女騎士との出会い①

 森の中で一人の青年がまるで猿のようにピョンピョンと飛び駆ける。

 片手には細長い棒を持ち、肩から腰に掛けているショルダーバッグからは果実や花、薬草が顔を覗かせている。


「さぁて、こんなに取れれば当分は大丈夫だろ。はやく母上の元に帰らないと」


 そう呟くと青年は更に速度を上げる。


『アレス待って! 速くて追いつけないよ!』


 青年――アレスの少し後ろを追っていた光る小さな玉がそう叫ぶと、アレスは少しだけ速度を落とし光る玉が追いつくように調整した。


「フェル、追いつけないんだったらバッグの中に入ってもいいって言っただろ?」

『だってー! 久しぶりにアレスとお出かけしたんだもん! わたしだっていっぱい動きたいんだよー!」


 フェルと呼ばれた光る玉はよく見ると人型をした小さな妖精で、背中に生えた薄く光を通す羽を必死に動かしながらアレスに追いつくように羽ばたいていた。


「ほら、もう用事は済んだからさっさと帰るぞ。さあバッグに入って」

『もう、分かったよぉ』


 フェルはアレスが掛けているバッグに入り込むと顔だけを出し、にこりと微笑む。


「よし、じゃあ速度を上げ――あれ、何か生き物が魔物に襲われてるらしいな」


 アレスは常に発動している探知魔法で察知した事をフェルにも聞こえるくらいの声量で呟く。


『わたしに聞こえるくらいの声で言うって事は、助けに行くか迷ってるの?』

「あぁ。探知に引っかかった生き物は、まだ確証は無いけど人間かも知れないんだ。ほら、以前母上が人間は助けなくていいって言ってただろ?」

『そういえばそうだったね。じゃあ助けなくてもいいんじゃないの?』


 母の言いつけを守るのであれば人間は助けなくてもいい。だが、今回探知した人間らしき気配は数が多く、八個の気配だ。

 それに対し魔物の気配は一つ。人間八人で一匹の魔物に苦戦しているのであれば、それなりに強い魔物だろう。

 もしこの魔物が人間達に倒されること無くアレス達の住む集落に来てしまえば、多少の被害を被ってしまう。それを避けるためには魔物を事前に倒しておく必要がある。


「ひとまず、バレない程度に近づいて様子を見てみようか」

『了解、わたしは先に戻って皆に知らせておいたほうがいい?』

「いいや、俺についてきて。もし母上に知らせが届いてしまったら森が消し飛びかねない」


 アレスは件の魔物と人間達を確認すべく、森を飛び駆けた。


 魔物にバレない程度近づき、木の上から戦闘の様子を伺うアレス。

 辺り一面は火属性魔法を使っているのか木々は燃え、黒煙が空高く上っていた。

 人間達は白銀色の甲冑に手には剣、槍に杖。俗にいう小隊というものだろう。アレスが駆けつけるまでに八人いた人間は二人が死に、六人になっていた。

 対して魔物はジャイアントウルフ。通常のウルフであれば群れを形成するが、ジャイアントウルフは一匹狼だ。群れを好まず、すべてを一匹で成しえる。故に、通常のウルフよりも強い。

 過去にジャイアントウルフは騎士団の小隊のみならず、中隊をも壊滅させたことがある。そんな魔物相手に六人足らずで挑むという事は死にに行っているも同然だろう。

 アレスは実力差も分からずに戦っている人間達を見下ろし、小さく溜息を付く。


(なるほど、ジャイアントウルフか。最近は見なくなっていたが、この森に戻って来ていたのか)


 以前――と言っても五年も前だが、ジャイアントウルフはアレスの住む森に住みついていた。しかしながらアレスの母を恐れて餌の豊富な南の地へと逃げたはずだがどうやら戻って来てしまったようだ。


「狼狽えるな! 我らが優勢だ、好機を見極め勝利を掴むぞ!」


 隊長らしき人物が剣を掲げながら他の隊員へと告げる。声からして、女性だろう。鎧から覗く腕は細く、戦えるようには見えないが持っている剣が大剣なだけに持っている権能ギフトは身体強化系のものなのだろう。

