ナツキとアキナの天体観測
和泉将樹@猫部
アキナナツキ
第1話 天体観測と不審者
季節が本格的に春めいてきた、三月下旬。
時刻は夜七時を大きく回っている。
夏輝の通う学校は山の上にあって、見晴らしが抜群に良い。
そして、周囲は住宅地か森林公園だけであり、つまり光源も少ない。
そこそこ都会と言えるこの地にあって、ここは最高の天体観測のスポットなのだ。
自前の天体望遠鏡を設置し、ピントを合わせる。
一応顧問の先生の付き添いは当然あるはずだが――顧問を引き受けてくれている星川先生は、今頃宿直室だろう。
別に名前だけ貸してもらっただけなので、それは期待していない。
ただ、同好会という形でも成立させないと、夜に学校に上がり込む許可は下りないから仕方ない。
天体望遠鏡を覗くと、
一説には、この星はすでに爆発しているのではないかという話すらあるらしい。
赤色巨星独特の爆発寸前の現象が出ているという。
しかし地球からの距離は六百光年以上。つまり今見えている光は、六百年前、日本ならば室町時代の頃の光だ。
その光を、今、地球にいる自分は見ているのだ。
仮に今超新星爆発を起こしていたとしても、それを地球で観測できるのは六百年後だ。
そこにロマンを感じるのは、星好きだからか。
まあ、同好会発足のために名前を貸してくれた賢太に星のことを熱く語っても全く見向きもされなかったので、自分が変わり者なのかもしれない。
今日は天気が良く、絶好の天体観測日和だ。
だが――
ピピピピ、ピピピピ……
スマホのアラームが鳴る。
「……時間かぁ」
夜の八時。
そろそろ高校生が出歩いていい時間ではない。
警察に補導されないようにするためにも、さすがにそろそろ撤収を開始しなければならない。
事前に申請していれば同好会でも泊まり込みも可能なのだが、その場合の最低人数は三人。去年幾人かに声をかけても賢太以外は協力すらしてくれなかった。
今度の四月の新入生か、クラス替えで新しくクラスメイトになるまだ見ぬ友人たちに期待したい。難しいが。
チラシを配るなどすればまだ効果はあるのだろうが、目立たないことを信条とする夏輝には、それはハードルが高かったのだ。
とりあえず望遠鏡を片付けているところで――ふと、何か争う声が聞こえた。
だが、ここは学校の屋上。申請を出している夏輝以外誰かいるはずはない。
それに、聞こえた声はだいぶ小さかった。
おそらくは校舎外、というか学校の敷地外か。
夏輝が陣取っていた場所は、光の影響を避けるために学校の裏手の森林公園に近い特別棟の屋上だ。
わずか二階建ての特別棟だが、周囲より一段高いところに建っているため、他の校舎よりも屋上の高さは高く、かつ公園は申し訳程度の街灯しかないから星がよく見えるのだ。
ただ、その森林公園の方から、なにやら声が聞こえたようだ。
そちらを見ると――誰かが走っていた。シルエットからすると、女性か。
そしてさらにそれを追いかけるように走っている影が見えた。こちらはおそらく男性だ。
「え、ちょっと待てよ、やばくないか」
森林公園は山の上にある公園で、こんな時間は当然
たまに散歩する人がいるくらいだが、かなり広い公園なので気付かれない可能性は高い。
女性はそれで公園の外側に出たのだろうが、当然だが学校はこの時間、普通人は全くいないだろう。
つまり通常、誰にも気付かれない。
そして女性はどう考えても男から逃げているように見えた。
切羽詰まった様子は、どう考えても緊急事態。
ただ、今から校舎内に戻ってそこから駆けつけようにも、森林公園側に出る校門はかなり遠い。
今からでは間に合わない可能性の方が高い――想像通りの事態であれば。
反射的に、夏輝はスマホにスピーカーをつないだ。そして、いつも聞いている音楽を、音量全開で再生する。
ウェブ配信の天文ニュースを聞きながら天体観測するために持っている小型スピーカーだが、それでも最大音量にすると――とたん、かなりの大きさで音楽が響き渡った。
静かな夜だったので、それなりに遠くまで響くはずで――二人の男女もそれに気付いたようだ。
それで、一瞬動きが止まる。
男はしばらく戸惑っていたようだが――誰かに見られることを恐れたのだろう。踵を返して消えていった。
女性が安心したようにへたり込むと――それにまとわりつく影があった。
どうやら犬らしい。
(犬ならご主人様の危機に立ち向かえよ……)
見るからに小型犬ではあるが、ちょっとだけそう思ってしまった。
暗がりなので相手の年齢は分からないが、おそらく夜の散歩に出てて、不審者に付きまとわれたのだろうか。
とりあえずもう大丈夫だろう。
「ありがとう、きみーっ」
女性がこちらに向けて手を振っていた。
暗がりで顔も見えないが、声はとてもきれいだと思えた。
「いえいえ。早く帰ってくださいねー」
おそらくあちらもこっちは全く見えてないだろう。
犬の散歩をしていたという事は、おそらくこの近所に住んでいるのだろうか。
向こうからも、こっちがここの学生か関係者であろうことは分かるだろうが、この距離で自己紹介をするという話もない。
ただ、人助けをした、という満足感は悪くない気分だ。
お互い、手を振って――それで終わりだった。
夏輝は終わったと思っていた。
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