第二話 魔力回路のズレ
「ここは……どこだ?」
目が覚めると、俺は再び見知らぬ場所にいた。
どうやら俺は、ソファーの上で寝ていたようだ。眼球を動かして、もう少し周辺の情報を集めようとする。すると、何かの優勝トロフィーが数多く飾られてある棚が視界に入った。
あれは魔競走の優勝トロフィーか? トロフィーの台に書かれてあるのは『テイオー賞』『マキョウダービー』『KINNG賞』の三つ。つまりこの部屋は、クラウン路線の三冠達成者の部屋と言うことになる。
三冠達成は、努力と実力と豪運の三つを持っていなければ達成できない偉業だ。確かこの国では、これを達成できた人は、長い歴史の中でも数人しかいないとか。
どうしてそんな実力者の部屋で寝ているのかは分からないが、今は他の情報も集めた方が良いだろうな。
「おや? 目が覚めたみたいだね? 気分はどうだい? 体に違和感があったりしないか?」
上体を起こしてソファーに座り直すと、低い女性の声が聞こえてきた。
この声は聞き覚えがある。俺をハクギンロウから助けてくれたあの女性だ。
声の聞こえた方に顔を向けると、白銀の長い髪の女性が、机に座って赤い瞳で俺のことを見ている。
「俺を連れ込んで、一体何をした?」
魔法で強制的に眠らされ、わざわざ魔の森から連れ出されたんだ。何かの裏があると思っていた方が良い。
「君から話しを振ってくれて助かるよ。前置きをせずに済む。実は、君の体を少し弄らせてもらった。魔力回路のズレを直し、魔法やスキルが発動できるようにね」
「魔法を……使えるようにした……だと」
衝撃的な話しだが、俄かには信じられなかった。今まで散々薬を投与され続けても、魔法を発動することができなかった。俺の生まれ持った体は、簡単には魔法が発動できない。
「その顔は疑っているね。まぁ、無理もないだろう。では、実験と行こうじゃないか? 君がこれまでの実験をさせられた時みたいに、体内で魔力を循環させ、イメージを膨らませて発動してみるが良い」
今まで何度試してもできなかったんだ。体を弄られた程度で、魔法やスキルが使えるようになっている訳がない。
どうせ失敗するに決まっている。失敗をした途端に罵倒してやるぜ。
今までのように、体内の魔力を循環させ、頭の中でイメージを膨らませる。
「ファイヤー」
魔法名を口走ると、人差し指から小さい炎が現れた。
「嘘だろう。本当に魔法が使えるようになった」
驚きつつも女性に顔を向けると、彼女はドヤ顔で俺のことを見ていた。
「どうだ? 凄いだろう? 君の体内に張り巡らされている魔力回路は、生まれながらにズレがあった。だから完全に魔力の循環を行うことができずに、魔法を発生させるための条件を満たせなかった。だから今まで魔法を使えなかったんだ。そのずれが治った以上、君は魔法が使い放題となった」
どうして魔法が発動できなかったのか、その説明を女性がしてくれた。だが、心からは喜べない。
「俺の魔力回路を直して魔法が使えるようにして、一体俺に何をさせたい! 俺に何を望む! 当然親切心なんかではないのだろう?」
彼女を睨み付けながら言葉を連ねる。すると、女性は意外そうな顔で俺のことを見ていた。
「ほう、ここまで察しが良いとは、知力も高いようだね。もちろんタダと言う訳にはいかない。報酬として、君にはワタシが経営する魔走学園の
「断る! そもそも、俺はアンタに魔力回路のずれを直してほしいと頼んではいない。こちらの意思なく勝手にやっている。それは言い換えれば自己満足だ。自己満足に対価を支払う義理はない」
声を上げ、彼女に人差し指を向ける。
「ほう、確かにワタシが勝手にやっているのであれば、自己満足だ。だが、君自身が望んだと言ったらどうする?」
彼女の言葉を聞いた瞬間、背筋に寒気を覚える。
俺が望んで魔力回路のズレを直してもらった? そんな馬鹿な! 俺にはそんな記憶がないぞ!
「もちろん正式な書類に君の母印もしてある」
これが証拠だと言いたげに、彼女は一枚の紙を持ち上げて見せてきた。
「ふざけるな! どうせ俺が眠っている間に、無理やり押させたんだろうが! そんなものは無効だ!」
「これは困ったものだ。では、最終手段と行くか。これが証拠だよ」
女性が机の上に置いてあった水晶玉を、机の中央に持っていく。
「これは、この部屋で起きたことを記憶する水晶だ。この部屋で何が起きたのか、それを見せようじゃないか」
女性が水晶玉に手を翳す。すると球体内部から、映像と音声出て来る。
その内容を見て衝撃を覚えた。彼女の言う通り、自分の意志で紙に母印を押している。
「さぁ、これで理解しただろう。君は自分の意志でこの書類に母印を押したんだ」
「そんな訳がない。俺はその記憶がないんだ。きっとその映像も作られたものに決まっている!」
そうだ。俺に記憶がない以上、事実な訳がない。
「本当に困った子だ。分かった。なら勝負をしよう。もし、君が勝てば自由にするが良い。だけど、ワタシが勝てば、生徒の一員となってもらうよ」
「勝負をして俺が勝てば、これ以上俺に関わらないんだな」
「ああ、神に誓って約束を守ろう」
この女との勝負に勝てば、俺は自由になる。勝負は面倒臭いが、考えようには俺が得することになる。
「分かった。承諾しよう」
「言質取ったからね。もう言い逃れはできない。勝負方法はもちろん決まっている。ワタシと走りでレースをしてもらい、1着を取れたなら、君は自由だ。さて、無敗の三冠王コレクターと呼ばれたこのワタシ、ルーナ・タキオンに勝てるかな?」
「ルーナ・タキオン……だと」
ルーナ・タキオンって確か、神族の走者で、今までの正式なレースで一度も負けたことない最強走者。春夏秋冬に行われるGIレースの全ての三冠を取った実力者だ。
はっきり言って負けイベントだ。俺が勝てる見込みがない。だけど、やるしかない。彼女に勝てば、大穴もいいところだ。
「ほう、いい顔付きになったじゃないか。臆してしまうかと思ったが、やる気充分のようで何よりだ。さぁ、レース会場に移動しようじゃないか。付いて来てくれたまえ」
ルーナが座っていた椅子から立ち上がると、扉の前に移動する。俺もソファーから立ち上がって彼女に続いた。
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