第14話-SideA 満天の星空の下で・前

 八月十三日。

 明菜と夏輝の誕生日であり、そしてキャンプ出発日でもある。


 あの後、夏輝とは何回か学校で今回のキャンプのための話し合いや準備、それに事前に当日の星のことを確認しておくなど、いかにも天文同好会らしい活動はしていたが、残念ながら告白をする、という雰囲気には一度もならなかった。

 やはりキャンプに期待するしかない。


 それ以外では、香澄やクラスの友人たちと出かけたりはしている。

 なお、香澄にだけは誕生日から数日出かけることだけは話してある。

 ただしまだ詳細は伝えていない。

 どうなるかわからないから、というのが最大の理由で、帰ってきたらちゃんと話す、と言って納得はしてくれている。

 とても心配そうにしていたが――いい報告が出来るといいな、と思っている。


 夏休みの課題は、もうほとんど終わらせてある。

 キャンプから帰って一週間もすると、今度は両親がアメリカから帰ってきて北海道旅行の予定なので、物理的にも精神的にも余裕がない可能性が高く、さっさと終わらせておいた。


 そんなわけで、もうやることもない、というくらいの状態でキャンプ出発日を迎えることとなった。

 合流は夏輝の最寄り駅に朝九時。起きる時間はほぼいつも通りでいい。

 準備は昨日のうちに完璧に済ませてある。朝食も予め買っていたパンと野菜ジュースだ。こうすれば洗い物が出ない。

 先日買った服を着て、準備完了。


 今回は快速の時間をちゃんと調べてある。

 たしかに三十五分ほどで到着した。それでもやはり遠いが。


 改札を出て、指定された駅前のターミナルに行くと――夏輝がいた。

 キャンプのための服装のはずだが、いつもとあまり変わらない気がする。

 もっとおしゃれをしたらいいのに、とも思うが――まあそれは今日することではないだろう。


 そしてその横に――初めて見る二人がいた。

 おそらくこの二人が、彼の両親だろう。


「おはよう、明菜さん。で、こっちがうちの親。秋名達季たつきと秋名春香はるか

「よ、よろしくお願いしますっ」


 第一印象が大切だ、とわかってはいても、緊張してしまった。

 見たところ、少なくとも自分の父よりは若いと思う。

 父はもう五十歳を超えているが、この二人はどちらも明らかに若い。

 なんなら三十代にも見えるくらいだ。

 いくら何でも、それはないはずだが。


「こちらこそよろしく。しかしこんな可愛らしいお嬢さんだとは思わなかった。夏輝も隅に置けないね」

「ホントねぇ。どうやって仲良くなったのか……」


 とりあえず悪い印象は持たれなかったらしい、と安堵する。


「まあ、時間ももったいないし、出発しよう。那月さんは後ろに乗ってください」


 案内されたのは、大型のミニバン。丸みを帯びたフォルムが独特な車だ。

 スライドドアが開いて椅子に座ると――かなり広い。


「そういえば、車酔いとかは大丈夫?」

「あ、うん。一応酔い止めも飲んでは来てるから、多分平気」


 夏輝が気遣ってくれるのが嬉しい。

 車酔いはあまりしない方ではあるが、久しぶりに乗るので念のために薬は飲んできた。車酔いでせっかくの旅行を台無しにはしたくない。


「では出すよ。シートベルトはしたね」


 達季の声で、車が緩やかに走り出す。

 ここから高速で五時間近くかかるので、長丁場だ。

 途中、サービスエリアでお昼にするらしい。

 もっとも、夏輝と一緒なら退屈する心配はないと思ったら――。


 一時間後、どちらかというと明菜は少し疲れていた。

