コールドシーフは叫ぶ。


 なぜか、俺が狙い通りに誘導したことになっている。だけど、俺はちゃんと忠告したからな。聞く耳を持たなかったお前が悪い。


「くそう。今度こそ、追い抜いてやる」


 コールドシーフは、懲りることなく、再び氷の橋を生み出した。


 彼女がショートカットする中、俺はギミック通りの足場となる動く床を乗り継ぎながら先へと進む。


「おい、それ以上は氷の橋を作るのはやめろ!」


「だからやめる訳がないって言っているだろうが! そんなに追い越されるのが嫌なのか? あっちの学園も意外と悪くはないぞ。マッスル先生以外はみんな良いやつだ」


 どうやら彼女は、負けるのが嫌で、ショートカットをするのをやめさせようとしているように聞こえてしまっているようだ。


 俺はそんなつまらないことで制止の言葉を投げかけた訳ではない。


「止まれ! 止まるんだ! そのままでは――」


「だから、止まれと言われて止まるバカは……え?」


 どうやら気付いたようだ。でも、もう遅い。彼女がショートカットをしていた部分は、回転する炎の通り道だ。


 炎が氷を溶かし、生み出したばかりの氷の道を水蒸気へと変える。


「うわっとと!」


 道がなくなっていることに気付いたコールドシーフが、慌てて足にブレーキをかけようとするも、乗っている場所は滑る氷の橋だ。


 当然摩擦が少ないので、そのまま滑ってしまう。


「コールドシーフ!」


 思わず彼女の名前を叫んでしまう。


「ふぅ、どうにか助かった。でも、手が冷たい! 誰か助けて!」


 コールドシーフは自身の作り出した氷の橋の端を掴み、どうにか落下せずに済んだ。


 自分の生み出した妨害に、自分で引っかかるとはな。策士策に溺れると言うやつか。


 彼女には悪いが、このまま俺は先に進ませてもらう。


「きゃああああああぁぁぁぁぁぁ!」


 そう思っていると、コールドシーフの悲鳴が響いた。気になって振り返ると、床下にいたスライムが、体を伸ばしてコールドシーフの足首を掴んでいた。


 スライムの肉体の特殊な粘液により、彼女の靴と靴下が溶かされ、生足が曝け出された。


『ウソ! どうして企画外のスライムが混ざっているの!』


『あのスライムは勝負服だけではなく、下着の繊維も食べてしまいます。なので、捕まってしまうと確実に全裸になってしまいますね』


 解説担当のサラブレットの言葉が耳に入り、心臓の鼓動が早鐘を打つ。


 どうして、そんなスライムが紛れ込んでいるんだ?


 予想外の展開に動揺していると観客席から声が上げる。


「いけええええええぇぇぇぇぇぇ! スライム!」


「そのまま引き摺り下ろせ!」


「コールドシーフの生乳を見せろ!」


 男性陣はスライムの応援を始め、彼女が全裸になることを望み始めた。


 もう、レースどころではないような。


 なんだか先に進むのが憚れる。このまま彼女を無視して先に進んだ場合、彼女はそのまま引き摺り下ろさせ、観客たちに全裸姿を見られるだろう。


 そうなってしまった場合、彼女の心の傷が深くなることは明白だ。最悪、走者人生を終えることになるかもしれない。


 チッ、面倒なことをさせやがって。


「ウォーターカッター!」


 水の魔法を発動して空気中の水分を集めると、知覚できる量にする。その後、直径1センチほどの大きさに細めると、スライムの伸ばした体に放った。


 俺の攻撃はスライムに当たり、切断された肉体が弾け飛ぶ。


「早く! 今の内に上がるんだ!」


「わ、わかった!」


 スライムが怯んだ隙に体勢を立て直すように伝える。その瞬間、スライムは標的を変え、俺に向けて肉体を触手のように伸ばして捕らえようとしてくる。


「スライム! それだけはやめてくれ! 男の全裸なんて見たくない!」


「狙いはコールドシーフだ! 何勘違いしているんだ!」


「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁ! シャカールちゃんが全裸に! スライムがんばれ!」


 観客席から様々な声が聞こえてくる。


 マーヤの声が聞こえたような気がしたが。きっと気のせいだよな。


「さて、どうやってこのスライムを大人しくさせるか」

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