第17話

【side 崎川理恵】


 安心感と恭介くんの隣りにいるという心地よさから、一瞬寝てしまった。


 でも私はすぐに目を覚ました。

 しかし寝たふりをしてそのまま恭介くんにくっついていた。


 寝てるのをいいことに、私は体をもっと密着させる。

 最近結構大きくなってきている胸を、しっかりと彼の腕に押し当てた。


 偶然、胸が当たるなんてことあるわけがない。

 女が胸を当てるのはぜーんぶわざと。計算だよ?


 ショートパンツに濡らしたままの髪だってそう。

 Tシャツにブラが透けてたでしょ?

 見ないようにしてたみたいだけど、ちらちらと意識してたのは知ってるから。


 モゾモゾと動いちゃって。

 恭介くん、私のこと意識しちゃってるね。


 ……ふふ。

 男って。ほんと単純。


 あ、逃げようとしてもダメだから。

 恭介君の腕に手を絡ませてどこにもいかないように拘束する。


 でも私が寝ているのを気にかけて動かないでいようとしてくれているのは、やっぱり嬉しいな。

 最近、本当に優しい。

 まるで大人の男性のような包容感を感じる時すらある。

 

 けど――。


 ねぇ。この変わり様はなんなの?


 私の知っている限り、あの日の夜からだ。

 深夜だと言うのに恭介くんの部屋からどたどたと大きな音が聞こえてきて、私は目を覚ました。


 しばしの間、耳をそばだてて様子を伺っていた。

 どうやら暴れているような感じがした。


 こんな夜中に? 何をしているのだろう?


 音を立てないように恭介くんの部屋の前まで行ったけど、急に不気味な位に静かになって、あまりに気になってしまいノックもせずに部屋に入ってしまった。


 恭介くんはクローゼットに半身を入れた状態で倒れていた。


 最初は暗くてよくわからなかったけれど、ロープが首に巻かれていたのに気付いて、動揺して咄嗟に声を掛けた。


「ねぇ、ねぇったら……! 大丈夫……?」


 もしかしたら……まさか……。

 色々な事が頭の中を駆け巡った。


 でも恭介くんはしばらくするとぱっと目を開けて、キョトンとした顔をして私を見た。

 とりあえず想像していた最悪の事態にはなっていないことに内心ほっとしながらも、部屋に勝手に入ったことを怒られるかもしれないと少し怖くなった。


 恭介くんはそういうのをとても嫌うから。


 でもその事を責められることは一切なかった。

 何事もなかったかのように首に巻いてあったロープを解いて、意味不明な言動を繰り返した。


 挙句の果てには――。

 記憶喪失だと言った。


 あの時からだ。恭介くんの様子が変ったのは。


 それまでの恭介くんは、良く言えばクールで物静かなタイプ。

 悪く言えば根暗で陰キャと言ってもいいかもしれない。


 見た目は案外爽やかだから、女子ウケが悪いわけではなさそうだけれど、それでもあまり人付き合いが得意なタイプではなかったはずだ。


 むしろそれが私的にはよかった。

 恭介くんを独占できると思っていたから。


 それなのにいまは普通の男子のように明るく会話をしてくれる。

 私に対する言動は大人のような包容力に溢れている。


 試しにノックをせずに部屋に入っているというのに、本気で怒られたことは一度もない。

 以前の恭介くんからは考えられないことだ。


 極めつけはタバコ。

 あの恭介くんが学校でタバコを吸った?

 ありえない。

 私の知っている恭介くんは絶対にそんなことはしない。

 性格が真面目というのもあるが、そんなことをする度胸はない。

 

 それにタバコの一件から、あの遠山葉月と勉強会をするほど仲が良いらしい。

 遠山葉月と言えば、その美貌と経歴から学校内では一目置かれる存在。


 しかし実際のところは、他人を寄せ付けないツンと澄ました態度。

 モデルや芸能の仕事をしていることを隠しもしない自信に満ちた表情。

 勉強もできるし生徒会副会長もやっていて教師からの信頼も厚い。


 これだけそろっているのだから――。

 本音としては遠山葉月を気に食わない女子は多い。


 『氷姫』は画面や紙面越しにみるから良いのであって、近くにいると内心嫉妬にまみれてしまうのが女子というものだ。


 男子だってあまり良く思っていない人はいる。

 挨拶すら返してくれないお高く止まった女、というのは学校では有名な話だ。


 そんな遠山葉月と仲良くなった?

 これがぜんぶ記憶喪失のせい?


 まるで人間が変ったみたいじゃない。


 けど――。

 私としては今の恭介くんの方が親しみやすくて助かる。

 以前の恭介くんなら部屋になんて簡単には入れてくれなかったもの。


 それに私は遠山葉月に嫉妬をしているわけじゃない。

 可愛くてモデルやってて勉強もできて、なんてことは私にとってはどうでも良い。


 私は許せないだけ。


 恭介くんに近づいたこと。それが許せないだけ。


 恭介くんと先に知り合ったのは私。

 毎日同じ家にいるのも私。

 赤の他人である私達がひとつ屋根の下でずっと暮らしているんだもの。


 あんな女に負けるわけがない。


 私だって結構可愛いし体だって発育は良い。

 もうセックスだってできる。

 心の準備だってしている。


 崎川恭介は誰にも渡さない。


 彼は私だけのもの。

 私とこれからもずっと一緒にいるの。

 大切な人はもう誰にも渡さないと決めているから。


 どんな手を使ってでも、譲るつもりはない。


 私は寝ている。

 だから何をしても大丈夫。

 だって寝相や寝言で済むんだもの。


 彼の下半身にそっと手を置く。

 びくりと体を震わす恭介くんにさらに胸を押し付けて。

 

「――んっ」

 

 小さく喘いでみたりして。


 ……ふふ……。


 男ってほんと単純。

 ちゃんと反応しちゃってる。


 ふふ、ふふふ……っ。


 大好きだよ――恭介くん。


 私だけのものだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る