 つい先ほどまで、春香のマシンガントークならぬマシンガン質問に曝されていたからだ。


「ごめん、母さんがこういうキャラクターだってのは俺も知らなかった。大丈夫?」


 夏輝がすまなそうに謝る。

 だが、彼のせいではないだろう。

 それに――。


「う、うん。大丈夫。うちのお母さんもこういう感じだから。……そのうち覚悟してね」


 母がまさにこういうタイプだ。母は北欧人と日本人のハーフだが、なぜかそういう性格である。多分これに人種は関係ないのだろう。

 だから山北のことを話していなかったというのもある。

 今度帰ってきたら、何を聞かれるか、というのは今から戦々恐々としているくらいだ。

 そして――夏輝を連れていく事態になった場合は、嬉々として話をしまくる母が容易に想像できる。ちなみにこれに関してはストッパーはいない。


 ようやく落ち着いて夏輝と話せるようになったので、先ほどから考えていたことを聞いてみた。


「それにしてもお母さんが春で、夏輝君が夏、苗字が秋。あと冬があれば春夏秋冬揃うね。なんか面白い」

「いや、揃ってる。兄さんの名前、冬に也と書いて冬也とうやなんだ。予想できると思うけど、冬生まれ」

「すごいね。じゃあお父さんだけが違うの?」

「ともいえない。父さんの字、こう書くんだ」


 夏輝がスマホの電話帳を見せてくれる。

 そこには『秋名達』とある。

 季節の『季』の字。いかにも中心である父親というべきか――。

 狙ったわけではないだろうが、偶然とはすごい。


「四季一家だね、ホントに」

「まあ、これも単独だと分からないことなんだけど、家族揃うとね」

「私たちと一緒だね」

「確かに」


 秋名夏輝と那月明菜。

 ほとんどの人にとって、この名前は奇妙さを感じさせることはない、ごく普通の名前だ。

 ただ二人そろった場合だけ、その名前が明らかに奇妙になる。

 二年の時、席が隣になったのすら、必然だと思えてくる。


 そうしている間に、車がサービスエリアに入った。

 時刻は十一時過ぎ。

 少し早いがお昼ご飯を食べた。

 その後運転手が交替、さらに二時間ほど走って――目的地に到着した。


「うわぁ、気持ちいい」


 かなり高地なのか、少しだけ空気が薄い気はするが、それよりも風が気持ちいい。

 周囲は木々があまりなく、ごつごつとした岩場が多く見える。


 とりあえず全員荷物を降ろした。

 車から最後の荷物を降ろすと、なにやら夏輝がぶんぶんと頭を振っている。


「夏輝君どうしたの?」

「な、何でもない」


 虫でもいたのだろうか。

 とりあえずテントを持とうとするが――。


「あ、それは重いから持つよ。こっちお願い」

「あ、うん。ありがと」


 先んじて夏輝が持ってくれた。


 キャンプ場は適度に木はあるが、それほど多くはない。

 そして先の方を見ると、ほとんど木がないエリアもあるらしい。

 山間であるにもかかわらず、周囲を高山で囲まれている、というほどではなく、天体観測には理想的な環境だと思えた。

 見たところ、他にテントはないので、完全に独占状態らしい。


 とりあえずテントを張り始める。

 テントは二つ。男性用と女性用だ。

 夏輝と同じテントじゃないんだ、と思ったが――それを想像してから頬が熱くなった。さすがにそれは、まだ早い。

 もっとも、夜にまた質問攻めに遭うのだろうかと思うと、ちょっとだけ怖いが。


 テントの設営をやるのは明菜は初めてだったのだが、ほとんど手伝うことがなかった。せいぜいテントを固定するための杭――ペグというらしい――を三人に渡す係をやっただけだ。