 鼓舞を受けたのか、生き残っている兵士達は一斉に「オーッ!」と声を上げ、再びジャイアントウルフとの戦闘を始めた。

 前衛は槍持ちで中距離から牽制し、剣持ちが空いた左右から遊撃。杖持ちは遠距離から魔法を浴びせる。いたってオーソドックスな戦闘だ。しかしながら、決定打に欠ける。

 魔法は火球を主体として使っているようだが、威力が圧倒的に足りない。防御魔法を貫けず、弾かれて森の木々へと燃え移っている。

 そもそもジャイアントウルフは火に対する耐性をそれなりに持っていて、あまり効果は無い。効く属性魔法と言えば雷か氷といったところだろう。腕の立つ魔法使いであれば火属性魔法を一回でも使用すれば分かるとは思うのだが、森が燃えるほど使っているという事はそれを理解していないという事だろう。

 そもそもジャイアントウルフは個対個も得意だが、それ以上に個対多を得意とする魔物だ。高位の防御魔法も使え、ある程度高火力の攻撃をしない限りはジリ貧となってしまう。


『あらら、このままだと人間が死んじゃうよ?』

「人間が死ぬくらいどうってことないさ。あの人間達だって死ぬ覚悟を持ってこの森に来たはずだからな」


 ジャイアントウルフの防御魔法を抜けず、一人、また一人と爪の餌食となる。槍は折れ、剣も折れ。いかに防御力の高い甲冑を着ていようがお構いなしと鋭い爪でなぎ切るその姿を見て人間達は怯えたような声を上げている。

 そんな状況で焦ったのか杖持ちは火球魔法を連発する。数打ちゃ当たるの照準も絞らずに放たれた魔法は、数発はジャイアントウルフに当たりはしたものの防御魔法を抜くほどでは無く。

 防御魔法に弾かれた火球がアレス達に飛んでくる始末だ。


『わわっ! アレス、こっちに飛んでくるよ!』

「あぁもう、母上に聞いていた通り人間は弱い生き物だ」


 アレスは火球を避けるべく大きく飛び、ジャイアントウルフの近くに着地する。

 後ろでは火球が木に当たり、森へと火は燃え移っている。速やかに火事の対処をしなければ被害は広まるばかりだろう。


「なっ……そこの青年、はやく逃げるんだっ!」


 隊長らしき人物はアレスに向かい叫ぶ。

 アレスはその声に顔をしかめ、小さく溜め息を吐いたのち口を開く。


「五月蠅いぞ、人間。ジャイアントウルフの力量も知らずに挑んでその様なのに、俺に命令するな」


 アレスはそう言うと片手に持っていた棒をジャイアントウルフに向け、「絞め殺せ」と呟く。

 すると棒は伸び、幾つも枝分かれを繰り返しながらジャイアントウルフ目掛け猛スピードで突っ込んでいく。獣を捕らえた瞬間に脚、胴と絡みつき、最後は首に巻きついた。

 その様子はさながら獲物を絞め殺す蛇の如く。ギチギチと鈍い音をさせながら突っ込んだ時とは裏腹にゆっくりと締め上げていった。

 ジャイアントウルフの防御魔法は発動さえしたもののその上から枝は締め付け、最後にはパリンと儚げな音を鳴らしながら砕けてしまった。

 防御魔法が反力はんりょくとなっていた分、砕けてしまえば掛かっていた力はジャイアントウルフ本体へと掛かる。その加重に耐え切れず、バキバキと音を鳴らし骨は砕け、力んでいたジャイアントウルフはダラリと脱力する。


「……こんなもんか。戻れ」


 アレスが呟くと枝達は締め付けるのを止め、スルスルと縮んでいき、元あった棒へと戻っていった。


「なっ……ジャイアントウルフを瞬殺……だと……⁉」

「当然だろ。たかが犬にじゃれつかれた程度で何を言っている」

「い、犬……」


 アレスにとってジャイアントウルフは特に害の無い動物程度だ。そんなもの、一捻りなのは当然だろう。

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