 このあたりの手際は、特に夏輝の両親が素人目に見ても明らかに良い。


 テントを張り終えて水の確保なども終えると、時間はもう十六時。

 そのまま夕食の準備を開始するらしい。

 キャンプ定番だがバーベキューだ。

 食材が巨大なクーラーボックスから大量に出てきたときは、ちょっと驚いた。


 夕食の準備開始まで少し時間があるので、夏輝が夜のための観測ポイントを探しに行く、というのでついていくことにした。


「ホントに涼しいね。陽射しがあるから暑いとは思うけど、風が気持ちいい」


 陽射しは暑いが、空気は乾いていて風がとても涼しく感じる。

 話によると、夜はもっと涼しくなるらしい。


「だな。ホント都会とは違うというか。さっき川があったから水に触ってみたら、むしろ冷たいと思うくらいだった」

「え。いいな、それ。どこ?」

「あっち。行ってみる?」

「後でいいかな。明るいうちに、ポイント探したいでしょ?」

「ああ、そうだな」


 とりあえず木々が少し多いエリアを抜けると――開けた場所に出た。

 地面の様子は、どちらかというと岩がごつごつとあって少し歩きにくい。

 夜にここに来るならライトは必須だろうが――。


「あ、夏輝君、あの岩、どうかな?」


 少し先に、平たい大きな岩がある。

 足元に気を付けて上に乗ると、風雨によってか、表面はむしろ滑らかな感じでごつごつしたところもなく、二人寝転がってもまだ余裕があるほどに広い。


「これいいな。この上なら、虫とかもあまり気にしなくてよさそうだし」

「いいところ見つけたね」


 周りを見ても、木々や山で空が遮られることはほぼない。

 目的の流星群は全天で見られるのが特徴なので、空が大きく開けているここは理想的だと思う。


「じゃ、そろそろ戻ろうか」

「うん」


 夏輝が手を出してきてくれた。

 足場が悪いから、転ばない様に、という配慮だろうが――。

 手を繋げることが嬉しくて、思わず両手で包み込むように掴んでしまう。


「明菜さん?」

「えへ。ちょっと手が冷えたかなぁ、と思って」


 夏輝が困ったように笑う。

 そのまま二人は、手を繋いでテントまで戻っていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 戻ると、両親がすでにバーベキューの準備を始めていた。

 明菜も手伝おうとしたのだが、夏輝に止められてしまう。


「火を点けるのは……うん、任せていいよ」


 そういうので見ていると――あっさりと炭が紅くなり始めた。

 炭に点火するのは結構難しい、と行く前のキャンプのノウハウサイトにあったが、これが経験の差か、と驚く。


 時刻はすでに十九時。

 日はすでに落ちていて、東の空から少しずつ夜の色が濃くなっていく。

 それと同時に――。


「うわぁ……星、凄い」


 東の空で次々と星が瞬き始めた。

 その数は一瞬毎に増えていく。

 それはまるで、星の絨毯が空で広げられているかのようだ。


「さて、先にご飯にしよう。その後は二人は……このキャンプ場内なら、安全だからどこに行ってもいいよ」


 それなら、やはり先ほど見つけた場所に行くのがベストだろう。

 夏輝を見ると、やはり同じ考えのようだ。


「と、あと……さすがにこういう場所だと、ケーキってわけにはいかないけど。夏輝、明菜ちゃん。お誕生日、おめでとう」


 言われてから、あ、と声を上げた。

 出るときは覚えていたのだが、着いた後はすっかり忘れていた。

 夏輝を見ると、彼も忘れていたようだ。

 わざわざプレゼントも持ってきていたというのに、すっかりキャンプでテンションが上がっていたらしい。


「ホントはプレゼント、と行きたいんだけどまあそれは戻ってからで」


 春香の言葉に、二人は同時に首を振った。


「俺はいいよ。この星空で十分すぎる」

「私もです。なんかこれ以上って、無理な気がします」


 そうしている間にも、空は無数の星の煌めきで満たされていた。

 この美しさは――もはや言葉にもできない。


「すごく、きれい」

「……うん」


 明菜は、自然と夏輝の手を取っていた。夏輝もまた、それを優しく握り返す。

 煌めく星々が、その二人を優しく照らしていた。


―――――――――――――――――――――――――――――

すみません。

あまりに長くなりそうなので分けます。

続きはほどなく公開されます。


ちなみに車はエスティマです(うちと同じ)

この車、今では廃盤なんですよね……復活プリーズ(関係ない)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る